2008年8月23日土曜日

This is a pen.それから???

この旅館は本郷の東大正門前にあった関係で、東京大学の色々な研究室を訪れる 学者も又、宿泊するように成った。その中には、時に外国人の研究者(主にアメリカ人)も居た。

いくら大胆な母でも、英語はからっきしダメ。兄は?引っ込み思案でダメ。姉は?勿論、何をばかな!!そこで、お節介、かつ、大胆でおっちょこちょいな私の出番。でも、でもである。

This is a pen. から習い始めて、ほんのわずか。ねえ、何が喋れる????無理、無理、無理だあ~~~!!

しかし、もし私にちょっとばかりいいところがあるとすれば、それはつまり、めげない、あきらめない、何とかするまで粘る。

辞書と、紙と、ペンを持ち出し、絵を書いたり、辞書を広げ、指をさしあったりして、何とか、家族とのコミュニケーションの仲立ちをした。

こんな、生きた勉強の仕方が面白く、勉強嫌いな私だったが、英語の勉強だけは、好きだった。

しかし、あまり体が丈夫ではなかった私は、中学から高校にかけて、大病で3回入院した。それも高校3年の時は卒業の為の出席日数も危ないぐらいの長期病欠を。

なんとか出席日数ぎりぎりの状態で、高校を卒業。滑り込みセーフでその年の大学の入試に間に合った私の唯一の希望と可能性は英文科だけ。準備不足にもかかわらず、悪運強く、浪人もせず、某大学の英文科に引っかかることが出来た。

そして、そして、そろそろ次の進路(つまり就職)でも、考えなくちゃと、少しばかりプレッシャーを感じ始めたある日のこと。我が家の旅館の玄関に、一人の初老の見るからに知的でハンサムで、立派な学者風の男性が静かに入って来たのである。

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