2008年10月25日土曜日

英語教育と独立訓練計画

地球人は順調に、二つの幼稚園で、北京語教育を受け続け、もうすぐ、終了するところまで、漕ぎ着けた。今度は、英語教育を始める準備と、本格的な独立訓練を始めなければならない時が、迫っていた。6歳を迎えたばかりのころである。

中学一年生から親元を離れ、海外で勉強することが決まっていた地球人には、12歳以後、他の子供とは違って、自分自身で色々なことを判断し、決断しなければ成らない場面が多くなる。健康管理、金銭管理、自己管理(スケジュール、自己規律、その他)など、すべて自分で的確に判断を下す能力が、必要になってくるのだ。

その独立訓練を、そろそろ厳しく行うべき時が、やって来た。当時、留学先として候補に上がっていたのは、アメリカ、オーストラリア、カナダの3ヶ国。勿論、この3ヶ国には、いずれも強力な後見人が居たから、相談することはできる。

しかし私は、成るべく地球人を寄宿舎に入れたい、と思っていた。あまり多くの人々に、ご迷惑をかけたくなかったし、しっかり独立訓練をしておけば、友人たちと一緒の寄宿舎生活の方が、地球人の思い出も多くなり、将来大いに役立つ、と考えていたからだ。

勿論、中学の寄宿舎でも、先生や友人、寮母さんなど、相談する相手は作れるだろうが、親から離れて、自分の生活を自分で管理する能力を、早くから養い、精神的に強くしておくことは、子供を海外に留学させる親の、必要欠くべからざる義務である、と考えていた私は、早速具体的な独立訓練プランを練り始めた。

まず、英語教育の幼稚園入園の下調べに入った。当時、台湾には3つの英語教育の幼稚園があり、私は早速パンフレットを取り寄せ、この3つの幼稚園の内容を、調べ始めた。パンフレットを取り寄せてみて、一つのことに気がついた。

最初の二つの幼稚園は、一クラスの園児が多すぎるのである。最初の二つの幼稚園は、当時アメリカ人や日本人が多く住む、山の側の高級住宅地にあり、子供たちが集中していたのだ。

私は三つ目の幼稚園に注目した。ここは幼稚園と小学校が繋がっていた。中学一年生からは、他の二つの英語教育中学校に吸収合併され、台中で勉強することになるが、それは、もともと中学から海外留学計画の地球人とは、関係ない。

この幼稚園は、他の二つの英語教育の幼稚園、小学校とはかなり離れていた。在園生の人数も、最初の二つの幼稚園の半分位しか居ない、少人数のクラスが特色で、カリキュラムも、殆ど他と、変わらない。そこで、私は早速、三つ目の幼稚園に地球人を連れて行ってみた。入園資格はイギリスパスポートと、二人の推薦者を探せば問題ない。すでに調査済みだった。

北京語幼稚園の教育も、残すところあとわずかとなったある日、私は地球人を連れて、この幼稚園の門を叩いた。アメリカ人の園長先生とは、電話でアポイントがとってあった。幼稚園に着いた時、丁度園内から、ワ~~~ッと外国人の子供たちが、外の庭に飛び出してきた。口々に英語で何か喋っている子供達を見た地球人は、ビックリして、私の後ろにそっと隠れ、私の洋服のすそを、しっかりと握りしめた。

これまで、歌や簡単な言葉は、絵本やテープで見たり聞いたりしたことがあるが、実際にべらぺら喋っている外国人の耳慣れない英語には、ちょっと気後れし、初めてビビッたのだ。やさしそうな園長先生が、園内を案内してくれたが、地球人は心細そうに、私の手を握って、緊張していた。もしかしたら、ここで新しい生活が始まることを、想像しながら、見ていたのだろう。

不安そうに、キョロキョロしていた地球人は、とある場所で、眼をきらきらさせて、立ち止まった。「これ、僕達がやるの??」と、地球人が興奮して見ていたのは、ハツカネズミを大きなプラスチックの透明な箱の中の迷路に放ち、その動きを観察する、実験設備の前だった。とにかく動物好きの彼は、さっそくこの面白そうな実験設備を、食い入るように眺めていた。

庭には、犬やウサギなどの動物も居て、どうやら、この幼稚園を、地球人は気に入ったようだった。私は早速、園長先生に入園をお願いした。今はほとんど英語は喋れないが、すでに色々な言葉の訓練をしたので、多分半年もあれば追いつくであろうことと、その為に、幼稚園からダブらせて、小学校に入れることを決意したことなど、一生懸命説明した。

園長先生は笑って、「大丈夫ですよ。お任せください!!」と快諾してくれた。早速、私は入園願書を貰って、喜んで家に戻った。後に、台湾の経済繁栄に伴って、外国人の居住者が増え、この幼稚園の入園者もかなり多くなり、入園には、英語での面接試験も行われるようになったそうだ。

ここでも又地球人の強運が、、、と驚くが、時代を少しずつ先取りしていたので、容易だったのかも、とも思う。ともあれ、こうして、英語教育の準備は着々と整い、中学からの留学に備えた、独立訓練の具体的なプランは、まず、この幼稚園への通園を中心として、組み立てられていった。

0 コメント: