その郊外型の家に引越しをしたのは、地球人が、4年生になったばかりの頃だった。庭も広く、早速、ボビー以外に、2匹の犬も増えた。銀行家夫人が犬好きで、シェパードとヨークシャーテリアを贈ってくれたからだ。
まもなく、どういうわけか、夫の後についてバスに乗り込み、家まで付いてきた野良犬も、我が家に住み着いた。ひどい皮膚病で汚らしく、みすぼらしい犬だったが、住みついた以上、家族として扱った。
すべての犬が皮膚病に感染し、獣医さんに、莫大な治療代を払ったが、この汚らしく、みすぼらしく見えた野良犬は、皮膚病が治った後、よく見たら、素晴らしく品がある、綺麗な犬だった。
但し、昔、車に轢かれたことがあるのか、又は、ひどく誰かに叩かれたことがあるのか、可哀相に、後ろ足の一本が曲がっていて、どうしても、まっすぐに走れなかった。地球人は庭ではボビーが、家の中ではこの野良犬が、一番のお気に入りで、大切に抱いて寝ていた。
地球人の留学前の独立訓練は、さらに過酷なものになった。毎朝、5時半に起きた地球人は、木の下に大きく掘られた穴に、犬の糞を掃除して投げ込み、一杯になるとその穴を埋め、次の木の下に大きな穴を掘る仕事が加わった。
それは果物の木の肥料用として行われていた、毎朝の仕事だった。その後、犬が糞尿をするタイルの水洗い。餌やりなどをしてから、庭を掃除して、毎朝6時に朝ごはんを食べた。一仕事が終わった地球人は、毎朝、おいしそうに、丼一杯ご飯を食べた。
通学もバス停まで、歩いて20分、バスで10分ぐらいで、汽車の駅へ。そこから台北駅まで、汽車で30分。台北駅から、バスを一度乗り換えて、学校へ。と連日、1時間半ぐらいかけて通った。
特に歩いて20分のバス停までの道のりは、帰りは上り坂で、冬や、雨の日などは、かなりきつかったらしい。学校から戻ると、畑の水遣り。私の為に、ねぎなどの野菜を作ってくれていた。
よく自分のおしっこを掛けては、「野菜の成長を促すんだ!!」と笑っていた。毎日の労働で疲れて、夜は9時前には、もう、ぐっすり眠っていた。本当に健康的で、理想的な生活だった。
当時、よく他人から、「どうして、そんな不便なところに、莫大な交通費を払って、住んでいるんですか?お金も、時間も、無駄でしょう??」と質問されたが、「不便だから、息子には、とてもいいんです。」と答えた、私の真意を理解してくれた人は、一人もいなかった。
この、不便だが、精神的に豊かなところで、鍛え上げられた地球人は、留学先のカナダの東部で、最初の一年目、時には車の時間が合わないで、学校と家の間を30分(吹雪や雨の時もあった)歩かなければならない時も、決してへこたれなかった。
この郊外型の家には、前にも述べたとおり、プール、テニスコート、ジムなどが備えられており、運動にも最適だった。131軒の家は、高い塀で囲まれ、6人のガードマンが24時間体制で巡回しており、入り口の鉄門は、住民だけがリモコンで開けられた。外からの訪問者は、名前をインターフォンで住民に確認されるまでは、通されなかった。
こうして、私が不在の時も、多くの人に見守られつつ、地球人は、ますます忙しい時間を過ごしていた。この郊外型の住宅は、台北空港の近くの某国立大学の隣にあり、地球人は、その国立大学の広大な敷地内で、虫をとったり、遊んだりして、大いに環境を楽しんでいた。
そして、瞬く間に我が家は、小学校のクラスメートの格好の溜まり場となり、家には英語が溢れかえり、毎週末には、大勢の子供が、泊りがけで訪れるようになった。私は彼らの好物のフライドチキンを、どれだけ作り続けたことか、、、、、。夜はそれぞれが、好きな犬を横に置いて、楽しそうに眠っていた。
余談だが、地球人が後にカナダに留学後、ころあいを計って、私はすべての役目を終えた、この郊外型の住宅を手放した。そして、投資移民に備え、銀行に高利で貯蓄した。まさに台湾の土地バブルの弾ける一瞬前で、我が家は巻き込まれずに、安全に、移民のミッションを遂行することができた。
凍結していた山荘も、その少し前に、思いがけない形で、解決を見た。2軒連結型の家を買った我々は、隣の人が娘一家の為に、「自費で残りの工事をするから、お宅を適当な額で売ってくれ!!」という要求に答えて、投資した金額で売り渡した。
話し合いを始めてから分かったことだが、なんと、その隣の購入者は、私の教え子のお父さんだった。勿論話し合いは上手く行き、損は利子のみで、取りあえず元金は、全額戻ってきた。
肝っ玉母さんじゃないが、「ラッキー!!」と、私もかなり無駄遣いをしたが、殆どは、空港の傍の郊外型の家の住宅ローンの返済に充て、10年ローンは7年で完済した。ちなみに、その郊外型の家は、予想どおり、投資額の約3倍の高値で、しかも、現金即金で売れた。
それほど、高速道路のすぐ側で、時代を先取りした、この郊外型の住宅は人気があり、今でも、紹介してくれたこの銀行家夫人には、心から感謝している。
2008年11月16日日曜日
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