その頃私は、ひとつのプライベートレッスンのクラスをもっていた。私が当時、午後のみ教えていたセンターは、原則的に年4コース。1コースは10週間で、終わると次のコースまで、3週間お休み。
そして又、次のコースが10週間始まる。全部でグレードは、6級まであった。毎回先生は交代し、同じ学生のクラスを、2回続けて同じ先生が受け持つことは、なかった。
ある日、一人の学生が、どうしても習い慣れた私と、日本語の勉強が続けたいから、センターでの勉強は諦めるので、チャンスがほしい、と私に言ってきた。彼女は、自分で友人2人を探し出してきて、3人のプライベートレッスンを始めてくれるよう、私に頼んだ。
彼女は、すでに家庭人で、明らかに、普通の奥様とは違う、とても素敵な雰囲気の人だった。私も、彼女には、引かれるものを持っており、プライベートレッスンの時間をやり繰りし、引き受けた。レッスンの場所として、彼女はメンバーの友人宅を指定した。
指定された、その友人宅を、初めて訪れた私は、その豪華さに、目を見張った。一階の車庫には、高級外車が5台。ビルは四階建てで、2階から上は、全てその友人の住まい。各フロアーは、軽く150坪以上。勿論エレベーター付き。1階には守衛が居て、運転手さんが3人スタンドバイ。
2階の玄関のベルを鳴らすと、お手伝いさんが登場。3~4人居る。入ると、私より大きな、グレートデーンがのっそり。勿論犬好きな私は、ヘッチャラ!!これが地価の高い、台北のど真ん中なのだから驚く。
以前、センターの学生だった素敵な女性は、某大手会社の専務夫人。「某国立大の花」と呼ばれた絶世の美人。レッスン宅の友人は、某銀行家の夫人で、他に関連企業も多数あり、大財閥の御曹司夫人。
もう一人現れた友人は、当時、台湾で最も人気があった、映画、テレビ女優のお姉さんで、有名弁護士夫人。(彼女もとても美人でスタイル抜群) 本当に3人寄ると、高貴な香りがプ~~~ン。私には別世界の雰囲気だった。
オット!!なんでこんな話題に触れたのかというと、ある日、他の2人が着く前に、銀行家夫人とお喋りをしていたとき、私は、購入した山荘が建築会社の倒産で、凍結され、困った状況にあることを話してみたのだ。
もし、参考意見でもあったら、、、と淡い期待を抱きつつ、、。なぜなら、この銀行家ご一家の関連企業には、当時有名な建築会社が、二つも名前を連ねていたから、、、。
すでに、日本語を教え始めて1年ほどが過ぎていた時で、この銀行家夫人も私と、かなり親しくなっており、とても親身になって、相談に乗ってくれた。しかし、我が家だけの問題ではなく、複雑すぎて、やはり良い解決策は、彼女にも見当たらなかった。
2~3週間過ぎた頃、レッスンに訪れた私に、この銀行家夫人は、「もし、先生(私)が郊外型の家が欲しいなら、丁度、主人の銀行と建築会社が、今、空港に近いところにアメリカのリゾート地を模して、かなり大規模な建築プロジェクトを始めたから、一度見に行かれたら??興味があったら、私に話して!!」と、いきなり準備してあったパンフレットを見せて、思いがけないことを、言い始めた。
さっそく私は、その郊外型の家を見にいった。パンフレットどおり、素晴らしい印象だった。それに、地球人の色々な訓練にも、最適な条件。私は地球人に、更に苦しい独立訓練を施してから、安心して、留学先に送り出したい、と思っていたので、正に理想的な立地条件だった。
しかし、すでに、山荘で、貯金は殆ど使ってしまい、取り戻すことさえできたら、勿論ローンは少しでなんとかなるが、今の状態では、とても手が届かない金額の家ばかりだった。
次にレッスンに訪れた時、銀行家夫人に感想を訊かれた私は、「大いに気に入ったけど、とても高くて手が出ない!!」と、正直に話した。すると、彼女は、「先生の払えるだけで、残りはすべて、主人の銀行で貸して上げる!」という。
「払えるだけっていっても、ほぼ全額払えないんだけど、、、、」といったら、「まあ、気に入った家のスタイルと、場所を指定して!!建築が終わるまでに、貯まっただけ払えば、残りは全額ローンでいいから、、、、」と夢のようなお話。
家のスタイルは全部で6種類ぐらい、土地の広さも形もばらばら。すべて独立一軒屋で、パンフレットによると、131軒が約3万坪の中に点在し、周囲は高い壁に囲まれていて、鉄門に続くメインロードは12mと広い。田園風景の中に忽然と、モダンな別荘が現れたような感じだった。
当時では画期的なスタイルで、勿論、スポーツ施設やカフェテリアも完備。ジムには卓球台やトレーニングマシン、プール、テニスコートなどが併設されていた。もし買うなら、私が好きなスタイルと場所は、すでに決まっていた。
今度は、具体的な夢をもって、もう一度、現場にいった。指定された銀行の窓口にもいって、担当者と返済計画についても話し合った。勿論、この担当者には、銀行家夫人から、前もって電話が入っており、とても丁寧な扱いだった。
潰れた山荘の為に準備してあった費用が、手元にまだ少しあったが、そのお金を全部使っても、ローンは、家の全体金額の80%もあった。しかし、その担当者の話を聞いて、10年ローンなら、当時の我々の収入をもってすれば、不可能ではなく、まだかなり余裕があるように感じた。私はすぐ、その郊外型の家の購入を決断した。
2008年11月14日金曜日
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