2009年1月7日水曜日

キューバ家族旅行

地球人が大学院の2年生になった冬、クリスマス休暇を家族でキューバで過ごすため、我々は遥遥出かけていった。この時は、ホテル、食事、ディナーショーなど、全てが含まれた一週間のパック旅行だった。ケベックの人達は、長い冬を嫌って、マイアミや、カリビアン諸国へ、ヴァカンスに出かける人が多い。この旅行も、飛行機はチャーターで、満員の盛況だった。

ホテルに着いて驚いた。ともかく、周りには殆ど目立った建物がなく、閑散とした通りに、ただ、ホテルだけが、ドカ~~~ンとあり、何から何まで、ホテル内で、お金を落とすように成っている。確かに、隣接して二つほど、姉妹ホテルがあり、歩いて中を見学したり、遊んだりは出来る。しかし、周りにまるで、生活臭がないのだ。 つまり、観光客の為のみの場所。ラスベガスより酷い。

たまに車は通るが、とにかく、空港から、チャーターされたバスで運び込まれたこのホテルは、ただただ、寝て、食べて、プールか海で泳いで、夜はショーを楽しむ以外、(というより楽しまざるを得ない??)何もすることがない。「ショッピング???」勿論ホテルの中。「バー??」勿論ホテル以外見当たらない。「近所に歓楽街???」イエイエとんでもない。

子供時代ひ弱で、マリンスポーツなど、やったことがなかった私には、海も無用の長物。暫く、ただただ砂浜で、ホテルが準備した椅子に寝っころがって、ボ~~~ッ!!!見渡すと、タクサンの人が、水中眼鏡を掛け、忍者のパイプのようなものを咥え、一心に海の中を覗いている。訊いてみると、すごく綺麗な魚が、ウヨウヨ泳いでいるそうだ。

澄んだ綺麗な海、熱帯魚のような魚がウヨウヨと聞いて、「ソンジャ、一丁、魚見物といくか!!」と、張り切って水中眼鏡をかけ、忍者のブクブクのようなパイプを借りて咥え、止しゃあいいのに、ザンブと海へ、、、、。ところが普段、海なんぞじゃ、ついぞ泳いだことがなく、ほぼ確実に初心者の私は、パイプに気をとられると、泳ぐバランスがくずれ、自分の狙いも定まらない。

魚を見るどころか、バランスを取りながら、下を覗くのも難しい。アレヨアレヨという間に流されて、桟橋の下あたりに流れ着き、思わず怖くて、夢中で、橋げたを掴んでしまった。その橋げたにこびりついていた、変な貝を素手で掴んでしまった私は、突然、「ピリリ!!」という、鋭い感触にドッキリ!!アッという間に、手の平が、変な貝の毒でカブレ、腫れてきて、痛いの痒いの、我慢が出来ない。

早々に海から退散して、まずは部屋にもどり、メンソレータムを塗ってみたが、手の平は赤く腫上り、熱を持ち、まるで効果なし。今でこそ、全く痒みがなくなったが、この後遺症は、数年続いた。ちょっと温まると、手の平がムズムズムズムズ。痛さはなくなったが、痒みはその後、3~4年もつきまとった。

地球人は??というと、何せこの頃には、スペイン語がかなりお得意。それに、キューバといえばラテン音楽の宝庫。最初の晩のショーで、バンドメンバーと早速仲がよくなり、音楽談義に、ドラムの実技習得。朝、昼、晩とも、しっかり食べて、しっかり飲んで、それに、楽しい音楽満載となれば、毎日楽しそうに、「ウハウハウハウハ!!」本当に、「言葉が出来るって、国境がなくていいなあ!!」と、心から羨ましく思った。

次の日も、相変わらず手は痛痒い。隣のホテルも見飽きてきた。水でふやける程、プールで泳いでも、あまり面白くない。ただ、海は確かに綺麗で、透き通った水。砂浜は真っ白で、暖かい日差し。寒さを逃れ、明るい太陽を求めてやってきた、ケベックの人々は、結構楽しそうにしていた。

色々な国からの宿泊者は、毎晩、バンドのリズムに合わせて踊ったり、賑やかに飲んだり歌ったり、皆、もともと、子供時代から遊びなれているのだろう。その適応力が全然ちがう。我が子ながら、地球人も、食事の時以外は、殆ど顔を合わすことがないぐらい、適応力抜群で、この旅を、大いに楽しんでいる。バンドの人の小屋に入って、スペイン語でドラムの講習を受けたり、一緒に音楽談義を交わしたり、物凄く収穫の多い旅のようだ。

毎回、殆ど同じ食事メニューにも飽きてきて、「ああ、梅干に沢庵で、お茶漬けさらさらが食べたいなあ!!」などと、私は叶わぬ夢を見続けた。やっぱり、いくら旅慣れていても、子供時代の過ごし方が違う私には、1日か2日で十分な感じの旅だった。

途中、いよいよ飽きてきたので、キューバの首都、ハバナ観光にでかけた。泊まっていたホテルからは、国内線の飛行機を利用すれば、1日日帰りコースで行けるという。早速、地球人にアレンジして貰って、皆ででかけた。しかし、これまで、数えきれない程、何度も色々な国の飛行機に乗ったことがある私だが、この飛行機は、凄い!!ただ、凄いとしかいいようがない。機内に入った途端、「この旅行、止めた方がいいのでは?!、、、、」と即座に思った程だ。

古い!!古過ぎるのだ、機体が、、、。雨が滲みたらしい壁は、そこら中がカビだらけ。(まずどうして機体の中に雨が滲みるのか、それだけ考えてもゾ~~~ッ!!) バルクヘッドの壁は一部破損。ボロボロ。「大丈夫かあ~~!!」と、飛ぶ前に思ったのは、数多いフライト経験で、この時が初めてだった。

しかし、すでに、プロペラは回り始め、皆、座っている。もう、引き返せない。あとは、ただただ祈るのみ。40分程のフライトが、延々と続くのではないか、、、、と思う程、長く長く感じた。そして、予想通り、物凄い音と揺れ。アーメン!!いや、南無阿弥陀仏!!!

米ソ冷戦の、大きな傷跡をのこし、まだまだ、発展とは程遠いキューバだったが、ハバナでは、街中のカフェに音楽が流れ、とにかく、人々は陽気だ。バンドが入ってきて、ラテンの明るい音楽を演奏したと思ったら、自分で録音したテープを売りさばき、出ていった。チップがわりに私も買ったが、家に帰ってかけて見たら、音が割れていて、ひどい録音。ほとんど聴き取れない。詐欺だ~~~!!

ハバナで有名な葉巻をお土産に買い、たっぷりと陽気な音楽にひたり、憧れのヘミングウエイが晩年愛した景色を満喫し、又、命がけで、国内線に乗って、ホテルに帰った。それから2日後、モントリオールに戻ったときは、極寒の季節で、大雪の中だったにも拘わらず、「ああ、帰って来られて本当によかった!!」と、心底思った。この一週間、大いに飲み、食い、遊び、楽しみまくった地球人以外は、、、、。

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