2008年8月28日木曜日

危機と難題の行方やいかに

ザーザーという画面の揺れと騒音が収まった瞬間、皆の目に飛び込んできたのは、、、「ケネディ大統領狙撃さる」というショッキングで生々しいニュース。

わいわい言いながらはしゃいでいた私も家族も、あまりの驚きに声を失った。そして、一時間もたたないうちに「ケネディ大統領死去」という悲しい悲しいニュースの発表。世界中の人々を深い悲しみのどん底へ突き落とし、言い知れぬ恐怖に怯えさせた。

皮肉にもこれが、人工衛星を経由して世界に発信された、同時中継の幕開けのニュースだったとは。本当にショックで、ショックで、今思い出しても胸が震える。

この時代、日本は国民にまだ外国への観光旅行を積極的には勧めていなかった。勿論両親も兄弟も日本を離れたことなどなかった。多分親戚中の誰も。そしてケネディ暗殺後のアメリカの治安の悪化。とても若い独身女性が一人でアメリカへ行くことなど、考えられない社会情勢であった。

航空券購入費以外にも生活費もかかる。そのお金は?滞在先は?何から手を付けたらいいの?当時の私にはあまりにも難題が多すぎて、この夢を肝っ玉母さんにすら相談できずにいた。

そんな時にこの温厚な教授は私に、まるで隣町にでも行くように、「行けばいいじゃないですか。近い内にアメリカへ。応援しますよ!!」と、いつもと変わらぬ穏やかな口調でおっしゃったのだ。ニッコウキスゲは私の忘れられない花となった。

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