地球人はこうして、幼稚園教育を順調に済ませ、続く小学校へと、進学した。小学校一年生からは、新入生も加わり、クラスもかなり多人数になった。そして、英語による、本格的な教育が始まった。テストなども、頻繁に行われるようになって、地球人も忙しくなっていった。皆さんはご存知だろうか?台湾の教育が、かなり厳しく、レベルの高いことを、、、、。
この小学校も同様で、ほぼ全米の子供達が参加している、IOWAテストなどにも、グレード別に参加し、客観的に、子供の学力を評価していた。しかし、小学校一年生から二年生の始めぐらいまでの、地球人のテストの成績は、数学を除き、悲惨なものだった。さすがに0点というのはなかったが、10点とか20点とか、、、、。(100点満点でよ、、、。)
勿論、読み書きする能力と、語彙が圧倒的に不足しており、試験問題に対応しきれないのだから、当たり前だ。この点は、語学教師としての経験からも、とっくに、私の想定内だったから、少しも慌てなかった。
地球人もまだ、この10点とか20点という悲惨な点数の持つ意味を、それ程深刻に考えるような歳でもなく、アッケラカンと私に、「ママ~~!!これテスト!!」といって、差し出した。私は、「アジャ~~!!先生0一つ付けるの忘れちゃったね~~!!ワハハ、、、」と気にも留めずに、笑い飛ばしていた。私は間違いなく、この地球人の耳と、勉強の経験は、あと1年ぐらいすれば、他の子に、かなり追いつくであろう、と予想していたから、、、。
2年生からは、午後の授業も始まり、地球人は放課後の色々な活動にも、参加するようになっていった。地球人の英語を使う時間は、益々増え、読んだり、書いたりする機会も多くなり、確実に、力をつけていった。
この頃から、学校のカリキュラムには、バスケットボールや、ドッジボールなどの運動時間も増え、音楽や、絵の時間なども、バランスよく配置されるように、なっていった。私はただ勉強に偏ることなく、これらの運動や、情操教育にも力をいれる、ゆとり教育に大いに共感をもっていた。
私は元々、小学校時代から勉強!勉強!という強制主義には反対だった。このころは、もっと体を鍛え、情操教育も施し、バランスの良い、明るい個性の子供を作り上げ、来るべき本格的な教育時代(大体中学3年生ぐらいから後が理想的だと私は思っていた)に備えるべきではないか、というのが私の考えだった。
だから、私は地球人の小学校時代に、「勉強しなさい!!とか、テストの準備をしなさい!!」などと強制した覚えは、一度もない。教育というのは、長距離戦だ。スタートしたばかりの時から、最速で走らせたら、必ず子供は、勉強が嫌いになるか、途中で息切れするか、潰れる。いずれにしても、教育は、じょじょに加速すべきでことで、最初からテンションを上げ過ぎるべきではない、と思っていた。
「そんなことをしたら、日本じゃやっていかれないんですよ。幼稚園から塾に通わせている子が多いんですから!!」と早速、反対意見が出てきそうだが、私は決まった年齢で、卒業証書をとるためだけの勉強には、あまり興味がない。自分自身が、卒業証書を持っていても、常に自信が持てず、むしろ、卒業後に体験したことから、殆どの実践的な実力が養成されたような、気がするからだ。
子供時代はよく、勉強しているふりをした。親が喜ぶからだ。自分の為に、勉強しようなどと思ったことは、一度もない。「オット!!訂正!!」一度だけある。カナダに移民してからのフランス語の勉強だ。この時は、本当に、自分でやりたいと思って、勉強した。だから、物覚えは悪くなっていたが、私は本当に楽しみながら、学校に通っていた。
今でも、勉強とは自分の為にやるもんだ、ということが、多少でも理解できないうちに、子供に強制ばかりするのは、逆効果ではないか、という気持ちは、かわらない。ほんの一部の、勉強大好き子供を除いて、、、、。だから私は、10点や20点をとってきた地球人を、塾に行かせたり、家庭教師をつけて、英語を強化しなくちゃ、などという気持ちになったことは、本当に、一度もなかった。
ましてや、「勉強しなさい!!試験が悪かったんだから!!」などと、小さな地球人を叱りつけたことは、一度もない。「早く寝なさい!!とか、たくさん食べなさい!!」ということは良く言っていたけど、、、、。多言語教育は、あくまでも、環境に放り込んだり誘導したりしただけ。言葉は慣れだから、、、、。ともあれ、こうして、当時の地球人はノーテンキに、悲惨な点数を、取り続けていた。
2008年11月8日土曜日
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