2009年1月9日金曜日

地球人の旅狂い(中南米)

大学院時代、地球人の旅の興味は、主に中南米にあった。スペイン語の常用強化プランも含めた旅先の決定。1998年夏には、まずコスタリカを訪問。その後、1998年冬の、家族との最初のキューバ旅行に続き、その後又、一人でも2回行き、キューバには合計3回行った。そして、地元の人に密着した生活を体験した。当時のキューバには、まだ、大都市以外、多くの町にはバスも少なく、馬車の荷台に揺られて移動する人も多かったそうだ。

このころは既に、言葉を強固にするために欠かせぬ大切な要素として、私が地球人の子供時代に、意識的に取り組んでいた、環境、導入、常用、固定のプロセスを十分理解し、言葉の導入、常用環境の設定は自分でやり始めていた地球人を、私も大いに応援していた。

地球人が見た、当時のキューバは、トイレットペーバーなどもかなり贅沢品で、固い紙が多く、「腹具合でも悪くして何度もトイレに通ったら、皮でも擦り剥けて悲惨かも、、、、。」と変な想像をしていた。キューバのバンド仲間とも旧交を温め、色々と体験したらしいが、やはり、現実の庶民の生活は、想像を絶する厳しさだったようだ。しかし、澄んだ綺麗な素晴らしい海、明るい太陽、楽しい音楽、そして、医学も進んだ教育大国の一面と、人々の明るさには、考えさせられることが多かったようだ。

次には、研究室の仲間と、ペルーとブラジルに出かけた。雄大なマチュピチュへもバスで出かけ、途中の細くて険しい断崖絶壁の道を、バスの運転手さんがぎりぎりで運転して行き、スリル満点だったそうだ。地球人のホームページの、旅のところにその写真が載っているが、確かに、あんな高いところによく人間が住んだと思うような、神秘的なところだ。

アマゾン探検旅行では、初級コースでは物足りず、中級コースを取ったそうだ。上級コースとなると命は保証できないコースもあるそうで、「オイオイオイ!!せっかくここまで育てたのに、ワニや毒蛇の餌食にだけはなってくれるな!!」と釘をさした。

本当にこの頃は、旅の楽しさ、特にスペイン語やポルトガル語を使える旅行に行くのが、楽しくて仕方がなかったらしい。このアマゾン探検の旅行では、同行の友人(ものすごく背が高い)が夜寝るとき、テントからはみ出した足を出したまま寝ていたら、夜中にすっかり藪蚊に刺されまくり、翌朝、パンパンに腫上がり、猛烈な痒みで大変だったそうだ。

その上、もう少しで、親の私達が、例の別荘(わかるでしょ??どこか!!)に、「貰い下げ」にいかなきゃならないようなドジをやらかし、まあ結果的には、滑り込みセーフで飛行機に乗れたのだが、ひどい目にあったらしい。

勿論、自業自得だが、帰国前日、夜中遅くまで飲んだくれていた3人は、「あとは飛行機に乗るだけ!!いっそ朝まで飲み明かそう!!」と、たらふく飲んで、空港入り。荷物検査で友人の荷物が、「ビ~~~!!」 「何か刃物を持っていますね???」と訊かれても、「イエイエイエ!!」と否定しまくり、「ちょっと此方へ!!」と別室へ。

頭から、手持ちの荷物に、危険物など入れていない、と思い込んでいた友人は、勿論、否定しまくり。「これはナンですか??」と、果物ナイフを自分の荷物から出されて、ガクゼン!!色々言いたいが、英語もスペイン語も苦手で、その上、へべれけに酔っている。そこで、これまた、ベロンベロンに酔った地球人にSOS!!!!

オットリガタナで駆けつけた地球人も、眼はトロ~~~ン!!最初は何が何だかわからずポワ~~ン!!段々と話が進んで、事の重大さに、「もしかしたら帰れなくなるかも?!」と、ようやく気付き、ベロンベロンの意識もサ~~ッと回復。慌てて、「全然悪気はなく、ただ手違いで、、、、。」と、平謝りに謝り説明し、学生証を見せて、何とかパス。「本当にひどい目にあったよ!!」と、流石にちょっと焦ったらしい。

聞いてみると、ナイフが発見された当初は、すっかり、3人の怪しいハイジャック犯と間違えられ、もう少しで飛行機に乗り遅れるばかりか、異国の別荘入りの危機だったとか。でもね!!当時の3人は、みんなロンゲで髭ボウボウ。おまけに、夜通し飲んで、目はトロン!!酒臭い息でナイフ持ち。とても皆、大学院の研究者などという面影なし。そう疑われても仕方ない。(親が言うんだから間違いなし!!)

帰りに、我が家で一泊してから、ケベック市にもどっていった、例の、蚊に刺されて脚がパンパンになった友人は、「もうアマゾンはこりごり!!」、 もう一人のナイフの彼は、「いやあ、本当にどうなることかと思った!!」と、これも、かなりショックを隠せない。

ノーテンキな地球人だけが、さして反省の色もなく、「今度はアマゾンの上級コースをとろうかな!!道を一歩間違えたら、永遠に中をさ迷い続けて、アマゾンの露と消えるけど、、、、、。」などと親の苦労も知らないで、トンでもない事を話していた。

その後、大学時代の親友と、カーニバル見物と称して、又ブラジルに出かけたり、大学院の間は、中南米からの学生と多く付き合い、我が家に泊まりにくる人々も、スペイン語でお喋りする友達が、圧倒的に増えていった。

従って、我が家の食卓は、英語、フランス語、スペイン語、北京語、日本語が飛び交う、会話している当人意外、お互いに、「意味プー??」の状態に陥り、地球人だけが、どの話にも笑っている、変な食卓となっていった。

こうして、スペイン語に関しても、意識して、不足している常用の機会を自から求め、いつしか彼は、旅の費用を捻出するため、4カ国語の通訳として、世界的なチェーン展開をしている、歴史の長い、某国際語学塾にも登録し、通訳のアルバイトも始めていた。その間、ちゃっかり、教授法の訓練コースまで受けていた。

そして、研究室の仕事が終わった後、語学の先生としても、アルバイトをするようになっていった。この頃から、我が家に、意味不明な機関から、地球人への振込通知が届くようになり、通訳や語学教師としても忙しく、小遣い稼ぎをしていることが親にもバレた。

指導教授の関係者から、特別に頼まれ、ドミニカに通訳として、出張したときは、何と通訳の通訳という、誠に複雑な仕事で、日本、ドミニカ、フランス、ケベックが絡んだ仕事の通訳をした。

各国の会社は、当然(日本語ー英語、スペイン語ー英語、フランス語ー英語)の有能な通訳を帯同してきた。しかし、日本の会社の人が、日本語で通訳に頼んだ内容を、通訳がどの程度正確に、英語で伝えているか、そして、次に、ドミニカの会社の人が、スペイン語で通訳に頼んだ内容を、通訳がどの程度正確に、英語で伝えているか、そして、それぞれの通訳が、質問の答えを、また顧客の母国語に、どれほど正確に通訳しているか、などがお互いの会社間ではわからない。

同様に、フランスの会社の人と、ケベックの会社の人も、通訳との同様の問題にぶつかった。そこで、各通訳の内容を補佐する、公平な通訳が、この会議にはもう一人必要だ、という意見がだされたそうだ。

その通訳の通訳に求められる条件は、日本語、英語、フランス語、スペイン語の4カ国語を、同時に聞き分けられる事が、必要不可欠な条件だった。通訳の人選は難航を極め、会議に参加する、それぞれの会社に関係がある機関に、照会が出された。

その事が、当時の地球人の指導教授の耳にも入り、教授の推薦により、地球人に白羽の矢が立てられた。3日ぐらいのスケジュールで、ドミニカに通訳の通訳に出かけた地球人は、上機嫌で戻ってきた。何しろ指導教授の公認休暇の下、初めてドミニカを訪問し、豪華なホテル、食事、すべてスポンサー付きで、とても優遇していただき、毎晩美味しいお料理とお酒も堪能。とても旅を楽しんだとか、、、、。

そして、その実労働時間に支払われた、「通訳の通訳」の時給は、なんと、一時間あたり二桁の万。(羨ましい。半分ぐらい、搾取したい!!ーー陰の声) その収入はすべて、地球人のその後の、旅の費用として使われた事は、言うまでもない。こうして、旅のアニキは、ますます、世界中に飛び出していった。

ちなみに、スペイン語とポルトガル語の強化のために、地球人が1992年から2002年までに訪れた、中南米の国々と、都市名は以下の通り。(地球人の報告に基づく)

Ecuador(Quito, Cuenca, Riobamba, Banos, etc....)
Costa Rica(San Jose, Manuel Antonio, etc.....)
Cuba(Nuevitas, Camaguey, Holguin, Havana)
Dominican Republic(Santo Domingo etc.....)
Peru(Lima, Cuzco, Macchu, Picchu, Iquitos)
Brazil(Sao Paolo, Belo Horizonte, Ouro Preto, Salvador de Bahia, Rio de Janeiro, Amazon,etc.....)

以上

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