2009年1月13日火曜日

忘れえぬ友、忘れえぬ国

1994年、地球人がまだ大学2年の時、夏休みを利用し、ヨーロッパに語学留学と、ぶらり旅に出かけたことは、すでにお話した。その時、ドイツでカナダのトロントから、ドイツ語を勉強に来ていた学生に出会い、友人になったことも、お話したと思う。地球人の殆どの友人は、我が家の友人でもある。

この彼は、地球人ととても気が合い、その後、トロントに戻っても、地球人と連絡を取り合っていた。実は彼は、そのドイツ短期留学中に、運命の女性と出会い、恋に落ちた。女性はノルウエー人で、偶然、友人との旅行中に彼と出会い、お互いに惹かれたそうだ。トロントに戻っても、彼の心はここにあらず。いつもノルウエーの彼女の話をしていた。

彼は帰国後まもなく、地球人に会いに、はるばるトロントから車で7時間ぐらい運転して、我が家に遊びに来た。地球人から聞いていた通り、陽気な好青年で、我が家の食卓を賑わしてくれた。

散々、彼女のお惚気話をしたあと、「必ず、ノルウエーに戻り、彼女と一緒に暮らす!!」と、我々に嬉しそうに告げた。そして間もなく、彼は本当に、ノルウエーに旅立って行った。

彼は旅立つ前に、近いうちに彼女を婚約者として、親に合わせにカナダに連れてくるから、その時には、私にも紹介してくれると約束した。その通りに、彼は2年ほどして、彼女を連れて戻ってきた。

勿論、一時帰国で、その時には、すでにノルウエーで就職もし、家も探し、近いうちに、正式に、彼女と結婚することを、幸せそうに話してくれた。異国の地、ノルウエーで、結婚式を挙げることを決意した彼は、地球人と我々(夫と私)にも、「出来たら結婚式に参加してほしい!!」と招待してくれた。

2000年6月、彼の結婚式に参加するため、我々は、ノルウエー行きの計画を立てた。色々考えて、私は初めてネットオークションで、夫の切符を買った。秒刻みに価格が変わるオークションを落札するのは、初めての経験で、とてもスリルがあって、面白かった。

私は、夫と地球人より、4日ほど先に出発し、アメリカの航空会社で、モントリオール、アムステルダム、オスローと飛んで、先に宿の手配をした。

4日後、地球人は、イギリスの航空会社でモントリオール、ロンドン、オスローと飛んで来た。夫は、モントリオール、トロント、フランクフルト、オスローとドイツの航空会社で飛んで来た。

つまり、この時は、3人共、全く違う航空会社で旅行し、オスローの空港で、待ち合わせをしたのだ。勿論、帰りも別々。モントリオールの空港で待ち合わせ。大体同じ時間に着く様に、私がアレンジしておいた。

さて、多少のずれはあったものの、ほぼ予定通り、オスローの空港で出会えた我々は、すぐにレンタカーを借りて、ノルウエーの古都、ベルゲンに向かった。

地球人の友人は、ベルゲンに住んでいるからだ。しかし、彼は、結婚式はオスローで挙げる。彼女の親族のほとんどが、オスローにすんでいるからだそうだ。従って、我々は、行きと帰りは別々のルートを回り、オスローから、ベルゲンまで、車で往復観光旅行をすることにしたのだ。

運転は、地球人と夫が、交代で頑張った。山の中を越え、片道、約12時間ぐらいの道程だ。空港で貰った道路マップをたよりに山道を行くが、なにしろ道は、国道とは思えぬ狭さ。

それに、道路標識もあまりない。「カナダの道は分かりやすいのに、、、、。」とか、頼りにしている地球人の口からも、心細い言葉が出てくるほど、道がわかり難い。

途中、山道で、ようやく出会った人に道を確認する為、地球人が車を降りて、訊きにいった。戻ってきた地球人の複雑な顔、、、、。8ヶ国語を誇る地球人にも、チンプンカンプンなノルウエー語。本当に世界は広い!!

大体の見当をつけて、先にすすみ、言葉が分かる人を捜しながら、先へ先へと進んだ。フィヨルドの美しい国、ノルウエー王国。段々、山々の間から、青々とした海が見え始め、旅の気分を満喫。途中、フェリーに乗り継いで、ようやく、ベルゲンの町の灯が見え始め、心からホッとした。

ベルゲンは、古い天然の良港のある港町。港では魚介類の市がたち、お土産にキャビアなどを買った。地球人は彼の家に泊まり、夫と私だけホテルに泊まった。港のまわりにある店には、北欧ならではのお人形や、洋服が飾られ、情緒のある町だった。

3日ほどベルゲンで過ごし、又車で、来た時とは別のルートを通り、約12時間の旅。オスローの付近のホテルに向かった。途中の山や海に囲まれたフィヨルドの景色は、想像どおりすばらしかった、、、、がしかし、、、、ノンビリ景色を楽しめぬ、緊急事態発生!!

山越え中、あまりにも長くガソリンスタンドが見つからず、もう少しでガス欠の危機にひんし、普段めったに緊張せぬ地球人も焦りまくり、ガソリンを節約する為、ついにエンジンブレーキで山を降り始めた。なにしろ、行きかう車もほとんどない、寂し~~い山の中。

景色も何も目に入らぬほど、ハラハラドキドキしながら、ひたすら、ガソリンスタンドを探した。かなり山を降りたところに、ようやくガソリンスタンドを見つけた時の、嬉しかった事、、、、、、。 ホッ!!

いよいよオスローで、彼の結婚式に参加する日が来た。古い由緒あるレストランで、素朴な中に温かさが漂う、素敵な結婚式だった。正装した彼も、ようやく6年越しの恋が実って、幸せそうだった。

彼女も頭に月桂樹の葉の冠を載せ、白のシンプルなドレスで優雅に微笑み、本当に幸せそうだった。私達もはるばるモントリオール郊外から、友人の一人として参加させてもらい、トロントから参加した彼のご両親やご兄弟とも会え、楽しいひと時を過ごした。

私達はその後、オスローの町をぶらぶらしたり、ノーベル賞の受賞会場などを見学したりして、別々に帰路についた。私は帰りのフライトの関係で、汽車に乗り、デンマークのコペンハーゲンに立ち寄って、一晩過ごした。次の日は帰路、アムステルダムで、6時間ぐらいの乗り継ぎの間に、シティツアーを済ませたりして、モントリオールに戻った。

その後、彼からは、二人の幸せそうな近況を知らせる手紙とともに、結婚式の思い出スナップ写真集が送られてきた。それからも、地球人は時々、彼の近況を教えてくれた。子供さんにも恵まれたとか、、、、。早く子供がほしいと言っていた彼の言葉を思い出し、「さぞ喜んでいるだろうな、、、」と私も胸が温かくなった。

2008年の春、地球人から電話が入った。いつものんびりした話し方の地球人だが、珍しく差し迫った声だ。「彼が、、、、フロリダ沖で、、、セスナ機の操縦訓練中、事故で、、、、」と暗い声。このところ連絡が途絶えていた彼に、久しぶりに連絡して見たら、なんとすでに、彼はこの世の人ではなかった。

「エッ!!本当??」と、私も、にわかには信じられなかった。「まだまだ、これからという若さで、何故プライベートジェットの操縦など、、、、」と、本当に残念に思ったが、事実とのこと。

残されたご家族のお気持ちをお察しすると、本当に胸が痛く、辛い話だ。地球人も、この耳を疑うような、非情なニュースに、ショックと動揺を隠せぬ声をしていた。

ちょっとポールニューマンに似た彼の、ハンサムでいたずらっぽい、陽気な笑顔とともに、ノルウエー王国は我が家にとって、忘れえぬ国となった。「安らかに、、、、、」と、地球人共々、心から彼のご冥福を祈らずにはいられない。

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