2008年11月30日日曜日

地球人の公約

地球人の中学校は、当時、前半4ヶ月ぐらい、後半4ヶ月ぐらいで、夏休みに入る。一学期には、1ヶ月に一度ぐらい小テストが行われ、2ヶ月目が中間テスト、3回目が小テスト、4回目が学期末テストだったように記憶している。

毎回のテスト後、本人の成績とクラスの平均点が学科ごとに発表された。夏休み以外にもイースター休暇、クリスマス休暇など、休日も多く、実際に勉強していたのは、7ヶ月弱ではないかと思う。前期、後期、すべての授業と試験が終わると年間の平均点がでる。

地球人が私に「フランス語??半年、半年待って!!絶対クラスの平均点以上とって見せる!!」と、どこから出るのか分からぬ「クソ自信」を示して、自身で留学先に決めたこのケベックの学校は、はや新学期を迎え、最初の小テストの成績を発表していた。

地球人は、ファックスで、その最初の成績表を送ってきた。フランス語は、、、、、ええっと、、、、、、と慣れない成績表をたどって行く。「へへへ、、、やっぱり!!」と納得がいった。思ったとおり平均点以下だった。 (この成績表送付は本当に自主的)

数学、英語、体育、音楽などの成績には、最初から心配はなかった。しかし、私が心配したほどは、歴史、科学、社会、地理、宗教などの成績も悪くない。やっぱり、英語とフランス語は共通語が多いから、かなり読むのには、英語の知識が役だったのだろう。書くのも、アルファベットで綴るのは同じ。

平均点以下ではあったが、最初のフランス語の成績も、思った程悲惨ではなかった。私は惨敗を予想していたが、それほどでもない。中間試験も終わり、又、成績表をファックスで送ってきた。前とあまりかわり映えしないが、少しづつ、上がっている。そこで、初めてクラス名を注意して見た。

私は、ガクゼンとした。なんとあれ程お願いして置いたのに、地球人は(H)クラスに配属されている。早速、義弟に電話でいきさつを訊いてみて驚いた。校長先生と義弟が相談し、地球人の意見を尊重すべく尋ねたところ、地球人自身が敢然と、(H)クラスでやって見たいと言ったのだそうだ。校長先生は多分IOWAテストのコメントをかなり参考にしたらしい。

ともあれ、すでに約2ヶ月が過ぎており、取りあえず大きな問題もなさそうなので、そのまま黙認した。なにせ、地球人は頑固だから、自分で決めたことなら、簡単には変えないだろうから、、、、。クリスマス休暇の楽しみを胸に、地球人は生まれて初めて、真剣に夜の12時ごろまで、勉強したらしい。

幸い義妹の長女がとても勉強好きで、成績もよく、かなり地球人の手伝いをしてくれたらしい。次の小テストでは、もう、随分とフランス語の成績もあがり、「平均点越えまで後一歩」のところまで、迫っていた。

その成績表をみて、「エッ!!本当にやりそう!!」と、私は我が子ながら恐れをなした。日頃から、「子供には無限の可能性がある!!」とか、「大人が勝手に子供の才能を決め付けるな!!」などと格好いいことを言ってたのに、フランス語の空白の12年間には、さすがに高い壁を感じ、「健康第一!!」などと、少し弱気に成っていた私なのに、地球人は、「普通クラスの平均点越え」ではなく、「特別クラスでの平均点越え」という、過酷な挑戦を自分自身に課していた。

地球人の「フランス語??半年待ってくれ!!必ずクラスの平均点を越える!!」と宣言した公約は、私のみならず、義妹一家にも、「無理無理!!そんな簡単じゃないよ!!」と言わていた。いよいよ約束の期限がせまり、学校の前半最後の期末試験が行われた。試験の成績が発表されれば、いよいよ楽しいクリスマス休暇。日本に帰れる。皆に会える。地球人は渾身の力を込めて頑張ったらしい。

地球人は、当時歴史140年弱の名門私立中学校の、しかも精鋭を集めた特別クラス(H)の前期の期末試験の成績で、見事に私への公約を果たした。授業開始後、わずか4ヶ月目。ケベック上陸後、すべての時間を加えても、丸5ヶ月に満たない、短時間(試験実施時)での快挙だった。

地球人の耳と語学学習能力は、私の想像をはるかに超えるスピードで、この困難を克服することができた。そのフランス語の成績は、クラスの平均点を5点も上回り、賞賛に値するものだった。公約を果たした地球人は、大きな顔をして、クリスマス休暇に、日本へ凱旋帰国した。私もうれしい誤算に、大いに地球人をねぎらい、楽しい年末休暇を日本で過ごした。

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