<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645</id><updated>2011-04-22T08:31:33.863+09:00</updated><category term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><category term='４。大学時代(含、秘話）'/><category term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><category term='５。大学院時代（含、秘話）'/><category term='１。地球人誕生秘話とテツママの体験'/><title type='text'>テツママの「８カ国語喋る子供の育て方」</title><subtitle type='html'></subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>86</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8259403030789706364</id><published>2009-01-27T08:04:00.004+09:00</published><updated>2009-01-27T08:17:38.788+09:00</updated><title type='text'>あとがき</title><content type='html'>皆様、長い間、つたないブログをご愛読くださり、ありがとうございました。お蔭さまで地球人は、2008年春、無事に社会人となり、私の多言語教育指導（成人してからは、維持向上へのアドヴァイス）もすべての役目を終えましたので、このブログもこのあとがきで、一旦終了させていただきたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このブログで、すでに大人になってからの、地球人の多言語常用と、維持の努力について触れたり、又、旅の色々な思い出に触れたのも、言葉の壁を、ある程度乗り越えると、多くの、「未知への挑戦」への勇気が、自然と広がることをお伝えしたかったからです。地球人は世界中を、ただ観光レベルだけではなく、一般の現地庶民生活レベルの目線で楽しんでおり、そんな地球人の様子を、少し、ご紹介したかったからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;多くの人が多言語習得に挑戦しますが、私自身も含め、なかなか言葉は固定しにくく、子供時代、外国生活を経験し、大いに使っていた人々も、その後の不注意から、残念ながら固定せず、忘れてしまう人も多く見られます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それほど、言葉を高いレベルにまで引き上げ、固定させることは難しく、長い常用期間を維持してこそ、終生忘れえぬ言葉となることを、これまでの地球人の維持強化の努力や旅の体験も含め、ご紹介することによって、「多言語習得は、親子で果たす、長期プロジェクトである」と、強調したかったからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供さんが、適切な環境で、言葉の導入を果たしたら、親御さんも、維持、強化、固定への環境設定や支援を、ぜひ、考えてあげてほしいのです。子供は覚えるのも早いかわりに、忘れるのも、とても早いのですから、、、。勿論、大人なら、なお更、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実質的には、地球人の中学校の選定、フランス語の導入、そしてその後、英語の維持強化のため、学寮生活を実現させた時点で、私の積極的な多言語訓練の努力は終了しており、後は地球人本人が、語学訓練に欠かせぬ、環境、導入、常用、固定を繰り返し、今日に至っております。ポスドクの地を日本で過ごした地球人の日本語も、かなり高いレベルに到達し、母国日本の企業に就職までできて、今、親として、この上ない喜びを感じています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、日本に来た強い動機は、素晴らしい、専門分野の研究環境があったればこそですが、、、、。何度も言うように、多くの言葉を、終生忘れぬ言葉として、高いレベルに固定してゆくには、気の遠くなるような忍耐力を持って環境を作り、言葉の学習継続と、常用頻度を、バランスよく保つ努力を続けなければなりません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう書くと、「ああ、とても無理！！無理！！私とは別世界のお話！！」と簡単に諦めてしまう親御さんも居るかもしれません。しかし、そんな方は、ぜひ、地球人自身のブログに入って、「テツ流言語習得法の４」を読まれ、立ち止まってほしいのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、彼の言う、「子供の立場から、親へのお願い」というところを読み、子供さんの為に、ぜひ、真面目に、考えてあげてほしいのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、自分自身の感想として、子供時代の言語パワーが、如何に素晴らしいものかを、書いています。そして、どんな子供でも持ち合わせている、この言語パワーを、「大人の常識で、過小評価しないでほしい！！」と、述べています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、「多くの言葉を同時進行して学んでも、混乱はない！！」と、断言しています。だから、皆さんも本当に真面目に、この問題に、向かい合ってみては如何でしょう！！お金や物を残して上げるより、貴重な活きた財産を、子供さんの未来の為に、残して上げたいと願う方は、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;多くの言語学者も、「多言語による音の刺激が、スポーツ、知力、芸術感性、音感などの、潜在能力の開発に与える効果に、注目すべきだ！！」と述べています。人間の脳は、まだまだ未知の、解明できない神秘的な部分が多く、無限の可能性を秘めており、信じて試してみる価値は、おおありだと思うのですが、、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の後の、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語などの導入が、比較的短時間で、簡単に、正確な発音がとれ、日常会話レベルにまで、学習できたのも、それらはすでに、幼少時に耳が開かれた音域内の言葉であり、多言語学習に対する、彼なりの自信や、ノウハウが生まれていたからです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから、やり方はどうあれ、子供の耳の鋭敏な11歳ぐらいまでに、皆さんは皆さんのやり方で、諦めずに多言語訓練を続けてあげたら、将来、きっと、子供さんの身を助け、可能性を大きく開いてあげられるのでは、、、、と考え、このブログで少し、体験談をお話して見ました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、私自身の体験も振り返り、子供達が、外国生活を健全に続けるためには、言葉もさることながら、体力、精神力、判断力、生活力（金銭管理能力）を、事前に磨くことの重要性にも、ぜひ、目を向けてほしいと願って、かなり多言語訓練とは離れた、独立訓練にも触れました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜならば、多言語環境作りには、外国との交流が、すぐに、頭に浮かぶからです。将来は、子供さん一人で、外国への冒険や、挑戦をさせたい、と願っている親御さんも、沢山いらっしゃる事でしょうから、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子育ては本当に、時間を巻き戻すことができない、貴重な時間の連続です。だからこそ、色々なことを大人が想定して、子供と十分話し合い、励ましあいながら、計画的に挑戦することが、大切ではないでしょうか。そうすれば、多言語習得も、きっと、いつかは叶う夢だと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;郊外型の家に関する記述は、安全な環境を選び、更に厳しい訓練を体験させ、留学を間近に控えた地球人との、親子共同作業（動植物の世話など）も消化しつつ、体力、気力、精神力を鍛え上げ、独立訓練の完成を目指す為、便利さとは逆行する生き方を選んだ、体験談です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分で体験してみた結果、私は周りの皆さんの、「時間も、お金も無駄なのでは、、、、」というご心配に反し、地球人の精神的な強さと、頼もしさと、思いやりの心を磨け、本当に、ここでの生活は、有意義な時間の連続だったと、今でも心から思っています。お金では買えぬ、貴重な体験を地球人にさせられる、絶好の環境でしたから、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勇気を出して、一歩踏み出し、積極的に行動してみれば、何かが変わるかもしれないと、試行錯誤しながら、色々と模索した日々が、今ではとても懐かしく感じます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ブログ前半の、私自身のエピソードのご紹介は、時期を逸してからの言語習得と、維持向上が、いかに困難であるかを、改めて皆さんとともに、考えて見たくて、体験談を書いてみたものです。きっと、多くの皆さんが、同じような経験と、感想を持っておられることでしょう。言葉の壁の高さと、維持の難しさを、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、こんな私自身の不甲斐ない体験こそ、地球人への多言語訓練と、その維持強化プランを生み出す、強い動機となったのです。長い将来を見据え、生まれてすぐから行わなければならぬ、「国際人養成の為の、必要不可欠な努力」として、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本人の母国語、日本語という、低音域の言葉の特異性に注目し、聴覚などの問題点を考え、多言語習得を子供さんに期待している多くのご両親には、ぜひ、母国語である日本語に、11歳ぐらいまでで耳が固定されてしまう前に、広い音域を確保する為、早めに多言語訓練を開始されることを、改めてお勧めし、長いブログの筆を、おかせていただきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この体験ブログが、現在子育て中のご両親や、将来の子育て予備軍の皆様に、幾分なりともお役に立つことを心から願いつつ、遥かカナダの地より、ご健闘をお祈りしております。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2009年春、テツママ　　（完）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;*******************************************************************************&lt;br /&gt;お知らせ：&lt;br /&gt;皆様方とは、又、引き続き、不定期ブログ、テツママの「独り言」でお会いしたいと思います。それまで、御機嫌よう、さようなら！！&lt;br /&gt;　　　　　　　&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8259403030789706364?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8259403030789706364/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8259403030789706364' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8259403030789706364'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8259403030789706364'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_27.html' title='あとがき'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-3423369404760609758</id><published>2009-01-25T07:26:00.001+09:00</published><updated>2009-01-25T08:34:56.187+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>新たなる夢への飛翔！！</title><content type='html'>さて、研究室では論文の作成のための実験、MBAでは沢山のレポートや試験に追われ、悲鳴を上げる毎日が続いた地球人は、MBA開始後一年が過ぎた2007年の夏、カナダのモントリオールの本校で、夏休み3週間の集中講義を受けることになった。日本のキャンパスからは13人の学生が参加した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は半年ぶりに我が家に戻り、一週間ぐらい休んで、（といっても、相変わらず、何やら分からぬ論文集のようなものを一杯抱えていたが、、、、）その後、モントリオールのアパートに移り住んだ。友人達とシェアして借りた3週間のアパート暮らしだ。このアパートは大学まで歩いて5分ぐらいの便利なところにあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔、地球人はこの大学で科学を専攻し、4年生まで通った。歴史の古いこの大学は、モントリオールの街のど真ん中にあり、どこに行くにも地下鉄で行け、便利なところだ。地球人は週末に、友人数人と泊りがけで、我が家に戻ってきた。 夏の我が家のベランダは、色とりどりの花々に囲まれ、緑のゴルフ場とスキー場が目の前で、清清しい。私は、食事もベランダに準備し、解放的な食事で、もてなした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昔もよく、友人を連れて、週末戻ってきたものだ。今は、日本をベースにして、MBAの夏休みだけの集中講義に参加している。本当に不思議な感じがした。地球人は日曜日の午後、又、モントリオールに戻って行った。週日の昼間は、びっしりと講義が詰まっており、夜は友人達との飲み会など、充実した日々を過ごしているようだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人がMBAの夏の集中講義を受ける為、モントリオールに戻ってきたのには、訳があった。それは、日本での普通の2週末の授業だけでは、2年間で自分の勉強したい、全ての学科を取りきれず、2年半ぐらいかかってしまう恐れがあったからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この頃、地球人には、新たな夢があった。それは、科学の知識と経営学の知識を基に、多言語が駆使できる科学者として、日本企業に就職し、社会人として挑戦をして見たい、という夢だった。自分より優秀な科学者が、世界中に沢山居ることは言うまでもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、「もし、自分のこれまでの知識と、経験と、語学力のすべてを発揮できるような仕事に就けたら、素晴らしいのではないだろうか？！」というのが、その頃の地球人の、大きな夢となっていた。「そのためには、なるべく早く、MBAの勉強を済ませておきたい！！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう願った地球人は、夏の集中講義の間も、本当に真剣に、勉強していた。そして、2年目の彼は、MBAコースの会長を務め、クラスのまとめ役にもなっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二度のバイオキャンプへの参加、科学雑誌への論文発表、MBAの資格取得への努力、多言語の維持強化など、着々と、自分の夢と目標に向かって進んでいく地球人に、もはや、悩みや迷いはなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、地球人のこの夢の実現に向け、研究室の指導教授も、本当に、深いご理解を示してくださり、応援してくださった。夏のMBA集中講義を終えて、日本に戻った地球人は、新たな目標に向かって、具体的に動き始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すでに、入りたいと希望している企業も決まっていた地球人の行動は、素早かった。試験と4回の面接を経て、2007年の年末には、希望していた企業への、「2008年4月入社」の内定も得ることができた。そして、地球人は、研究生活の最後の仕上げと、MBAの授業に、益々力を入れていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2008年3月末、地球人は、4年8ヶ月に及ぶ、ポスドク生活に別れをつげ、4月1日から始まる、社会人としての生活をスタートさせる為、住み慣れた研究室の側のアパートから、都心のアパートに、転居した。まだ、MBAの授業は5月末まであり、この頃が、地球人にとっては、一番、精神的に大変で、疲れたようだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、地球人は、5月末に、予定通りMBAの単位を取得し、無事、働きながら卒業した。一時は「死にそう！！」とまで、ねを上げていたMBAの授業だったが、終わった後は、「MBAを勉強すると決めて、本当によかった。すごく為になる授業だった。これは、これまでに、自分自身で下した決断の中で、最高のものだった！！」とまで言って、心から満足そうだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分の一番望んでいた形で、希望の就職先に入れた地球人は、本当に、強運の持ち主だと思う。これまでにも、何度か、地球人の強運を感じることがあったが、今回の就職も、まさにそう感じた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしながら一方、運は自分で呼び込むもの、、、、というのが、私が地球人の人生を見ていて、心から感じる事だ。運も確かにあったかもしれないが、その前に、やはり、常に自分にも厳しいハードルを課し、自らを高めることに努力し、行動し続けた姿を目の当たりにして、我が子ながら、「凄い！！逞しいなあ！！」と思ったことが、何度もある。（これも親ばかかな、、、、）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして地球人は、2008年4月、多くの先生方のご指導の下、先輩、友人、家族らに見守られつつ、努力の末に築き上げた、自身の3本柱、科学、経営学、多言語を引っさげ、新たな職場で、社会人としてのスタートを切った。研究室のサヨナラパーティーの席上で、指導教授から、餞に贈られた言葉、「大志」を胸に、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「さあ！！これからは、世界の人々の健康の為に、そして、自分自身の幸せな未来の為に、いつまでも、日本と、世界の架け橋として、大きく、伸び伸びと、羽ばたき続けてね！！改めて、就職おめでとう！！地球人！！」&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-3423369404760609758?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/3423369404760609758/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=3423369404760609758' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3423369404760609758'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3423369404760609758'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_25.html' title='新たなる夢への飛翔！！'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4530542843807809539</id><published>2009-01-23T05:29:00.001+09:00</published><updated>2009-01-23T07:10:52.604+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>ポスドクの継続とMBA開始</title><content type='html'>研究生活、音楽活動（バンドに参加）、多言語の維持、スポーツクラブへの参加（卓球やローラーホッケークラブ）など、相変わらず、猛烈に忙しい毎日を送っていた地球人の、日本でのポスドク生活は、あっという間に、最初の奨学金給付期間の2年が過ぎようとしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、最初の奨学金の期限が切れる前に、もう2~3年、この日本の研究室で、研究生活を続けたいと連絡してきた。彼自身の大人の決断。私にはさっぱり分からない遺伝子分野の研究に没頭している地球人の意志を尊重した。日本の奨学金は延長ができないとの事で、地球人は早速、カナダの厚生省の奨学金を申請した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い、程なく、カナダの厚生省から奨学金授与が発表され、地球人は、日本での研究生活を続けることになった。そして、その間、相変わらず、音楽もスポーツも楽しみながら、日本の生活にすっかり馴染んでいた。スペイン語クラブの人たちとも、定期的に集まりを持ち、相変わらず、地球人の多言語維持の努力は続いていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;英語は勿論、論文や海外での学会で始終使っているし、フランス語も、博士課程までの長期に渡って常用してきた言葉だから、忘れようがない。北京語も、幸い研究室に居る中国からの留学生と、常用する機会も続いており、すでに、固定された言葉になっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2度にわたる日本語検定試験への参加で、日本語の書き取りにも、大いに、自信が生まれたことだろう。こうして、地球人にとっては、多言語習得は、かけがえのない財産となりつつあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、この頃から、「多言語が駆使できる、という才能が、地球人に逆に、迷いを与えたのではないか？？」と、私は勝手に想像している。もし、科学の研究のみに的を絞らなければならない状態だったら、彼はもっとシンプルに、科学研究のみに、自分を追い込んで、のめり込んで行けたのかもしれない。勿論、才能があったかどうかは、別の問題として、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;素晴らしい指導教授にも恵まれ、同じ研究室には、本当に優れた科学者が多く、地球人は常にそれらの人々を尊敬して、私にもよく話しを聞かせてくれた。彼もいつかは、優れた科学者と呼ばれ、成功したい、と望んでいたことは、間違いない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、カナダの奨学金を申請する頃から彼は、「もっと、自分の才能を出来る限り生かした、新たな科学者の道があるのでは、、、、」と考え始めるようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、ポスドクの生活も2年半が過ぎる頃、彼は新たな挑戦の目標を、偶然ネットで発見した。それは、もう、勉強が嫌いになる程、苦しみぬいた大学生活を送ったモントリオールの母校が、日本で開いている「MBA （経営学修士）JAPAN」のホームページだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このコースは毎月の2週末、最短2年間で、クレジットを取得できれば卒業できる、というものだったが、勿論、超厳しい事で知られるこの大学。卒業はそう簡単ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あんなに出るのが難しく、地球人を人間不信に陥らせるほど、勉強の虫のような排他的な学生が多いと評していた、モントリオールの母校への再挑戦。今度は経営学修士を目指して、、、、。若いときに、本当に自分から、勉強したくてたまらないものに出会えた地球人は、幸運な人だと言えよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、ただ、どうなることかと見守っていただけだが、地球人は早速、日本キャンパスの主任にアポイントを取り、出かけていった。履歴書を見た主任は、「とにかく試験を受けてもらい、その成績次第だが、貴方のような経歴の人には、是非、経営学修士の資格をとってほしいから、モントリオールの本校に早速連絡をとって見ましょう、、、試験の日は追って知らせます。」という返事だったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、地球人は大学から通知された日に、試験を受けに行った。程なく、試験に合格し、研究生活と両立させながら、希望に燃えて、地球人の新たなMBA挑戦が始まった。しかし、私の予想どおり、この大学の厳しさは、経営学においても変わらなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学時代、科学を専攻中、あれ程痛めつけられたのだから、予想できたと思うが、半年ほどすると、「大変だあ！！厳しい！！死にそう！！」という、哀れな悲鳴が出始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さもありなん！！地球人は、山と積まれた英語の経済新聞と、レポートや資料の山に埋まっていた。やっぱりこの大学は、そう簡単には、卒業させてはくれない。だからこそ、多くの事が学べ、卒業できれば価値があるんじゃないかな、、、、、、と私は思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人には、研究室での大切な研究生活がある。その上、論文も書かなければならない。そして、自ら望んで始めたこととはいえ、この厳しいMBA学習の道程。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、自分からやりたいと言って始めたことは、地球人はこれまで、大抵やり遂げてきた。だから、「今度も、本当に大変そうだけど、多分、なんとかやり遂げるんじゃないかな？！」、、そう、希望的観測をしつつ、信じるしかない、凄まじく厳しい状況に、地球人は喘いでいた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4530542843807809539?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4530542843807809539/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4530542843807809539' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4530542843807809539'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4530542843807809539'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/mba.html' title='ポスドクの継続とMBA開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4753555633989705860</id><published>2009-01-21T05:27:00.002+09:00</published><updated>2009-01-21T06:04:31.054+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>日本での研究生活開始</title><content type='html'>プラハへの家族旅行から戻り4日後、地球人と私は日本に向かった。取りあえず、研究室のそばにアパートを借り、当座の生活用品を準備する為だ。勿論、地球人一人で問題なかったが、なにしろ地球人はカナダ国籍。一応、外国人だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アパートなどを借りるとき、外国人だとなにかと厄介なので、私は友人との再会も兼ね、同行した。案の定、アパートを借りるとき、私が居て、かなり手間が省けた。部屋が決まり、すぐに簡単な家財道具を買い込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;簡単なといっても、テレビ、ベッド、冷蔵庫その他、数えればキリがないほど揃える物は多い。アパートは駅から5分。周りにスーパーなどが多く、とても便利なところで、地球人の一人暮らしには申し分ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とにかく、住まいの確保と生活の準備の手伝いを済ませた私は、間もなく又、日本と台北への出張を控えていたが、ひとまずカナダの我が家に戻った。地球人は、その後、研究室の指導教授にご挨拶に伺い、程なくポスドクとして、日本での研究生活に入って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1ヶ月後、次の出張の途中に、地球人のアパートに立ち寄った私は、驚いた。地球人は新にスクーターを買い込み、毎日、20分ぐらいスクーターに乗って、研究室に通っていた。「安定感のない、スクーターじゃ危ないでしょ？！なんで電車で通わないの？？」という私の素朴な質問に、地球人はこう答えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「だって、電車は夜12時半が最終だから、、、、」と、、。　「エッ！！夜の12時半まであれば十分でしょう？？どういう意味？？」と訊いた私に、地球人は笑って、「だって、殆どの人がその時間にはまだ研究室に残っているんだよ。僕はペーペーだもん、、、、」とのこと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人のホームページにその感想が載っているが、確かに日本の研究者は真面目で、夜中まで研究している人も多く、カナダの研究室とはエライ違いらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って、それからの私は、日本に行っても、ほとんど地球人と顔をあわせる時間はなかった。しかし、毎晩、夜中の2時ごろ、コトコトコトと鳴るスクーターのエンジン音が止み、部屋に入ってくる鍵の音がすると、本当に安心したものだ。小雨の日などは特に、、、、。スクーターのタイヤはスリップしやすいから、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、日本での地球人の、猛烈研究生活が始まった。ポスドクの間、基本的に一年に2回、カナダの自宅に戻る予定にしていた地球人だったが、１回しか戻れない年もあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、幸い私は、ずっとコンサルタントの仕事を続けているので、年に平均5回ぐらいの出張があり、台北、大阪、東京などに出かける。その合間に地球人の様子を覗く時間もあり、あまり離れている実感はなく、ケベックシティに居たころと変わらない感じだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は日本の研究室で、教授や本当に優れた先輩、同僚に囲まれ、良い刺激を受けたらしく、何度も、「この研究室で研究ができて、すごく良かった、、、。」と自分の幸運を喜んでいた。日本政府の奨学金の給付期間は2年だったが、入ってすぐから、もう少し長く研究したいと漏らしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;少し日本の研究生活のリズムにも慣れると、心に余裕ができたのか、地球人は又、音楽仲間を探して趣味を楽しんだり、大学の学生とローラーホッケーに興じたり、ケベック協会のメンバーやスペイン語同好会のメンバーになったりして、多言語の維持にも努めていた。日本語の読み書きの強化の為には、日本語検定試験に果敢に挑戦して、実力を高めていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともと、日本語を書くのは苦手な筈の地球人が、最初の試験から、かなりよい成績をあげていたので不思議に思い、「どうやって書いたの？？？」ときいたら、「へへへ、平仮名書きまくったら、ちょっと減点されちゃったあ、、、、」と笑っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い、今はパソコンという便利なものがあり、私ですら、手書きをすると、たまに漢字の書き方を忘れてしまう時代。発音はかなり正確な地球人は、パソコンを駆使すれば、不自由なく書けるらしい。まあ、時代が時代。これもありかな、、、、と思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、研究の合間にも、日本でも意識的に多言語維持の環境づくりに努め、常用機会を積極的に探しながら、色々な活動に参加している地球人を目の当たりにして、「そう！！そう！！その調子！！」と私は大いに心の中で応援していた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4753555633989705860?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4753555633989705860/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4753555633989705860' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4753555633989705860'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4753555633989705860'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_21.html' title='日本での研究生活開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-7830971956396818154</id><published>2009-01-19T06:19:00.000+09:00</published><updated>2009-01-19T06:25:10.683+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>プラハ家族旅行</title><content type='html'>さて、めでたくポスドク開始の準備も整った地球人は、日本に向かう前に、家族旅行をしようと提案した。自分も博士号をとり、一段落してホッとし、約16年間住み慣れたカナダ東部の町を離れるに当って、家族と、のんびりした旅行がしたくなったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というより、無事に、博士課程を卒業できた、「親孝行、感謝旅行」とでもツアー名をつけようか、、、、。ブスッと無愛想な言い方だったが、「これまでの感謝の印に、パパとママに、飛行機の切符を買って上げるよ！！だから、行きたいところを決めて！！」というのだ。大学院時代に、奨学金やアルバイトの語学教師などで、貯めたお金で、思い出旅行をプレゼントしてくれるというのだ。ヤッター！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、ホテルの手配などは、相変わらず、私の役目。相談の末、この旅行の目的地はプラハに決まった。私は前から、チャンスがあったら是非、旧神聖ローマ帝国の首都であり、かつてはヨーロッパ最大の都市として「黄金のプラハ」と呼ばれたこの地を訪れ、ハプスブルグ家の栄華の跡を訪ねて見たかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;15世紀には、芸術、科学の都として、その繁栄は内外に知れわたっていた、この歴史の町、プラハへ、、、、、。 地球人の申し出は、又とないチャンス！！喜んで出かけることにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;プラハについた私達は、レンタカーで、早速手配しておいたホテルに向かった。すでに街の様子は、かつての繁栄の跡は虚しいほどなく、17世紀から続いた、数々の戦争の傷跡が、そこここに残っている。宗教、文化、人種の弾圧を受け、1993年には、チェコとスロバキアが分断された、悲しい歴史の国、チェコ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、14世紀に建造された、モルダウ川に架かる、カレル橋（前プラハ橋）から眺めるプラハ城の美しい佇まいは圧巻で、さすが、「黄金のプラハ」と呼ばれただけある、と感動した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、このカレル橋は、英文名でCharles Bridgeと呼ばれ、ヨーロッパに現存する、最古の石橋だそうだ。その橋げたに並べられた彫刻が水面に写り、独特の美しさを見せていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;モーツアルトが、交響曲38番を初演したコンサートホールや、天文時計台など、古い町並みによく映える美しい建物も多く、楽しい町の反面、ナチスドイツに占領され、5万人が虐殺された、悲惨な過去を感じさせる建造物も多く、人間の栄枯盛衰と業のようなものを目の当たりにし、考えさせられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、地球人はというと、あまり建物や歴史には興味がないらしく、もっぱら、街の中を走る電車や乗り物に乗りまくり、地元の人たちの集まりそうな場所を探し、現在の、ありのままのプラハを知ることに、大きな興味を抱いていた。勿論、プラハ城の美しさにも感動していたけれど、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我々は、モルダウ川を走る観光船の中で、音楽付きのディナーを食べながら、川の上から、プラハ城や川沿いの景色を眺めることにした。船上から眺めたプラハ城は、丁度、夕陽に照らされていて、神々しいほどの美しさだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人はすでに、付近の探索も済ませており、「地元の人が集まる、街中のデパートに出かけよう！！」と、夫と私を誘った。プラハのデパートは、なんだか古い、日本のデパートのような感じだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;物価は地球人によると、かなり安いとのこと。チェコのお金は、私にはすぐに換算できなかったので、いつも地球人にきいた。私は足が痛かったので、安いならこれ幸いとばかりに、夏のサンダル靴を２足買った。そして、案外素敵なスタイルのＴシャツがあったので、これから日本に旅立つ地球人用に、何枚も買い込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;食べ物は、付近のレストランで食べた記憶があるが、あまり印象にない。キッチン付のホテルだったので、自分でも簡単なものを作って食べた記憶がある。チェコを代表するお土産と言えば、ボヘミアングラスとガーネット。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ワイングラスなどのコレクションが好きな私は、以前から、チェコクリスタルはかなり集めていたので、この旅行では遠慮して、ガーネットを記念にいくつか買い込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これらの買い物の税金は、あとから空港で申し込むと返金されるとか、、、、、。面白がってやって見たら、一年後ぐらいの忘れた頃に、スズメの涙ほど戻ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、それまでチェコというと、地球人の頭にすぐ浮かぶのは、自分が熱狂していたアイスホッケーの、NHLの名ゴールキーパー。長野オリンピックで優勝した、チェコの英雄、ドミニクハシェック選手の名前ぐらいだったらしい。彼の憧れの、名ゴールキーパーの一人だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、地球人と一緒の旅は、単なる観光旅行と違い、すぐに現地の人々の中に飛び込む、面白いもの。この旅行も、日本に向かう前のひと時を、家族で面白おかしく、楽しく過ごした。地球人の心ばかりの親孝行旅行で訪れたプラハは、プラハ城の素晴らしい佇まいとともに、私にとって、是非もう一度出かけてみたい、思い出深い町となった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-7830971956396818154?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/7830971956396818154/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=7830971956396818154' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7830971956396818154'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7830971956396818154'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_19.html' title='プラハ家族旅行'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8527745166072400974</id><published>2009-01-17T07:34:00.002+09:00</published><updated>2009-01-17T09:45:45.883+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>ポスドクの地、決定</title><content type='html'>さて、博士課程も、無事修了が見えてきた地球人の、次なる目標はポスドクで、それをどこでするかという問題に、直面していた。同じ研究室出身の仲間が、ポスドクをしているボストンの大学。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;指導教授のおられた、アメリカ西海岸の大学などが、当時、地球人の目標になっていた。しかし、2001年に起きた911は全米のみならず、世界を震え上がらせ、当時、私は、アメリカの東海岸は要注意の場所に思えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな頃、地球人は、指導教授の推薦で、日本の某国立大学の、研究室の教授をご紹介いただいた。地球人は真剣に私の母国、日本での研究継続開始を模索し始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、日本での研究継続開始には、二つの理由で大いに賛成だった。勿論、第一は、すばらしい遺伝子研究の教授をご紹介いただけたこと。そして、もう一つは、地球人の日本語能力の強化と、日本文化の更なる習得の為だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なにしろ、今まで地球人は、幼少時代、夏休みの短期訪問以外に、腰を据えて、日本という国に住んだ事がない。勿論、当然、留学経験もない。従って、地球人の日本語は、話したり聞いたりすることには問題がなかったが、読んだり書いたりする能力は、私から見て、まだまだ足りなかった。今の若さなら、言葉の吸収も早く、日本語をほぼ完璧にする、最初で最後の、絶好のチャンスではないか？！と私には思えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、決めるのは地球人であり、彼の一生を左右することなので、彼の意志に任せていた。地球人は熟考の結果、自分でも、日本が最適と決断した。そして着々と、日本の教授に連絡をとり、多くのサポートをいただいた。ポスドクとして研究室に受け入れていただくばかりか、日本学術振興会からの奨学金や、教授の肩書きで、ビザもいただけるよう、手配していただいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2003年、幸い、日本学術振興会からの奨学金も無事おり、カナダ政府の手続きなど、面倒な作業も全て終え、正式に地球人の日本での研究続行が決まったのは、春も終わりに近い頃だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;初夏を迎える頃、地球人へのサヨナラパーティが、大学病院の研究室仲間によって、開かれた。研究仲間の何人かは、我が家にも、何度も泊りがけで遊びに来て、顔見知りだったし、指導教授にも、これまでのご指導に対し、改めて、感謝とお礼を直接述べたくて、私はケベックシティ郊外の、この大学病院に向かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ケベックシティはこれまでの5年間に、何度も訪れた地だったが、これからは、そう度々訪れることはないだろうと、周りの景色を車の中から、これまでとはちがった、感傷的な気分で、眺めていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;温かい送別の夕食会が終わり、私は指導教授に、心からのお礼と、今後の変わらぬご指導をお願いし、何度か訪れた、思い出深い地を後にした。これから又、地球人は、新たな出発に向け、旅立ってゆくが、自分の祖国、日本に向かうというだけで、私には何だか安心感があり、あまり心配はなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人のポスドクのスタートは、日本の横浜にある、某国立大学の、生命フロンティアー研究所に決まり、カナダの大学院で始めた、「遺伝子発現及び修復のメカニズムの研究」を続行することとなった。こうして地球人は、少年時代とはまったく違った、新たな目標を胸に、日本に飛び立とうとしていた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8527745166072400974?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8527745166072400974/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8527745166072400974' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8527745166072400974'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8527745166072400974'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_17.html' title='ポスドクの地、決定'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4828222617649549892</id><published>2009-01-15T06:40:00.001+09:00</published><updated>2009-01-15T08:33:19.257+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>テツママ生涯最高の日</title><content type='html'>さて、大学院での研究、スポーツ、音楽活動、スペイン語強化（中南米からの学生との交流）などに、忙しい毎日を送っていた地球人も、すでに博士課程に入り、残すところケベックでの大学院生活もあと僅かとなってきた。しかし、あと僅かかどうかは、博士論文審査に通るかどうかということが、大きな鍵を握っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのころには、担当教授のお蔭様で、多少論文も手がけていた地球人は、いよいよ最後の仕上げの博士論文作成準備に入っていった。勿論、論文を書き始めるには、地道な実験の繰り返しで、結果を得てからでなければ書けない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このころ用事で研究室に電話しても、なかなか話してもらえる時間がなかった。「今、実験中！！あとで電話する。」というのが、この頃の地球人の決まり文句になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が博士課程に入った頃、夫は我が家の前庭に、新しい飾り門を創った。それは、すべて手づくりで、天辺の両端が斜めに天に向かって上がるように削られていて、門の中心には、家族繁栄の意味の漢詩を、自分で彫って、入れていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫曰く、「今の我が家の入り口の方位より、この飾り門の方位の方が、テツの運勢をさらに強くすると、昔、香港の有名な占い師に言われたことを思い出したから、飾り門を創って、方位を変えてみた、、、。この家はテツの名義だし、、、、、、。」とのこと。飾り門の完成を記念して、珍しく、家族3人プラス愛犬で、写真を撮った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2002年の秋。地球人の博士論文作成は、追い込み段階に入っていた。博士課程の3年目の冬、地球人は、ついに、卒業論文を完成し、学内、学外の教授の審査を受け始めていた。2003年2月7日、まだ雪深く、寒い一日、地球人は私に、研究室がある病院の講堂で行われる、博士論文の公開審査会場に来るよう、誘いがあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カナダの大学院の博士論文最終審査は、一般の人々にも公開して行われることすら知らなかった私は、どんなことが行われるのか、皆目、見当がつかなかった。生憎、丁度何かの用事が重なっていた夫の代わりに、地球人の親友達とともに、遥遥250キロ離れた病院へと向かい、午後2時から始まる予定の、地球人の博士論文公開審査会場に入った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;講堂の正面には大きなスクリーンがあり、向かって左端にスピーチ用の演壇。地球人の論文公開審査が始まる午後2時頃には、会場は知らない顔の聴衆で、一杯になっていた。主に、病院関係者と大学の関係者らしい。段々、不安感が込み上げ、地球人より、私の方が興奮してきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ケベック省、癌研究センターから、審査を担当する教授が一人、他の医大から審査を依頼された教授が一人、学内から審査を依頼された教授二人が静かに審査員席に着席するころには、満員の聴衆に囲まれ、私は本当に胸がドキドキしてきた。 すでに、昨年末には、論文パスの内定は知らされていたそうだが、いよいよ、正式な最終審査が始まるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は落ち着いていた。（少なくとも私よりは、、、。そう見えた。）軽い挨拶から、すぐに論文の要点をパソコンから大きなスクリーンに映し出し、実験結果や研究結果を、淡々と英語で報告してゆく。約30分程のプレゼンは、チンプンカンプンで、さっぱり私には分からなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;プレゼンが終わって、続いて審査の先生方との、論文内容に関する、質疑応答が始まった。地球人はこの質疑応答に、英語とフランス語で対応していた。ある教授は、フランス語の方が英語より話しやすかったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;約20分程の質疑応答が終わると、4人の審査教授がおもむろに立ち上がり、全員で結果を審議するため、別室に消えた。戻ってくるまでの10分ほどは、本当に長く感じられた。他の教授を従え、戻ってきた主任審査教授は、笑顔で地球人の方に手を伸ばし、「おめでとう！！貴方の論文は、審査教授、全員一致でパスしました。」と、握手を求めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;握手をすませ、お礼を述べた地球人は、又、プレゼン用のスクリーンに、映像を映し始めた。これまでお世話になった指導教授、関係者、研究室仲間への感謝の言葉とお礼。この審査を担当してくださった、すべての教授へのお礼の言葉も、映し出された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、最後の最後に、スクリーンに映し出された映像は？？、、そう！！あの、自分の為に、父親が手づくりで創ってくれた、我が家の前庭の、飾り門の前で、並んで撮った家族写真。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;映像が写ると、堂々と私の方を見つめ、「実は今日、この会場に母が来ています。家族のサポートなしでは、決して、この論文は生まれませんでした。心から感謝したいと思います。」と、英語で、私にもお礼を述べた。最後に、「かあちゃん！！ありがとう！！」という、日本語での、いつもどおりの地球人の、おどけた挨拶も添えて、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;会場の前の方に座っていた人々は、ワザワザ、中ほどに座っていた私の方を振り向き、笑顔で拍手を送ってくれ、すぐ後ろのほうに座っていた人々は、私の肩を叩いて、祝ってくれた。会場は割れるような拍手に包まれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こんなに、深く感動する日が、この私の身に、訪れるなんて、、、、。泣き虫の私は、深い感動に堪え切れず、思わず大粒の涙をこぼし、すべてがボ～～ッと霞んで見えた。その後、私は会場から去る前にワザワザ、「おめでとう、おめでとう！！」と温かい声を掛けながら近づいてくる、多くの見知らぬ人々から、握手を求められた。その後、地球人の博士論文パスを祝って、病院内の別の会場で、研究室仲間による、手作りのパーティーが開かれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこのパーティに参加してくださった指導教授に、これまでの、5年間に渡るご指導を、心から感謝し、お礼を述べた。研究室仲間とも歓談でき、この日は、私の生涯で最高の、忘れえぬ、感動と感謝の一日となった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それから2ヶ月ほどして、立派な表紙で、審査教授のコメントも添えられた、地球人の博士論文が出版された。フランス語のタイトルと、英語の前書きが書いてあり、論文が始まる最初のページは白紙で、右上に、「この論文を両親に捧ぐ！！」と、印刷されていた。またまた、新たな感動！！この本は、その日から我が家の、最高の宝物となった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4828222617649549892?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4828222617649549892/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4828222617649549892' title='9 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4828222617649549892'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4828222617649549892'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_15.html' title='テツママ生涯最高の日'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>9</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-473057337556149657</id><published>2009-01-13T07:25:00.001+09:00</published><updated>2009-01-13T08:30:33.154+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>忘れえぬ友、忘れえぬ国</title><content type='html'>1994年、地球人がまだ大学2年の時、夏休みを利用し、ヨーロッパに語学留学と、ぶらり旅に出かけたことは、すでにお話した。その時、ドイツでカナダのトロントから、ドイツ語を勉強に来ていた学生に出会い、友人になったことも、お話したと思う。地球人の殆どの友人は、我が家の友人でもある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この彼は、地球人ととても気が合い、その後、トロントに戻っても、地球人と連絡を取り合っていた。実は彼は、そのドイツ短期留学中に、運命の女性と出会い、恋に落ちた。女性はノルウエー人で、偶然、友人との旅行中に彼と出会い、お互いに惹かれたそうだ。トロントに戻っても、彼の心はここにあらず。いつもノルウエーの彼女の話をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は帰国後まもなく、地球人に会いに、はるばるトロントから車で7時間ぐらい運転して、我が家に遊びに来た。地球人から聞いていた通り、陽気な好青年で、我が家の食卓を賑わしてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;散々、彼女のお惚気話をしたあと、「必ず、ノルウエーに戻り、彼女と一緒に暮らす！！」と、我々に嬉しそうに告げた。そして間もなく、彼は本当に、ノルウエーに旅立って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は旅立つ前に、近いうちに彼女を婚約者として、親に合わせにカナダに連れてくるから、その時には、私にも紹介してくれると約束した。その通りに、彼は2年ほどして、彼女を連れて戻ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、一時帰国で、その時には、すでにノルウエーで就職もし、家も探し、近いうちに、正式に、彼女と結婚することを、幸せそうに話してくれた。異国の地、ノルウエーで、結婚式を挙げることを決意した彼は、地球人と我々（夫と私）にも、「出来たら結婚式に参加してほしい！！」と招待してくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2000年6月、彼の結婚式に参加するため、我々は、ノルウエー行きの計画を立てた。色々考えて、私は初めてネットオークションで、夫の切符を買った。秒刻みに価格が変わるオークションを落札するのは、初めての経験で、とてもスリルがあって、面白かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、夫と地球人より、4日ほど先に出発し、アメリカの航空会社で、モントリオール、アムステルダム、オスローと飛んで、先に宿の手配をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4日後、地球人は、イギリスの航空会社でモントリオール、ロンドン、オスローと飛んで来た。夫は、モントリオール、トロント、フランクフルト、オスローとドイツの航空会社で飛んで来た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、この時は、3人共、全く違う航空会社で旅行し、オスローの空港で、待ち合わせをしたのだ。勿論、帰りも別々。モントリオールの空港で待ち合わせ。大体同じ時間に着く様に、私がアレンジしておいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、多少のずれはあったものの、ほぼ予定通り、オスローの空港で出会えた我々は、すぐにレンタカーを借りて、ノルウエーの古都、ベルゲンに向かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の友人は、ベルゲンに住んでいるからだ。しかし、彼は、結婚式はオスローで挙げる。彼女の親族のほとんどが、オスローにすんでいるからだそうだ。従って、我々は、行きと帰りは別々のルートを回り、オスローから、ベルゲンまで、車で往復観光旅行をすることにしたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;運転は、地球人と夫が、交代で頑張った。山の中を越え、片道、約12時間ぐらいの道程だ。空港で貰った道路マップをたよりに山道を行くが、なにしろ道は、国道とは思えぬ狭さ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それに、道路標識もあまりない。「カナダの道は分かりやすいのに、、、、。」とか、頼りにしている地球人の口からも、心細い言葉が出てくるほど、道がわかり難い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;途中、山道で、ようやく出会った人に道を確認する為、地球人が車を降りて、訊きにいった。戻ってきた地球人の複雑な顔、、、、。8ヶ国語を誇る地球人にも、チンプンカンプンなノルウエー語。本当に世界は広い！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大体の見当をつけて、先にすすみ、言葉が分かる人を捜しながら、先へ先へと進んだ。フィヨルドの美しい国、ノルウエー王国。段々、山々の間から、青々とした海が見え始め、旅の気分を満喫。途中、フェリーに乗り継いで、ようやく、ベルゲンの町の灯が見え始め、心からホッとした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ベルゲンは、古い天然の良港のある港町。港では魚介類の市がたち、お土産にキャビアなどを買った。地球人は彼の家に泊まり、夫と私だけホテルに泊まった。港のまわりにある店には、北欧ならではのお人形や、洋服が飾られ、情緒のある町だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3日ほどベルゲンで過ごし、又車で、来た時とは別のルートを通り、約12時間の旅。オスローの付近のホテルに向かった。途中の山や海に囲まれたフィヨルドの景色は、想像どおりすばらしかった、、、、がしかし、、、、ノンビリ景色を楽しめぬ、緊急事態発生！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;山越え中、あまりにも長くガソリンスタンドが見つからず、もう少しでガス欠の危機にひんし、普段めったに緊張せぬ地球人も焦りまくり、ガソリンを節約する為、ついにエンジンブレーキで山を降り始めた。なにしろ、行きかう車もほとんどない、寂し～～い山の中。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;景色も何も目に入らぬほど、ハラハラドキドキしながら、ひたすら、ガソリンスタンドを探した。かなり山を降りたところに、ようやくガソリンスタンドを見つけた時の、嬉しかった事、、、、、、。 ホッ！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いよいよオスローで、彼の結婚式に参加する日が来た。古い由緒あるレストランで、素朴な中に温かさが漂う、素敵な結婚式だった。正装した彼も、ようやく6年越しの恋が実って、幸せそうだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女も頭に月桂樹の葉の冠を載せ、白のシンプルなドレスで優雅に微笑み、本当に幸せそうだった。私達もはるばるモントリオール郊外から、友人の一人として参加させてもらい、トロントから参加した彼のご両親やご兄弟とも会え、楽しいひと時を過ごした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達はその後、オスローの町をぶらぶらしたり、ノーベル賞の受賞会場などを見学したりして、別々に帰路についた。私は帰りのフライトの関係で、汽車に乗り、デンマークのコペンハーゲンに立ち寄って、一晩過ごした。次の日は帰路、アムステルダムで、6時間ぐらいの乗り継ぎの間に、シティツアーを済ませたりして、モントリオールに戻った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、彼からは、二人の幸せそうな近況を知らせる手紙とともに、結婚式の思い出スナップ写真集が送られてきた。それからも、地球人は時々、彼の近況を教えてくれた。子供さんにも恵まれたとか、、、、。早く子供がほしいと言っていた彼の言葉を思い出し、「さぞ喜んでいるだろうな、、、」と私も胸が温かくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2008年の春、地球人から電話が入った。いつものんびりした話し方の地球人だが、珍しく差し迫った声だ。「彼が、、、、フロリダ沖で、、、セスナ機の操縦訓練中、事故で、、、、」と暗い声。このところ連絡が途絶えていた彼に、久しぶりに連絡して見たら、なんとすでに、彼はこの世の人ではなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「エッ！！本当？？」と、私も、にわかには信じられなかった。「まだまだ、これからという若さで、何故プライベートジェットの操縦など、、、、」と、本当に残念に思ったが、事実とのこと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;残されたご家族のお気持ちをお察しすると、本当に胸が痛く、辛い話だ。地球人も、この耳を疑うような、非情なニュースに、ショックと動揺を隠せぬ声をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちょっとポールニューマンに似た彼の、ハンサムでいたずらっぽい、陽気な笑顔とともに、ノルウエー王国は我が家にとって、忘れえぬ国となった。「安らかに、、、、、」と、地球人共々、心から彼のご冥福を祈らずにはいられない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-473057337556149657?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/473057337556149657/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=473057337556149657' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/473057337556149657'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/473057337556149657'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_13.html' title='忘れえぬ友、忘れえぬ国'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5507724192465850504</id><published>2009-01-11T04:39:00.004+09:00</published><updated>2009-01-11T22:01:45.635+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>ケベックシティの思い出</title><content type='html'>旅狂いの話題をしばらくお伝えしたが、地球人はこの頃、遊んでばかりではなかった。私の学費負担も学生ビザで勉強していた大学までで、大学院では、学費、生活費、遊びの費用を捻出するため、論文をかなり書き、ケベック省の奨学金を卒業まで貰い続け、教師や通訳のアルバイトもし、経済的にも独立していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは単に地球人だけの問題ではなく、アメリカ、カナダの学生は、独立心が強い。大抵アルバイトしたり、休学して学費を貯めてから復学したりして、自分の生活を賄う学生が多い。勿論中には、完全に親掛かりの学生も居るが、少ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、私の心配は、倹約しすぎて栄養失調になってはということだった。余計なお節介心を起こした私は、前にも触れたように、大学院生時代の5年間、自主的に3週間分のお弁当屋開業を申し入れ、地球人は3週間おきに、凄まじい量の空のお弁当箱を持ち帰るようになっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、自分の趣味を家族で楽しむことが好きな地球人は、いつもコンサートなどが開かれる度に知らせてきた。その度にはるばる250キロ離れた、ケベック市に応援かたがた、遊びにいった。皆様もよくご存知だと思うが、ケベック市には、古い城砦をホテルに作り変えたシャトードフロントナックというとても綺麗なホテルがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ケベック市はモントリオールに比べ、あまり大きくないコージーな町だが、夏ともなると、市内を馬車が走り、ホテルのテラスでは、大道芸人が技を披露し、音楽がながれる素敵な町になる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ケベック市はフランス文化を色濃く残し、町のカフェは道に張り出し、正に私の大好きな絵画、ゴッホの「夜のカフェテラス」そのもののたたずまい。（話はそれるが、遺伝子とは凄い。大学時代、地球人のモントリオールのアパートに行ったら、部屋にこの「夜のカフェテラス」のコピー画が飾ってあった。地球人も特にこの絵が好きで、部屋の飾りに買ったのだとか。かつて一度も話したことがないのに、、、。ゾ～～～ッ！！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;対岸の島との間をフェリーが通い、その船上から眺めるシャトードフロントナックの景色は最高だ。ここから3時間程いったところに、鯨見物やラッコやアザラシの泳ぎも見られる観光名所がある。私は地球人がこの地で勉強している間、何度このコージーな町を散歩したことか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が日本に拠点を移してからは、とんとご無沙汰しているが、今思い出すと本当に懐かしい景色。町のそこここに似顔絵画家が出ていて、画商も多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここには博物館もあって、以前とても面白い経験をした。博物館に入るには、大人、学生、子供の3種類の料金があるのだが、当時私は政府のフランス語無料学習コースに入っていた。ただ面白がって、「今、移民してきて、フランス語を勉強中なの。学生料金でいい？？」と質問したところ、「ＯＫ！！」とあっさり何も見ないで、学生料金。このおば（あ）さんがですよ、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大人の半分以下の料金で入場できた私は、あまりの大らかさにビックリ！！　普通、「じゃ学生証でも見せて、、、、って、どこでも言うでしょう？？」　ケベック省では、フランス語教育を本当に大切にしているが、特にケベックシティではフランス文化を守るプライドがモントリオールよりもかなり強く、殆どの人はあまり英語を話さない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;博物館の入場券の出来事は、しみじみ、「ケベック省の首都だなあ！！」と感じさせる忘れられないエピソードだった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5507724192465850504?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5507724192465850504/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5507724192465850504' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5507724192465850504'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5507724192465850504'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_11.html' title='ケベックシティの思い出'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-9078717854864571719</id><published>2009-01-09T07:41:00.003+09:00</published><updated>2009-01-11T05:26:57.156+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>地球人の旅狂い（中南米）</title><content type='html'>大学院時代、地球人の旅の興味は、主に中南米にあった。スペイン語の常用強化プランも含めた旅先の決定。1998年夏には、まずコスタリカを訪問。その後、1998年冬の、家族との最初のキューバ旅行に続き、その後又、一人でも2回行き、キューバには合計３回行った。そして、地元の人に密着した生活を体験した。当時のキューバには、まだ、大都市以外、多くの町にはバスも少なく、馬車の荷台に揺られて移動する人も多かったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このころは既に、言葉を強固にするために欠かせぬ大切な要素として、私が地球人の子供時代に、意識的に取り組んでいた、環境、導入、常用、固定のプロセスを十分理解し、言葉の導入、常用環境の設定は自分でやり始めていた地球人を、私も大いに応援していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が見た、当時のキューバは、トイレットペーバーなどもかなり贅沢品で、固い紙が多く、「腹具合でも悪くして何度もトイレに通ったら、皮でも擦り剥けて悲惨かも、、、、。」と変な想像をしていた。キューバのバンド仲間とも旧交を温め、色々と体験したらしいが、やはり、現実の庶民の生活は、想像を絶する厳しさだったようだ。しかし、澄んだ綺麗な素晴らしい海、明るい太陽、楽しい音楽、そして、医学も進んだ教育大国の一面と、人々の明るさには、考えさせられることが多かったようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次には、研究室の仲間と、ペルーとブラジルに出かけた。雄大なマチュピチュへもバスで出かけ、途中の細くて険しい断崖絶壁の道を、バスの運転手さんがぎりぎりで運転して行き、スリル満点だったそうだ。地球人のホームページの、旅のところにその写真が載っているが、確かに、あんな高いところによく人間が住んだと思うような、神秘的なところだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アマゾン探検旅行では、初級コースでは物足りず、中級コースを取ったそうだ。上級コースとなると命は保証できないコースもあるそうで、「オイオイオイ！！せっかくここまで育てたのに、ワニや毒蛇の餌食にだけはなってくれるな！！」と釘をさした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本当にこの頃は、旅の楽しさ、特にスペイン語やポルトガル語を使える旅行に行くのが、楽しくて仕方がなかったらしい。このアマゾン探検の旅行では、同行の友人（ものすごく背が高い）が夜寝るとき、テントからはみ出した足を出したまま寝ていたら、夜中にすっかり藪蚊に刺されまくり、翌朝、パンパンに腫上がり、猛烈な痒みで大変だったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その上、もう少しで、親の私達が、例の別荘（わかるでしょ？？どこか！！）に、「貰い下げ」にいかなきゃならないようなドジをやらかし、まあ結果的には、滑り込みセーフで飛行機に乗れたのだが、ひどい目にあったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、自業自得だが、帰国前日、夜中遅くまで飲んだくれていた3人は、「あとは飛行機に乗るだけ！！いっそ朝まで飲み明かそう！！」と、たらふく飲んで、空港入り。荷物検査で友人の荷物が、「ビ～～～！！」　「何か刃物を持っていますね？？？」と訊かれても、「イエイエイエ！！」と否定しまくり、「ちょっと此方へ！！」と別室へ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;頭から、手持ちの荷物に、危険物など入れていない、と思い込んでいた友人は、勿論、否定しまくり。「これはナンですか？？」と、果物ナイフを自分の荷物から出されて、ガクゼン！！色々言いたいが、英語もスペイン語も苦手で、その上、へべれけに酔っている。そこで、これまた、ベロンベロンに酔った地球人にSOS！！！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オットリガタナで駆けつけた地球人も、眼はトロ～～～ン！！最初は何が何だかわからずポワ～～ン！！段々と話が進んで、事の重大さに、「もしかしたら帰れなくなるかも？！」と、ようやく気付き、ベロンベロンの意識もサ～～ッと回復。慌てて、「全然悪気はなく、ただ手違いで、、、、。」と、平謝りに謝り説明し、学生証を見せて、何とかパス。「本当にひどい目にあったよ！！」と、流石にちょっと焦ったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;聞いてみると、ナイフが発見された当初は、すっかり、3人の怪しいハイジャック犯と間違えられ、もう少しで飛行機に乗り遅れるばかりか、異国の別荘入りの危機だったとか。でもね！！当時の3人は、みんなロンゲで髭ボウボウ。おまけに、夜通し飲んで、目はトロン！！酒臭い息でナイフ持ち。とても皆、大学院の研究者などという面影なし。そう疑われても仕方ない。（親が言うんだから間違いなし！！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;帰りに、我が家で一泊してから、ケベック市にもどっていった、例の、蚊に刺されて脚がパンパンになった友人は、「もうアマゾンはこりごり！！」、　もう一人のナイフの彼は、｢いやあ、本当にどうなることかと思った！！」と、これも、かなりショックを隠せない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ノーテンキな地球人だけが、さして反省の色もなく、「今度はアマゾンの上級コースをとろうかな！！道を一歩間違えたら、永遠に中をさ迷い続けて、アマゾンの露と消えるけど、、、、、。」などと親の苦労も知らないで、トンでもない事を話していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、大学時代の親友と、カーニバル見物と称して、又ブラジルに出かけたり、大学院の間は、中南米からの学生と多く付き合い、我が家に泊まりにくる人々も、スペイン語でお喋りする友達が、圧倒的に増えていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って、我が家の食卓は、英語、フランス語、スペイン語、北京語、日本語が飛び交う、会話している当人意外、お互いに、「意味プー？？」の状態に陥り、地球人だけが、どの話にも笑っている、変な食卓となっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、スペイン語に関しても、意識して、不足している常用の機会を自から求め、いつしか彼は、旅の費用を捻出するため、4カ国語の通訳として、世界的なチェーン展開をしている、歴史の長い、某国際語学塾にも登録し、通訳のアルバイトも始めていた。その間、ちゃっかり、教授法の訓練コースまで受けていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、研究室の仕事が終わった後、語学の先生としても、アルバイトをするようになっていった。この頃から、我が家に、意味不明な機関から、地球人への振込通知が届くようになり、通訳や語学教師としても忙しく、小遣い稼ぎをしていることが親にもバレた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;指導教授の関係者から、特別に頼まれ、ドミニカに通訳として、出張したときは、何と通訳の通訳という、誠に複雑な仕事で、日本、ドミニカ、フランス、ケベックが絡んだ仕事の通訳をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;各国の会社は、当然（日本語ー英語、スペイン語ー英語、フランス語ー英語）の有能な通訳を帯同してきた。しかし、日本の会社の人が、日本語で通訳に頼んだ内容を、通訳がどの程度正確に、英語で伝えているか、そして、次に、ドミニカの会社の人が、スペイン語で通訳に頼んだ内容を、通訳がどの程度正確に、英語で伝えているか、そして、それぞれの通訳が、質問の答えを、また顧客の母国語に、どれほど正確に通訳しているか、などがお互いの会社間ではわからない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;同様に、フランスの会社の人と、ケベックの会社の人も、通訳との同様の問題にぶつかった。そこで、各通訳の内容を補佐する、公平な通訳が、この会議にはもう一人必要だ、という意見がだされたそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その通訳の通訳に求められる条件は、日本語、英語、フランス語、スペイン語の４カ国語を、同時に聞き分けられる事が、必要不可欠な条件だった。通訳の人選は難航を極め、会議に参加する、それぞれの会社に関係がある機関に、照会が出された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その事が、当時の地球人の指導教授の耳にも入り、教授の推薦により、地球人に白羽の矢が立てられた。3日ぐらいのスケジュールで、ドミニカに通訳の通訳に出かけた地球人は、上機嫌で戻ってきた。何しろ指導教授の公認休暇の下、初めてドミニカを訪問し、豪華なホテル、食事、すべてスポンサー付きで、とても優遇していただき、毎晩美味しいお料理とお酒も堪能。とても旅を楽しんだとか、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その実労働時間に支払われた、「通訳の通訳」の時給は、なんと、一時間あたり二桁の万。（羨ましい。半分ぐらい、搾取したい！！ーー陰の声）　その収入はすべて、地球人のその後の、旅の費用として使われた事は、言うまでもない。こうして、旅のアニキは、ますます、世界中に飛び出していった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、スペイン語とポルトガル語の強化のために、地球人が1992年から2002年までに訪れた、中南米の国々と、都市名は以下の通り。（地球人の報告に基づく）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ecuador(Quito, Cuenca, Riobamba, Banos, etc....)&lt;br /&gt;Costa Rica(San Jose, Manuel Antonio, etc.....)&lt;br /&gt;Cuba(Nuevitas, Camaguey, Holguin, Havana)&lt;br /&gt;Dominican Republic(Santo Domingo etc.....)&lt;br /&gt;Peru(Lima, Cuzco, Macchu, Picchu, Iquitos)&lt;br /&gt;Brazil(Sao Paolo, Belo Horizonte, Ouro Preto, Salvador de Bahia, Rio de Janeiro, Amazon,etc.....)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以上&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-9078717854864571719?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/9078717854864571719/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=9078717854864571719' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/9078717854864571719'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/9078717854864571719'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_09.html' title='地球人の旅狂い（中南米）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4615188527752705431</id><published>2009-01-07T05:01:00.001+09:00</published><updated>2009-01-07T09:56:57.511+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>キューバ家族旅行</title><content type='html'>地球人が大学院の2年生になった冬、クリスマス休暇を家族でキューバで過ごすため、我々は遥遥出かけていった。この時は、ホテル、食事、ディナーショーなど、全てが含まれた一週間のパック旅行だった。ケベックの人達は、長い冬を嫌って、マイアミや、カリビアン諸国へ、ヴァカンスに出かける人が多い。この旅行も、飛行機はチャーターで、満員の盛況だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ホテルに着いて驚いた。ともかく、周りには殆ど目立った建物がなく、閑散とした通りに、ただ、ホテルだけが、ドカ～～～ンとあり、何から何まで、ホテル内で、お金を落とすように成っている。確かに、隣接して二つほど、姉妹ホテルがあり、歩いて中を見学したり、遊んだりは出来る。しかし、周りにまるで、生活臭がないのだ。 つまり、観光客の為のみの場所。ラスベガスより酷い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たまに車は通るが、とにかく、空港から、チャーターされたバスで運び込まれたこのホテルは、ただただ、寝て、食べて、プールか海で泳いで、夜はショーを楽しむ以外、（というより楽しまざるを得ない？？）何もすることがない。「ショッピング？？？」勿論ホテルの中。「バー？？」勿論ホテル以外見当たらない。「近所に歓楽街？？？」イエイエとんでもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供時代ひ弱で、マリンスポーツなど、やったことがなかった私には、海も無用の長物。暫く、ただただ砂浜で、ホテルが準備した椅子に寝っころがって、ボ～～～ッ！！！見渡すと、タクサンの人が、水中眼鏡を掛け、忍者のパイプのようなものを咥え、一心に海の中を覗いている。訊いてみると、すごく綺麗な魚が、ウヨウヨ泳いでいるそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;澄んだ綺麗な海、熱帯魚のような魚がウヨウヨと聞いて、「ソンジャ、一丁、魚見物といくか！！」と、張り切って水中眼鏡をかけ、忍者のブクブクのようなパイプを借りて咥え、止しゃあいいのに、ザンブと海へ、、、、。ところが普段、海なんぞじゃ、ついぞ泳いだことがなく、ほぼ確実に初心者の私は、パイプに気をとられると、泳ぐバランスがくずれ、自分の狙いも定まらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;魚を見るどころか、バランスを取りながら、下を覗くのも難しい。アレヨアレヨという間に流されて、桟橋の下あたりに流れ着き、思わず怖くて、夢中で、橋げたを掴んでしまった。その橋げたにこびりついていた、変な貝を素手で掴んでしまった私は、突然、「ピリリ！！」という、鋭い感触にドッキリ！！アッという間に、手の平が、変な貝の毒でカブレ、腫れてきて、痛いの痒いの、我慢が出来ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早々に海から退散して、まずは部屋にもどり、メンソレータムを塗ってみたが、手の平は赤く腫上り、熱を持ち、まるで効果なし。今でこそ、全く痒みがなくなったが、この後遺症は、数年続いた。ちょっと温まると、手の平がムズムズムズムズ。痛さはなくなったが、痒みはその後、3~4年もつきまとった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は？？というと、何せこの頃には、スペイン語がかなりお得意。それに、キューバといえばラテン音楽の宝庫。最初の晩のショーで、バンドメンバーと早速仲がよくなり、音楽談義に、ドラムの実技習得。朝、昼、晩とも、しっかり食べて、しっかり飲んで、それに、楽しい音楽満載となれば、毎日楽しそうに、「ウハウハウハウハ！！」本当に、「言葉が出来るって、国境がなくていいなあ！！」と、心から羨ましく思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次の日も、相変わらず手は痛痒い。隣のホテルも見飽きてきた。水でふやける程、プールで泳いでも、あまり面白くない。ただ、海は確かに綺麗で、透き通った水。砂浜は真っ白で、暖かい日差し。寒さを逃れ、明るい太陽を求めてやってきた、ケベックの人々は、結構楽しそうにしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;色々な国からの宿泊者は、毎晩、バンドのリズムに合わせて踊ったり、賑やかに飲んだり歌ったり、皆、もともと、子供時代から遊びなれているのだろう。その適応力が全然ちがう。我が子ながら、地球人も、食事の時以外は、殆ど顔を合わすことがないぐらい、適応力抜群で、この旅を、大いに楽しんでいる。バンドの人の小屋に入って、スペイン語でドラムの講習を受けたり、一緒に音楽談義を交わしたり、物凄く収穫の多い旅のようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎回、殆ど同じ食事メニューにも飽きてきて、「ああ、梅干に沢庵で、お茶漬けさらさらが食べたいなあ！！」などと、私は叶わぬ夢を見続けた。やっぱり、いくら旅慣れていても、子供時代の過ごし方が違う私には、1日か2日で十分な感じの旅だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;途中、いよいよ飽きてきたので、キューバの首都、ハバナ観光にでかけた。泊まっていたホテルからは、国内線の飛行機を利用すれば、1日日帰りコースで行けるという。早速、地球人にアレンジして貰って、皆ででかけた。しかし、これまで、数えきれない程、何度も色々な国の飛行機に乗ったことがある私だが、この飛行機は、凄い！！ただ、凄いとしかいいようがない。機内に入った途端、「この旅行、止めた方がいいのでは？！、、、、」と即座に思った程だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;古い！！古過ぎるのだ、機体が、、、。雨が滲みたらしい壁は、そこら中がカビだらけ。（まずどうして機体の中に雨が滲みるのか、それだけ考えてもゾ～～～ッ！！）　バルクヘッドの壁は一部破損。ボロボロ。「大丈夫かあ～～！！」と、飛ぶ前に思ったのは、数多いフライト経験で、この時が初めてだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、すでに、プロペラは回り始め、皆、座っている。もう、引き返せない。あとは、ただただ祈るのみ。40分程のフライトが、延々と続くのではないか、、、、と思う程、長く長く感じた。そして、予想通り、物凄い音と揺れ。アーメン！！いや、南無阿弥陀仏！！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;米ソ冷戦の、大きな傷跡をのこし、まだまだ、発展とは程遠いキューバだったが、ハバナでは、街中のカフェに音楽が流れ、とにかく、人々は陽気だ。バンドが入ってきて、ラテンの明るい音楽を演奏したと思ったら、自分で録音したテープを売りさばき、出ていった。チップがわりに私も買ったが、家に帰ってかけて見たら、音が割れていて、ひどい録音。ほとんど聴き取れない。詐欺だ～～～！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハバナで有名な葉巻をお土産に買い、たっぷりと陽気な音楽にひたり、憧れのヘミングウエイが晩年愛した景色を満喫し、又、命がけで、国内線に乗って、ホテルに帰った。それから2日後、モントリオールに戻ったときは、極寒の季節で、大雪の中だったにも拘わらず、「ああ、帰って来られて本当によかった！！」と、心底思った。この一週間、大いに飲み、食い、遊び、楽しみまくった地球人以外は、、、、。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4615188527752705431?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4615188527752705431/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4615188527752705431' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4615188527752705431'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4615188527752705431'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_07.html' title='キューバ家族旅行'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-277897404360265547</id><published>2009-01-05T07:28:00.003+09:00</published><updated>2009-01-05T07:44:15.459+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>御弁当屋開業と趣味のお付き合い</title><content type='html'>ケベック市の郊外の病院で研究生活を始めた地球人は、3週間に一度、週末に戻ってくるようになった。さすがに、250キロ離れた大学病院から、毎週末に家に戻るのは、きつかったのだろう。3週間目の金曜日に家に戻り、日曜日の午後、病院に戻る日日が始まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃の私は、正に正に「御弁当屋開業！！」だった。地球人は大学内の寮に入ったが、寮や病院だけの食事では物足りず、毎回、3週間分のお弁当を寮に持ち帰っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は大きなキャンプ用のアイスボックス二つに3週間分のランチボックス（1日二食）を入れ、その外に果物やスープなども準備し、毎回、地球人が寮に戻る日は、忙しくしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これらのお弁当は地球人が帰って来てから準備するのでは時間的に間に合わないので、3週間分のランチボックスを2セット準備し、一部は冷凍保存して置き、持ち帰ってきた空のお弁当箱は、次の帰宅用に使った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり6週間分のランチボックスが行ったり来たりしていたのだ。従って、我が家は家族3人なのに、大型冷凍庫ふたつ、大型冷蔵庫みっつがフル稼働していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すでに私が出来ることはこの程度のことで、あとは、説明を聞いてもチンプンカンプンの専門領域の研究。当時はただただ地球人の健康管理のみ考えていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃、すでにドラムに大いにのめり込んでいた地球人は、大学院に入っても、すぐ音楽仲間を探し出して、バンドを組んでは時折コンサートを開いていた。コンサート開催のたびによくケベックシティのコンサート会場にもでかけ、応援していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人はその頃、狭い寮の部屋ではサイレントドラムで練習し、家に戻ると、新に購入したドラムセットで、思いっきり楽しんでいた。その大音響は、震度3ぐらいの音の激震をもたらし、たびたび我が家の人々はその揺れの中にいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この頃には、すでに弟のドラムセットは隣の家に運ばれ、自分は更に専門的なものを探し出し、多くのシンバルやラテンの楽器も取り付け、まさに音楽活動にのめり込んでいた。学校内のお祭りには、メンバーと一緒に積極的に参加し、日頃の成果を披露し、学内新聞にも取り上げられるようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎年一度のプロ中のプロの音楽の祭典、「モントリオールドラムフェスティバル」や、「モントリオールジャズフェスティバル」には、必ず出かけて行き、私もよく一緒に通った。名前も覚えきれない数々のドラムの名手や、素晴らしいドラムセットを初めて紹介されたのも、この頃だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中学高校から大学時代のアイスホッケー熱の時には、地球人は勿論、地元のプロホッケーチームのモントリオールカナディアンズを応援し、度々本拠地アリーナに出かけ、当時の名手、憧れのゴールキーパー、パトリックロワの素晴らしい技に陶酔していた。私がカナダに行き、同行するときはネットで先に手に入りにくい切符を手配し、準備しておいてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当日の入場券を買うため、零下の寒空に長い列を幾重にも作って並んでいるファンを見て、改めてカナダ人のホッケー熱の凄さには感心した。これらの人々は入れても席はなく、ほとんど2時間ぐらい立ち見するので、アリーナの中はいつも満員御礼。毎回凄まじい熱気に包まれていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たまに同行した私は、その素晴らしいプロの技のぶつかり合いと、ド迫力、音楽や足踏みをしながら興奮を高めてゆくNHL（ナショナルホッケーリーグ。世界最高峰のプロホッケーのメジャーリーグ）の演出の見事さに、「さすがプロ！！」と眼をむいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうした世界一流の音楽の祭典やプロホッケーNHLの世界は、すべて地球人が私に開いてくれた未知の世界で、すでにこの頃には何事も、「老いては子に従え！！」を実践していた私に、大きな感動を与えてくれた。こうして、地球人は大学院でも研究に、スポーツに、音楽にと、意欲的な毎日が、相変わらず続いていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-277897404360265547?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/277897404360265547/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=277897404360265547' title='3 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/277897404360265547'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/277897404360265547'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_05.html' title='御弁当屋開業と趣味のお付き合い'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>3</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4628846424498999330</id><published>2009-01-03T07:34:00.002+09:00</published><updated>2009-01-03T13:06:48.649+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='５。大学院時代（含、秘話）'/><title type='text'>大学院での研究開始</title><content type='html'>大学を無事卒業した地球人の、新たな目標となったのは、ケベック省内の4つの医学部を持つ大学の中で、唯一、医科学研究コースが医学部内にある、ケベックシティ郊外の大学だった。この大学は、北米大陸最古のフランス語系大学として、ケベック省の首都ケベックシティの郊外に位置しており、ケベック人はこの大学をとても重視していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って、この大学の医科学研究にも、ケベック省政府はかなり力を入れており、研究費も多かった。大学構内は広大で、素晴らしい設備を誇っていた。そして大学付属の6つの病院が、大学の周りに点在していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この大学の施設として、何よりも特筆すべきは、寒い冬に備えた地下施設で、学生は講義に出るのに、一度も地上に出なくても、殆どすべての教室に行くことができ、勿論、レストラン、銀行、コンビニ、理髪店、スポーツ施設などなど、ありとあらゆる生活に必要な施設が地下にあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;冬の間中、一度も外に出ないで、暖かい地下施設で夏のＴシャツで生活した、という学生も居る程だ。バス駅も構内に多数あり、その広大な敷地が、すべて地下で繋がっているのだから驚く。 私のホームドクターも、ここの出身で、ケベック省の人にとっては、フランス語のみで講義するこの大学は、文化的にもとても重要なのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話はそれるが、ケベックに移民した人は、1000時間の無料フランス語授業が受けられ、投資移民を除く、他の移民者たちは、ベビーシッターや交通費、生活補助費まで支給され、1年間勉強しながら生活補助が受けられる程、フランス語を維持することに、力を入れている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;姪たちは、技術移民の名目で移民したので、この恩恵にあずかり、夫婦別々の時期に勉強して、援助を受けた。収入が少ない場合、こども一人につき年間6000ドルまで補助が受けられ、5人ぐらいの子持ちで、遥遥、アフガンやイラクから、難民としてケベックに入った家族は、結構いい生活をしている。まあ全て、我々の血税が使われていることを考えると、思いは複雑だが、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、話を戻すと、地球人は、この大学の医科学研究コースに入りたいと考え、色々下調べして、ケベックシティ郊外の、この大学を訪問し、具体的によく理解したいと願っていた。私も暇だったので、地球人の車に乗せてもらって、観光も兼ね、初めてケベックシティ郊外の、この大学に出かけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、癌センターとか、色々な施設と研究室の説明を受け、すぐに、地球人は会ってくれる教授の下を、尋ねることになった。 初めに、一つの癌関連の研究室と、人工血管の研究室を訪れ、それぞれの教授のお話を聞いた。 しかし、地球人は、納得の行くまで、自分の行く道を探す為、又、大学前の病院に戻った。そしてそこで、思いがけない情報を、得ることができた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは、つい最近、「遺伝子研究」を専門にしている教授が、アメリカの西海岸からこの大学に赴任してきて、丁度今、助手を探している、という情報だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は直ちに、その先生と連絡をとった。偶然その日、その時間に、教授もお時間があり、すぐ面接となった。そして、それが、地球人の日本でのポスドクにまで繋がる、大きな出会いとなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教授は、快く受け入れてくださり、地球人はこの教授の下で、科学者としてのイロハから、ご指導いただくこととなった。何よりも、教授に感謝したいことは、地球人はここで、研究に関するご指導以外に、論文の書き方までも、懇切丁寧にご指導いただけたことだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、地球人は、大学の前にある、大きな大学付属病院内の研究室の一室で、遺伝子の研究をスタートさせることが決定した。 研究内容は、癌などを含む、多くの病気の発病要因となる、遺伝子の発現及び修復のメカニズムに関する研究だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学卒業後の夏休み終了を目前にし、地球人は、この新たな地、ケベックシティ郊外の大学と、その付属病院の研究室で、勉強と研究をスタートさせる準備を、着々と、進めていった。授業開始に向け、又、学寮に入寮する日は、もう、すぐそこに迫っていた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4628846424498999330?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4628846424498999330/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4628846424498999330' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4628846424498999330'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4628846424498999330'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post_03.html' title='大学院での研究開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-1930755418650005758</id><published>2009-01-01T03:15:00.001+09:00</published><updated>2009-01-01T06:12:43.837+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='４。大学時代(含、秘話）'/><title type='text'>移民入境後の生活</title><content type='html'>1996年7月、無事移民の許可が下り、我々は家族でカナダに正式のランディングをした。初めは皆、観光ビザで入り、移民のビザを入手すると同時に、カナダとアメリカのボーダーを越えて一度、アメリカに入り、又、カナダに正式な移民者として、戻ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我が家からは一番近いアメリカのボーダーは40分ぐらいで、地続き。アメリカとの行き来はとても簡単だ。 ボストンやニューヨークはトロントより近く、一泊どまりぐらいで、簡単に往復できる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、我が家の移民という一大ミッションは遂行され、1997年の冬から、私は、本格的に拠点をカナダのモントリオール郊外に移した。地球人は大学3年生の終わりを迎え、そろそろ最後の一年に掛る頃だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が1997年1月、拠点をこちらに移し、本格的に住み始めてからは、地球人の友人が引きも切らずに訪れるようになっていった。英語教育の小学校時代の再来で、地球人はとにかく友達を家に呼ぶのが大好きだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すでに、モントリオールのアパート時代も、私が滞在している間は、気の合った仲間達を食事に招くのが好きだった地球人は、家を持って、益々友達を大勢招くようになった。週末になると、私は地球人の友人の来訪に備える日日が始まった。地元でも、ホッケー仲間などの来訪も多かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃からは、家から遠いモントリオールの大学に、効率よく出かける為に、授業をとる日を3日ぐらいに集中させて、残りの日々は、家を中心に地元のホッケークラブに参加して試合をしたり、アルバイトをしたり、チビッコホッケーチームのコーチをしたりして過ごしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;相変わらず、じっとしていない地球人は、向かいのスキー場へもシーズンパスを買って、よく出かけていた。やはり、スポーツ好きの地球人にとっては、ここはパラダイスだったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;初夏になると、ゴルフを始めた。最初の年は、我が家の前のゴルフ場のクラブメンバーになり、すでにこの頃には、日本の旅館をたたんで、隣の家（地続き）に一家で住んでいた兄と、近所の人たちを交え、ゴルフもよく楽しんでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この頃からは、銀行や公共機関との交渉事、あらゆる家の手続き（保険その他）などは、地球人の名義で行われ、隣の兄達一家のお世話も含め、地球人は完全に一家の中心人物で、実質的な主だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、私の大学の同僚の息子さんが、10歳で、モントリオールの郊外の私立校に留学する際には、保証人兼親代わりとして入学交渉に臨み、校長先生の心配に対して、「自分自身の経験から来る感想と考え」を力説し、入学許可を取得した。この時は、「留学経験者の貴方が親代わりになるならＯＫする！！」と言われ、20歳そこそこで、パパがわりになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こちらの学寮は大抵、週末は子供を預かってくれない。週末は適当な保護者の家に戻ることが義務付けられている。そこで、この少年のご両親が正式に移民してくるまで、我が家に一年間、この少年を預かり、同居した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、移民後、地球人は隣の家に住む私の兄の家族も含め、自宅を中心に、スポーツ、音楽、趣味、アルバイトと色々な活動に、更に熱心に取り組んでいた。この時、地球人の意見を訊いて、又、ピアノをかった。すでに、こちらで勉強を始めていた弟にも、ドラムセットをプレゼントして、そのドラムは我が家に置かれた。（喧しい音を兄が好まなかったので、我が家に置かれた）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何事にも興味を持つ地球人は、ドラムにも大いに興味を持ち、本来は弟の為に買い与えたドラムを、購入後すぐから、弟よりも余程熱心に、練習し始めた。そして、瞬くうちに、ドラムの魅力にとり付かれた地球人は、朝から晩まで、色々な雑誌を読んだり、勉強したりしながら、ドラムを叩き続けるようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、弟が楽しむときには、ピアノで伴奏したり、ギターであわせたりしながら、楽しそうに遊んでいた。この頃から、地球人のドラマー人生が始まった。地球人のブログをご覧になったことがある人は、今、所属しているバンドの記事を、よく目にされると思うが、ドラムに開眼したのは、この頃からだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして我が家は又、地球人の友人の溜まり場になり、いつも音楽が鳴り響く、賑やか過ぎる家へと変貌していった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-1930755418650005758?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/1930755418650005758/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=1930755418650005758' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1930755418650005758'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1930755418650005758'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2009/01/blog-post.html' title='移民入境後の生活'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-1280282537337861120</id><published>2008-12-30T00:57:00.001+09:00</published><updated>2008-12-31T04:15:02.823+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='４。大学時代(含、秘話）'/><title type='text'>移民手続き開始と新居購入</title><content type='html'>地球人が「旅好きな兄貴」に変身したころ、我が家では、新しい、そして、重大なミッションのスタートが切られた。それはカナダへの、家族移民の遂行だった。どんなに早くても、手続きには約一年半はかかる。（今は更に長いと聞いたが、案件による）地球人が大学を終える前に、移民の手続きを終え、家族でモントリオール郊外に拠点を移す計画だったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最大の理由は、学生ビザで大学に居ると、切り替え時期には、又、書類を整え、ビザが下りるまで時間がかかり、万一ドジを踏むと、一度、外国へ出なければ成らない。この頃には、良い大学に入るのは、カナダもかなり狭き門で、大学院に至っては、もっと面倒だということがわかっていた。普通の学科はわからないが、当時ケベックには、科学研究が優れた大学は４校しかなく、順調に進めるかどうかわからない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我々も、いずれはカナダへ移民を、と思っていたので、それなら、この辺りで、地球人を枝葉末節な問題に煩わされることなく、勉強に専念させるべき、正念場の時ではないか、と思ったからだ。学費も学生ビザの留学生と、現地の学生とは、倍ぐらい違う。勿論、移民ビザがおりれば、かなり学費負担も軽くなるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前にも述べたとおり、何事もやってみなきゃわからない。そこで、早めに、投資移民の申請書をだした。すでに歳がかなり行っていた我々にとって、一番簡単な永久居留権の取得方法は、投資移民だった。これは、5年間、すずめの涙ほどの利子で、カナダの銀行に一定額を預金し、使わせるかわりに、カナダ政府から居留権を貰うというもの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5年経つと元金は全て戻ってくるので、日本のように、利子の少ないところなら、いっそ、カナダに置いて、居留権をとってみるのも面白いかも、、、、。ただし、居留権をとっても、カナダ国籍をとるまでは、最低、年半分はカナダに居留することが、義務付けられるので、その点は要注意。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、知人の中には、お父さんは上陸後、仕事の関係でどうしてもカナダに長期滞在することができなくなり、この規定に違反。しかし、お母さんと子供は居留権を剥奪されず、お父さんからの仕送りで居留継続。そして後に、人権保護により、夫婦親子の同居権を理由に、再申請して、お父さんの居留権も復活した人の前例もきいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、我々にとっては、かなり前から、すでに予定のルーティン。移民の申請が受理されると同時に、投資資金の確保の為、前に述べた郊外型の家を手放し、準備万端整えて、ビザの下りるのを待っていた。この移民の手続には、間に移民専門の弁護士が入っており、ほぼ確実に、移民許可が下りると聞いていたからだ。許可が下りれば、正式に家族一緒に永久居留ビザで上陸し、政府指定の銀行に投資額を貸付、移民へのすべての必要な手続きは完了する予定。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、地球人が大学2年を終えた7月、私は地球人に、「モントリオールの近郊に家を買うから、推薦できる物件を用意するよう！！　家を内覧できる日程は2日のみ！！だから、不動産屋と交渉して、準備しておいて！！」と伝えた。そして、早速、又、遥遥とモントリオールへ向かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この頃までには、地球人の口座に、毎年、かなりの額を振り込んでおり、家を購入するには、ほぼ十分な金額がすでにカナダの口座に置いてあり、私と地球人の小切手で切れる。私は、家を買うことに迷いはなかった。「だめなら売りゃいいじゃん！！」と又、肝っ玉母さん譲りのノーテンキ病だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;不動産屋（北米で知名度の高い、一流の不動産屋で安心）が私の内覧の為に準備した家は32軒。モントリオールのすぐ側と、ちょっと離れた郊外と二箇所。まず最初のモントリオールのすぐ側の家を内覧し始めた。多分ここでは、17軒ぐらい見た。一目外観を見て、「次、お願いします！！」と言ったところも多かった。そして、結果的には、一軒も私の理想にはあわなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;少し離れた、2箇所目の場所に移った。人間が何かを決める時なんて、ほんの少しの偶然が左右することが多い。私は、高速道路の両側を眺めながら、目的地に向かった。段々、緑と山々の景色が多くなり、高速道路から町に入った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その時、川に架かった小さな橋の欄干に、実に綺麗な花かごが飾られ、ライトの上にもフラワーバスケット。色とりどりの花々の中に、いきなり、白馬や、綺麗な馬に跨った一団が、格好いい真っ赤な制服とキャスク、乗馬ブーツで颯爽と行進してゆく姿が、目に飛び込んできた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「何あれ？？」ときくと、「ここは1976年、モントリオールオリンピックの時、乗馬会場として使われた町で、あの一団は、この町で一番大きな乗馬クラブのメンバーですよ！！時々、犬を連れて狐狩りにも行き、そのコースがこの川沿いにあります。」という説明。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;正面に、当時21コース（今はもっと多い）のスキーゲレンデを持つ山の緑。溢れる様な鮮やかな彩りの花々。そして、その大自然の緑の中を行進する、綺麗な馬の軍団。秋には紅葉も美しく、今では日本の、大手旅行社のツアー宿泊地にも指定されている美しい町。快晴の綺麗な青空の中で、偶然、この光景を見た私は、すぐ、「気に入った、ママ、ここに家を買う！！」と宣言した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここでは、15軒ぐらい見た。決めたのは最後の一軒だった。それも家の中というより、そこから眺める大自然の光景が気に入ったからだ。すると、不動産屋が、意外なことを言い始めた。「ここが好きなのは景色がいいからですか？？それなら、隣の家の方が、もっといいですよ。この前、一緒にゴルフをしたとき、隣の主人が、近々家を売りたいと言っていたから、明日の朝、もう一度きて、見せてもらったらどうですか？？この家より、かなり新しくて、中もキチンと作っていますから、、、。」という話。ひとまずこの日は引き上げて、明日、最終決定をすることにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次の日の朝、不動産屋が勧める隣の家を見た。確かに景色は、隣の家より素晴らしかった。間取りも、スクリーン状のドアで、色々と変えられる仕組み。部屋を大きくも小さくも使える、私が好きなタイプだった。そこで、私はすぐ交渉に入った。とりあえず暫くは、のんびり家具などもそろえていられず、じょじょに好きなものに替えて行く予定だったので、全て家具つきの、居抜きの値段で、交渉してもらった。実に内覧、33軒目の家だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それが高かったのか、安かったのかは、未だにわからない。地球人に、「どうして、この場所を選んだの？？」と訊いたら、「高校の時、ここのスキー場にきたことがあるし、色々な人に訊いたら、ゴルフ場も多く、ここはリタイアした人たちに、夢の町と呼ばれているところらしいから、いいんじゃない？？」ということだった。しかし、冬は、スキー、スノーボード、スケート、ホッケー、アイスフィッシング、スノーモービル、ノルディックスキーなどが楽しめるここは、多分、地球人の趣味にも、ぴったりだったのかも、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともかく、家の裏庭は、PGAツアーの指定ゴルフ場の10番ホールに繋がっていて、10分以内にゴルフ場が6つ。前の山は、ワールドカップのマウンテンバイクと、アルペンスキーのコースが20数本。乗馬場は、付近に10箇所以上。大人用の乗馬学校も多数ある。湖では、モーターボート、ヨット、カヤック、水泳、釣りなどを楽しむ人々で夏は一杯。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカからキャンピングカーを引いて、付近に点在するキャンプ場に入ってくる観光客も多い。夏は子供達には、楽しいキャンプライフ。乗馬教室はもとより、ミニゴルフ場、全長125キロのサイクリングコースとローラーブレードコース、マウンテンバイクとフリーマーケット内のサーカス小屋。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;山の傾斜を利用した、スキー場の一角には子供遊園地があり、夏は、プールやジャンプ場。タイヤスライディングコースなど、雄大な景色を楽しみながらの水遊び。山の中でのバギー遊びやハイキング、マウンテンバイクコース。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平地では、大きな競輪場のような自転車の競技場もあり、湖遊びも含めれば、子供用にもまだまだ大きな施設が一杯。スポーツ好きには至れり尽くせりの感がある。やっぱり、ここは、老人がただ景色を眺めているより、若者が思いっきり、スポーツを楽しむところだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、毎年地元の小学生は、学校の学習強化スポーツリストの中から、自分で好きなものを選び、好きなスポーツに挑戦できる。だから、勿論、スキー、スケート、ホッケー、乗馬、ゴルフ、サッカー、などなど、体育の授業として、楽しみながら訓練してもらい、多才な、スポーツ好きの青年が多く出来上がるわけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地元からは、色々な分野のオリンピック選手も出ており、町ぐるみでスポーツ好き。冬は立派な室内サッカー場も付近に持っている、この地元の小学生チームが、今年（2008年度）のケベック優勝チームとなったとか、、、、。とにかく、小学校から多くのスポーツに、勉強に、とバランスよく、強化する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カナダ生まれで、すでに移民している姪の息子は、すでに11歳で、2008年9月からの小学校のスポーツは、乗馬とゴルフを選んだそうだ。その外に、町の小学生代表で、今年はサッカーチームに所属。アイスホッケーや空手もやり、勉強以外にも活動が多く、姪夫婦も忙しくて大変そうだ。しかし、小学生のスポーツ強化科目に乗馬とゴルフというのは、本当にこの地元の利を生かした豪華版。「めったにできないよね！！」と姪は大喜び。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、我が家の移民手続きの場合は、地球人が中学から長くケベックに滞在し、フランス語も問題なく、家や生活費の準備も整っていたせいか、普通、必ずあると言われている、最終面接は免除され、直接上陸許可証が弁護士の元に送られてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今はよく分からないが、居留ビザ発給の為の最終面接は、当時、この辺ではアメリカのバッファローか、運が良い場合はモントリオールの移民局で行われていた。アジアでは最近、フィリピンなどで行われるケースも多いそうだ。友人達、兄夫婦、姪夫婦も全員、最終面接に参加した。その後、上陸許可証送付までには、約2ヶ月ぐらいかかるのが普通である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、こうして、移民許可がまもなく下りるという時に、モントリオール郊外の、風光明媚な田舎町に我が家を購入したのは、1995年の、夏の暑い日のことだった。綺麗な花々と、雄大な自然にかこまれた新居への、正式な拠点変更プランは、いよいよ最終章を迎え、後は一番頭の痛い、国際引越し荷物の整理発送を迎えるばかりとなっていった。地球人の引越しも、その後を含め、香港から台湾、リゴー（モントリオール郊外、地球人の中学高校の所在地）、オタワ、モントリオール、ブロモント（自宅、モントリオール郊外）、ケベックシティ、横浜、東京と、ますます範囲を拡大していった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-1280282537337861120?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/1280282537337861120/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=1280282537337861120' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1280282537337861120'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1280282537337861120'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_30.html' title='移民手続き開始と新居購入'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-667496238922745238</id><published>2008-12-28T12:15:00.019+09:00</published><updated>2008-12-29T05:05:18.844+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='４。大学時代(含、秘話）'/><title type='text'>語学留学と多言語強化の旅</title><content type='html'>&lt;div align="justify"&gt;さて、厳しい大学一年を終える頃から、地球人は海外旅行に大きく目覚めていった。もともと飛行機には乗りなれているが、留学後はただ、東京とモントリオールの往復が多かった地球人は、当時エクアドルに短期留学していた親友の元を訪れる時、モントリオールから、エクアドルへの往復に、ワシントンやマイアミなども途中見学しながら、ぶらぶら一人旅をして、初めて、旅の楽しさを本当に理解したらしい。&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;確かその時は、わずか300ドル前後の所持金しか持たず、貧乏な旅をした。クリスマス休暇を利用し、バックパック一つで、モントリオールからマイアミまでは汽車の鈍行にのり、のんびりとした旅をしたようだ。 あとで聞くと、結構私の一人旅と同じく、色々親切な人に巡りあい、助けられたらしい。&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;この親友訪問旅行で、旅の楽しさを満喫した地球人は、大学の授業のストレスもあったのだろう。「ねえ、俺、よく考えたら、やっぱり言葉を習うのって、本当に楽しいし、向いていると思うから、短期語学留学に行きたいんだけど、、、、どう思う？？？」と、訊いてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ドイツに6週間。Kasselという耳慣れないところにある大学と、地球人が勉強している大学との間に、交換留学制度があり、ドイツ語の単位取得にもなるとかで、興味があるらしい。でも、終わってから、又掛け持ちで、スペインのRondaというところにある大学でも3週間、スペイン語を勉強したいという。「その両方、プラス、一人旅の軍資金を援助してくれないか？？」という希望。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;若いときの苦しい旅は、必ず多くのことを学べるから、勿論、私には異存がない。そこで、早速、地球人は、短期留学の手配をし、ドイツにむかった。そこで、地球人はトロントから留学していたカナダ人と友達になり、色々なところへ遊びにいったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この短期留学の旅には、もう一つの楽しみがあった。それは、私の兄夫婦と合流し、旅の案内をすることだった。6週間のドイツ語コースが終わり、スペインに向かう途中、地球人はパリのドゴール空港で、兄夫婦を迎え、すぐタクシーで、リヨン駅に向かった。（兄の記憶による）&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;リヨン駅前のレストランで、好物のかきをたらふく食べた地球人は、兄に言わせると、半ズボンのお尻が破れた、よれよれのジーパンを履き、浮浪者みたいだったという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とにかく、地球人はほとんど「しゃれっ気」がなく、身なりを構わない。（まあ、今は社会人になって、かなりきちんとしているけど、、、。根は、おしゃれには、あまり興味がない。）いつも、「ぼろは着てても～～、心の錦～～～！！」とかいう、誰かの歌を、自分の主題歌にしていた。 &lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;この一行は、リヨン駅前のレストランに入って、「さて、これからどうしようか？？」と相談を始めるまで、全く、行き先も何も決めていない、行き当たりばったりの旅だった、というのだからスゴイ！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;兄が地球人の意見を求めたところ、「パリなんて、ごみごみしていて、別に大して見るところないよ！！」という意見だったそうで、「それなら、いっそ、スイスの山でも見に行くか！！」と意見が決まり、リヨン駅から、汽車で、まず、スイスのジュネーブを目ざし、出発した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ジュネーブに一泊した後、ユングフロー、ツエールマット、マッターホルンなどの、雄大な山々を眺めながら、途中3泊したそうだが、その時、兄が持っていたクレジットカードは、マスターカードだけで、使えるホテルがなかなかなく、ようやく見つけたホテルは、超豪華なスイートのみ。執事室までついた、3室続きの部屋しかなく、兄は泣く泣くそこに、大枚を叩いて、泊まったとのこと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは、よく聞くはなしで、日本では、結構幅をきかせているカードも、外国では使えない、というか、拒否されるものもあり、旅行する人には、要注意事項。まあ、別に、私はビザカードの回し者ではないけど、一番、どこでも使え、便利なのは、ビザカードだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この旅行は、兄夫婦は、まったく地球人という案内人に、言葉はお任せ。汽車で移動の時、前の汽車の脱線事故に遭遇し、途中で乗った汽車が止まってしまい、バスで迂回したりする交渉事などは、すべて地球人が全部、鉄道員に話を訊きに行き、解決したそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ジュネーブから、グリンデルワールドに向かう汽車の中では、最初はフランス語で話す人が多く、続いて、イタリア語に変わり、その後、ドイツ語に変わるなど、様々に変わる言葉を、地球人はじっと聴いていた。&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;そして、「ナンだ！！ほとんど同じだ！！」というなり、フランス語を話している人とはフランス語、イタリア語を話している人とはイタリア語、ドイツ語を話している人とはドイツ語で、べらべらと話し始めたらしい。そんな地球人を見て兄は、「こいつの頭の中は、どうなっているんだろう？？」と、ビックリ仰天したそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、ベニスに一泊して、イタリアを楽しみ、そこで、地球人の兄夫婦へのご案内は終了。地球人は次の短期留学先の、スペインのRondaを目ざし、旅を続けていった。そして、3週間のスペイン語研修中には、色々なところへ遊びに行き、スペイン語やドイツ語を、実践的につかいつつ、旅を楽しんだ。&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;スペイン語の学習が終わってからは、ポルトガル、モロッコなども回って、カナダに戻った。地球人のスペイン語学習は、その後も続けられ、大学院の時は、メキシコや、中南米からの学生との交流で、大いに磨かれていった。 &lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;ちなみに1994年の夏、地球人によって決行された、ヨーロッパ短期語学留学、及び、ぶらり旅の訪問国は8カ国、主な訪問都市は、約30都市にも及んでいた。以下は本人の記憶に基づいての報告。&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;France (Paris),&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Holland (Amsterdam),&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Germany (Frankfurt, Kassel, Bonn, Koln, Berlin, Weimar, etc......),&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Italy (Venice, Firenze, Rome, Pisa, Sorrento/Capri Island, etc......),&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Switzerland (Geneva, Zurich, Altendorf, Zermatt, Jung Frau Joch, etc....), &lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Spain (Madrid, Malaga, Ronda, Sevilla, Barcelona, Marbella, Algeciras, etc.....),&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Morocco (Tangier, Fez),&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;Portugal (Lagos, Lisbon, Porto)&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;今、地球人の履歴書には、特技として、「言葉」とあり、「流暢」として、5ヶ国語。「中級」として、3ヶ国語を列記しているが、これは偽りのない真実だと思う。これからも、大切に、この特技を守り続けてほしいと願っている。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-667496238922745238?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/667496238922745238/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=667496238922745238' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/667496238922745238'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/667496238922745238'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/300-6kasselronda3-frankfurt-berlin-koln.html' title='語学留学と多言語強化の旅'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-2508368149869297762</id><published>2008-12-27T07:08:00.001+09:00</published><updated>2008-12-27T09:21:13.171+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='４。大学時代(含、秘話）'/><title type='text'>大学入学！！さてその感想は！！</title><content type='html'>さて、オタワのPresience course（2年コース）の単位を一年で取得した地球人は、二つの大学に進学希望の願書をおくった。その前に、私が勧めたボストンの名門大学も、見学と調査の為、車で訪問したが、地球人にはこの時すでに、自分の青春を燃やしたカナダが第一希望になっており、最終的に自分でカナダに決めて二つに絞った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第一希望はモントリオールの大学で、国際校として海外からはもとより、カナダでは、バンクーバーなどの西部からも、ワザワザ留学する学生が多い人気校だった。前身は医学校で、科学は強かった。彼にとっては、総合的に（学費も含めて）素晴らしいとの判断を下したようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もうひとつは、オタワの大学で、Presience courseから直接上がっていける大学だった。この大学も、カナダの首都、オタワを代表する大学で、勿論、遜色はなかったが、こと科学だけを比較するなら、当時地球人の判断では、モントリオールの大学の方に軍配が上がった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、第一希望のモントリオールの大学からは、Presience courseが終了間近となっても、返事がなかった。そして、地球人から私に電話で相談があった。元々は義弟の勧めで、義弟の娘も通っていたオタワの大学に入るつもりだった地球人には、決めかねる問題だったらしい。なぜなら、オタワの大学に入るなら、早速500ドルの前払い金を納めなければならないタイムリミットが迫っていたからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人に意見を訊いたら、「やはり、第一志望はモントリオールの大学だが、今の状況では、どうなるか分からない」という返事だった。それを聞いた私は、即座に、「それなら、500ドルぐらい、別に無駄になってもいいから、取りあえず納めておいて、もしモントリオールの大学にパスしたら、そっちに行けば？？？」と提案した。地球人は「わかった。じゃそうする。」と短く答えて、電話を切り、前払い金を納めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;7月一杯には、まだ返事がなく、そろそろ諦めかけていた時、突然、モントリオールの大学から、入学許可が下りた。この大学には、東南アジアからの留学生も多く、選択に時間が掛っていたらしい。この頃、この大学は、まず地元のカナダの学生を50%優先、そしてアメリカからの学生を25%優先、残りの25%をヨーロッパ、アジア、その他全ての地域の学生に割り当てるらしい、との噂があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人のように、学生ビザで滞在している東洋の学生は、残りの25%の中の、更に少ない%の一人と数えられ、とてもとても狭き門だった。トロント、バンクーバー、南北アメリカ、ヨーロッパにも人気があったこの大学は、ますます地球人の憧れとなっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;入学許可を受け取った地球人は、正に大喜びで、即座にこの大学に進学することを決めた。500ドルは無駄になったが、私も地球人が一番希望する大学に入れて、心から祝福した。こうして、希望に胸を膨らませ、地球人は大学一年生になった。この学校は、モントリオールの街のど真ん中にあり、正門から見える古いドームが、この大学の、長い歴史を物語っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後に、地球人の大好きなアイスホッケーの「正式な試合ルール」を完成したのも、昔昔の、この大学の在校生だったと知った地球人は、大いに興奮して喜んでいた。カナダでは、遥か昔から、教授の交流、研究生の交流、ホッケー試合の交流などが度々行われていたボストンの名門大学とは、姉妹校と呼ばれていた。地球人は晴れ晴れとした顔で、入学を許可された自分の幸運を喜び、授業開始を待ちかねていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;モントリオールでの生活を始める為、地球人が、あの凄まじく古いオタワのアパートから、モントリオールのアパートに引越しすると決まり、私は又、遥遥と太平洋を越えて出かけていった。なぜなら、これから最低4年間は、モントリオールでアパート暮らしをすることが決まり、少し家具や電化製品など、必要なものを買い揃え、暮らしやすくしてやらねばと思ったからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今度地球人が見つけたアパートは、前のアパートより、余程新しかった。ここは部屋が3室あり、3人共同生活で、それぞれ一つづつ個室を使い、応接間、キッチン、お風呂などは共用のアパートだった。ここで、地球人は他の二人の住人とワンフロアーをシェアして暮らすことになった。部屋がかなり広かったので、私は、ソファとか、テレビや勉強机などを買い揃えて部屋を整えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;待ちかねていた授業が始まって暫くすると、あんなに喜んで入った大学なのに、何だか地球人の様子がおかしい。訊いてみると、「俺、この大学で勉強している奴、あんまり好きになれないかも、、、、、、」と意外なことをいい始めた。流石にどの学生も物凄い勉強家が多く、クラスが勉強一色で、ぴりぴりしているらしいのだ。初め70名でスタートしたクラスが、あっという間に、半分ぐらい脱落してゆくほど、スゴイと暗い顔をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これまで、勉強も本当に順調に来ていて、まったく楽勝の感をもっていた地球人が、初めて、「スゴイ奴は世界に多い！！」と実感したのも、この頃だっただろう。地球人はブログの名言集で、｢男は自分の能力以上のものに挑戦しなければ、本当の力を出し切ることはない、、、、（ちょっと違うかもしれないけど、こんな意味）」と言っていたが、きっと、初めて、スゴイ軍団に入った気分がしたのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学生の多くは、何か話しかけたり、ちょっとノリで冗談を言っても通じず、教えてもらいたいことがあっても、まるで敵を見るように、すぐ身構えるのだそうだ。甘い顔をしていたら、自分が落とされるかもしれないと、まるでお堀を深く掘って、他人を近づかせないようなムードで、ピリピリしている学生達に、地球人は大いに失望したらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;朝5分遅刻しても教室に入れないとかで、本当に、あんなに緊張して、毎朝学校に駆けつける地球人を私は初めて見た。欧米の大学は、無事卒業するのが大変と言われているが、本当らしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;入るのも大変、出るのも大変な、厳しい大学での生活は、地球人を大いに悩ませた。そして、好むと好まざるにかかわらず、地球人は、物凄い勉強家の軍団を相手に、学問でも、熾烈な競争に巻き込まれていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-2508368149869297762?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/2508368149869297762/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=2508368149869297762' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2508368149869297762'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2508368149869297762'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_27.html' title='大学入学！！さてその感想は！！'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5625452833838303308</id><published>2008-12-24T02:53:00.006+09:00</published><updated>2009-01-19T06:16:38.055+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='４。大学時代(含、秘話）'/><title type='text'>スペイン語強化と多言語維持の努力</title><content type='html'>地球人がオタワで、科学を専門的に学び始めたころ、中学2年生から、始終行動をともにしていた親友は、エクアドルに、一年間の語学留学に向かっていった。地球人はとても淋しがり、クリスマス休暇を利用して、この親友に会いに行ってもよいかどうか、私に許可を求めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、少しでも、若いうちに世界を広げておくことには大賛成だった私は、問題なくＯＫした。自分で生活費をやり繰りして、航空券を買い、地球人は親友の元に出かけていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼のことは地球人の親友のところで詳しく述べたが、今回は、地球人のスペイン語への興味と、多言語の維持強化への努力を中心に、書いてみたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その親友の学ぶエクアドルを訪れ、地球人は、すっかり、スペイン語に魅了されて、真剣に習得することを決意した。滞在中、積極的に、スペイン語を使っているうちに、文法や発音など、かなりフランス語と似通っているスペイン語を、自分の常用語のひとつに加えたくなってきたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たしかに、ケベックのフランス語系の大学には、メキシコや、中南米からの留学生が凄く多い。多分、耳慣れるのが、早いのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早速、強化の為、スペイン語のテープやビデオ、辞書などを買い込んで、カナダに戻ったあとも独学で、スペイン語を勉強し続けた。こうして、新しい言葉に対する興味も、圧倒的に強い地球人の耳は、発音もかなり正確にとらえることができた。 ちなみに、このエクアドル旅行中には、Quito, Cuenca, Riobamba, Banos, などを訪れたそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後地球人は、1994年の夏、大学2年生の時、大学の交換留学制度を使い、正式に、スペインの大学とドイツの大学に短期語学留学し、戻ってからも、ケベック市の大学院で、メキシコや、中南米の学生と、積極的に交わり、スペイン語を常用し続けていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今の地球人に、もし、語学的に成功できた原因をさぐるとすれば、私が子供時代から習慣づけた、言葉は環境、導入、常用、固定というプロセスを繰り返すことにより、強固なものになってゆくことを、自分でもよく理解していて、成人以後も、弛まず常用し続けていることが、最大の勝因だろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、2003年から現在まで、日本に滞在中だが、地球人はスペイン語スピーキングクラブのメンバーとして、度々スペイン語を使っているし、フランス語も、多くのケベック人の友人と、使い続けている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;北京語も、幸い研究室にいた中国からの留学生と、ずっと使い続けることができたし、日本語に至っては、日本語検定試験などにも参加しつつ、自分の実力を冷静に判断し、足りないところを補足しながら、未だに勉強し続けている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、スポーツの世界大会などでは、ボランティアーとして、大会の通訳を引き受け、実践の場も設けている。ちなみに数年前の空手大会では、五ヶ国語の同時通訳として、少しは大会参加者のお役に立てたそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よく私が言うように、言葉は慣れだから、多言語習得は、幼少時から訓練する気さえあれば、どんな子供にも訓練はできる。子供の耳には本当に無限の可能性があるのだから、、、、、。勿論、習得の速さや語彙量には多少の差が出るとしても、、、、、。そして、バランスよく常用環境を設定してやれば、かなりのレベルまで、誘導はできる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、習得した多言語を、維持強化し続け、固定してゆくには、常用環境を作り続ける、本人の強い意志も不可欠で、親という立場を離れ、客観的にみても、常に言葉の常用環境を求め、多言語維持強化の努力を怠らなかった、地球人の行動力を、高く評価しなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、何より、「好きこそものの上手なれ！！」という言葉どおり、地球人自身が、多言語を習得することが好きだったからこそ、ここまで、歩んでこられたのであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「没頭できる何か」を持っている人は幸せだ。地球人がいつまでも、未知の領域、未知の世界、未知の文化への興味を忘れず、一生、何かに没頭できる人であってほしいと、親として、改めて心から願う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5625452833838303308?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5625452833838303308/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5625452833838303308' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5625452833838303308'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5625452833838303308'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_24.html' title='スペイン語強化と多言語維持の努力'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8151082626756904762</id><published>2008-12-22T01:42:00.007+09:00</published><updated>2008-12-24T06:14:42.579+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='４。大学時代(含、秘話）'/><title type='text'>地球人オタワに移動</title><content type='html'>さて、高校を卒業するころまでには、地球人は自分の得意な学科、不得意な学科が見えていて、文学系はどうも自信がなかったらしい。数学、物理、科学（化学）には、かなりの自信をもっていて、大学では科学を専攻することを決めていた。そこで彼は、取りあえず、大学入学前の専門学校をオタワの大学のPresience courseで学ぶことを自分で決意し、私に知らせてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オタワで勉強を始めるということは、そく即ち、英語で大学前の専門コースを履修するということで、フランス語教育は一旦離れるということを意味する。しかし、勿論、オタワはケベックと連接しており、多くの人はバイリンガルだし、モントリオールの友人とフランス語を話すチャンスも多く、英語がメイン、フランス語がサブという、これまでとは正反対の二つの言葉の常用が始まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本語と北京語の常用環境も続いており、これで専門的な英語による科学の語彙の強化もすることができ、理想的なコンビネーションとなっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は自分でアパートを探し出し、引っ越してから私に住所を知らせてきた。初めてのアパート暮らし。「足りないものは？？どんなところだろう？？」と心配になった私は、さっそく、大学の学期が始まる前の時間を利用して、オタワのアパートに出かけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;案の定、まだそこらじゅう散らかっていて、足りないものばかり。このアパートの周りの環境はあまり覚えていないが、アパートの建物自体の古さは特筆もの。なにしろ、部屋からトイレに行く途中の廊下が、完全に真ん中が盛り上がり、（木の廊下が長年の乾燥により変形していた）かなり左に傾いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夜中にトイレに行くとき、部屋から出た途端、自然に体が斜めになって、あれよあれよという間にドドドドドと左の壁に激突。もう眠気も吹っ飛び、壁に手を支えながら歩いた思い出がある。多分古くて、相当家賃が安かったから、決めたのだろう。オンタリオ州の物価は、ケベックより20%ぐらいは何でも高いから、、、、。オット！！ガソリンは安かったかも。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の胃袋を満たす為、そのキッチンに入ってみて驚いた。まあ、電気コンロ、冷蔵庫、マイクロウエーブオーブンは一応ある。しかし、キッチンテーブルは、反った床で壁の側がかなり低くなっており、完全に斜め。コーヒーなどを置くと、ツーッ！と自動的に動く。「オイオイオイ！！何もここまで倹約しなくても！！」と内心思ったが、地球人が自分で探し出してきたところだ。多分、学校に便利なところなんだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのマイクロウエーブオーブンは、本当に今でも忘れられない。中に温めるものを入れて、スイッチを回すと（といっても、つまみはとうの昔になくて、棒だけが出ている）、壁や辺りを揺らすような、物凄い轟音（オーバーじゃないよ！！）で「ガ～～～ッ！！！」と鳴り響く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;設定した時間の最後まで、凄まじい音が延々と家中に響き渡り、いきなりシ～～～ンと一瞬なってから、「チ～～～ン！！」と仏壇の鐘みたいな音が、人間を小ばかにしたように鳴って終わる。本当に印象深いオーブンだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今後、どこにどう行くか分からぬうちに、あまり家財道具を増やしてもと思い、取りあえず最低限の足りないものや、殺風景な部屋を多少温かくするために、飾り物や電気の笠などを購入し、少し居心地をよくしてから、私は台湾に戻った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人はここでも、2年間のコースを1年で終えると自分で宣言して、履修科目を増やし、毎日忙しくやっていた。相変わらず、地球人はこのオタワの大学でも、ホッケーチームの仲間の練習などに加わり、楽しんでもいた。さすがに、大学の正選手にすぐになれるほど、カナダの大学ホッケーチームは甘くなかった。この大学のチームの試合観戦は有料で、一般の人が切符を買って入る程、セミプロだったから、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともかく、地球人は、やるといったことは、自分で自分にプレッシャーをかけるので、私はこの頃はただ、慰問に行くと、もっぱら胃袋の管理と、趣味のお付き合いをしていただけ、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は18歳で、運転免許を取得し、すでにこの頃は、ポンコツ車を運転していたので、あちらこちらにドライブして、シネマにはよく行った。こうして、地球人のオタワでの、Presience courseは始まっていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8151082626756904762?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8151082626756904762/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8151082626756904762' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8151082626756904762'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8151082626756904762'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_01.html' title='地球人オタワに移動'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-128641461985981870</id><published>2008-12-20T08:33:00.002+09:00</published><updated>2008-12-20T11:30:27.093+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>高校の卒業式と家族旅行</title><content type='html'>地球人はこの中学高校で、色々なことに挑戦し、5年の歳月を過ごした。そして、勉強でも、留年することもなく、全ての単位を無事取得して、卒業式を迎える日が近づいた。勿論、卒業式に参加するため、私は海を渡った。兄夫婦も、息子（地球人の弟）を伴い、日本から私と一緒にカナダに向かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;途中、まだ、卒業式までには間があったので、我々はまず、カナディアンロッキーに向かった。もう、この頃には、かなり旅なれていた兄は、カルガリーに着くとすぐ、レンタカーを借りて、バンフに向かった。ここでホテルに一泊し、カナディアンロッキーやコロンビア大氷原などを見物した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;6月初旬のカナディアンロッキーは、瑞々しい緑と、雪を抱いた雄大な山々、石灰の混ざった綺麗なマリンブルーのレイクが、次から次へと現れ、息を呑むような美しさだった。道には、様々な動物が悠然と現れ、大自然を謳歌しており、車が近づいても恐れる様子もなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以前から、写真などではカナダの大自然を見ていた私も、本当に目の前の光景は、神秘的な美しさに満ち満ちており、感動の連続だった。出てきた動物は、鹿、熊、狐、アライグマ、リス、エルクなどなど、、、、。のんびりと車を避ける動物達を見て、別世界に迷い込んだ気持ちがした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カナディアンロッキーの旅を堪能し、我々はモントリオールに向かった。市内のホテルに宿をとり、地球人の卒業パーティに参加した。日本の卒業式とは全く違い、テーブルがセットされたホテルのディナーショーのようなスタイルで、卒業式が始まった。先生方も、奥さんやご主人を伴い、タキシードやロングドレスを身にまとい、優雅に現れた。教鞭をとっていた義弟夫婦も、勿論、正装して現れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;映画で見たとおり、男の子はタキシード又はダークスーツ、女の子はロングドレスやカクテルドレスで、それぞれのパートナーにエスコートされ、会場に入った。父兄たちも皆正装で、本当に華やかな雰囲気だ。バンドが入って、そこここに風船が揺らめき、テーブル番号がわかるようになっていた。学生達はまだ父兄とは別々に座っており、いよいよ、卒業式が始まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;司会に促され、校長先生の挨拶など、型どおりの進行ぶりだった。しかし、ホテルの広い会場で、バンド付きという設定は、厳かな雰囲気とは程遠く、本当に自由で、楽しい雰囲気だった。いよいよ卒業証書の授与が始まった。勿論アルファベット順でAから始まる。地球人の姓はYで始まるので、まだまだだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一人一人名前を呼ばれた学生が中央のステージに上がり、校長先生から卒業証書を授与されている。厳しい淘汰の末、8クラスで始まったクラス編成は、5クラスにまで、減らされていた。会場の全ての人々は、無事、卒業まで頑張った学生に、卒業証書が手渡される度に、拍手と喝采を送り、お祝いした。かなりして、「そろそろ地球人の番では？？？」と思ってみていたら、案の定、名前が呼ばれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はその時の感動を、一生忘れないだろう。 司会者の読み上げるファーストネーム、(TETSU)という正しい発音の、甲高い声が響いた途端、地鳴りのような声援と、拍手と、喝采が、ひときわ高く会場を揺らした。参列した学生の殆どが、親しみの篭った目で地球人を見上げ、私達の方にまで目を向けて、大いに祝福してくれている。泣き虫の私は、思わずジ～～～ンとして、又、目頭をぬぐった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここまで漕ぎ着けるには、地球人なりの、大変な日日があっただろう。支えてきた私も、一体何度太平洋を越え、遥遥と通ったことか。教鞭をとっていた大学の、学期の合間に、突然心配になって、滞在わずか4日ぐらいで、往復したこともあった。台北から、24時間を越すフライトは、かなりきつく、子育ても、本当に、体力勝負だな、と何度も思ったほどだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;感傷に浸っているうちに、卒業式は無事終了し、ライトが薄暗くなり、ディナーが運ばれ始めた。ミラーボールも回り始め、バンド演奏が始まった。「ムードが出てきたな！！」と思った途端、それまで座っていた学生が、ほぼ一斉に動き始めた。「何が始まるんだろう？？」と見ていると、ダンスフロアーに次々とペアが現れ、踊り始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;程なく地球人が現れて、「Shall we dance!!」と私に手を差し伸べる。「エッ！！本当にやるの？？」と大いに照れたが、初めて息子のリードで、ダンスを踊った。欧米の学生は、卒業式の後の、最初のダンスは、男の子は母親と、女の子は父親と踊るのが慣わし。皆、楽しそうに踊っている。「こんな自由で伸び伸びとした中、随所に感動と思い出がちりばめられた卒業式もいいな！！」と心から思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;卒業式も無事済み、翌日、地球人も交え、我々はナイアガラへの日帰り旅行を敢行した。朝7時ごろの飛行機でトロントへ。そこですぐレンタカーを借り、ナイアガラへ。約3時間半ぐらいナイアガラで遊んで、又、午後の便（確か4時半ごろの便）でモントリオールに戻るという強行軍だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ナイアガラの滝は噂どおり、物凄い迫力だった。ドウドウとうなりをあげて落下する水流。舞い上がる水飛沫。木の葉のように渦の中をさ迷う、客船。あのマリリンモンローが（ゴメン。又古くて、、、）艶然と笑っていた映画、「ナイアガラ」の壮大さそのもの。私達は早速レインコートを着て、客船に乗ることにした。エレベーターでかなり下まで降り、夏だというのに肌寒い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;客船が滝の真下を通過するときには、カナディアンロッキーの山々の迫力とは、又、違った物凄さがあり、恐ろしい魔力で、滝壺に引き込まれるような、不安すら覚えた。本当に大自然の中の人間は、小さな小さな生き物に感じられ、崇高な美に感動した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後日又、2度目に訪れた時には一泊し、ホテルの部屋から、ライトアップされたナイアガラを見て、又別の美しさに感動したが、やはりカナダ旅行では、一度は訪れる価値がある所だと思う。まあ、びしょびしょに濡れることがお嫌いな方には、乗船はお勧めしかねるけど、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この時、どういうわけか、トロント空港への帰り道で、兄と地球人が焦り始めた。どうやら道を間違えたらしい。飛行機の時間は刻々とせまり、切符はもう買ってあるから、なるべくなら間に合わせたい。いつもはおっとりの地球人も、さすがにかなり緊張。空港に着いて、私は皆の切符を預かり、チェックインに向かい、地球人と兄はレンタカーを返しに、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すでにあと残り20分を切った頃、ようやく全員のチェックイン終了。二人が戻るのを、イライラしながら待って、慌しく走って遠くのボーディングゲートへ。我々が機内に入ると同時に、入り口がバタン！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い国内線だから、これでよかったものの、危ない綱渡りで、飛行機の中では、全員グッタリ。席は勿論、全てばらばらに座らせられ、乗れただけでもラッキー！！地球人の卒業式を挟んだ家族旅行は、こうして、波乱のうちに幕を閉じた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-128641461985981870?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/128641461985981870/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=128641461985981870' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/128641461985981870'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/128641461985981870'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_20.html' title='高校の卒業式と家族旅行'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-7248405739449221599</id><published>2008-12-18T06:50:00.004+09:00</published><updated>2008-12-19T11:49:03.743+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>地球人の頑張り（アイスホッケー編）</title><content type='html'>毎年夏休みになると、急いで飛んで帰ってきた地球人が、次に目指す目標は、「卒業までに、アイスホッケーで学校の代表選手になり、格好いいユニフォーム姿を見せてやる！！」という、無謀に近い公約だった。すでに3年生を迎え、地球人はBクラス入りを果たしてはいたが、このクラスから上に行くのが大変。詰まりに詰まっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、学校で、アイスホッケーの練習に参加している学生なら、当然、夢は学校の代表選手。正式な試合には、多くの応援団も駆けつけてくれる。そんな試合で、学校のユニフォームを身につけ、戦いたいと願う学生は、山ほどいた。地球人の日本の夏の特訓に、力が入ったことはいうまでもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このアイスホッケーで、学校の代表選手を目指す戦いでも、地球人は地元の子供との、約10年の空白の距離を埋めなければならなかった。義妹夫婦が絶対に無理といったのも、その後、地元のチビッコチームをたくさん見た私には、すぐ理解できた。皆、物凄く一生懸命で、上手い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;北海道や東北地方のチームと違い、地球人が毎年夏に参加した、東京のジュニアホッケーチームのレベルは、あまり高いとは言えなかった。しかし、個別に地球人に特訓をしてくれた、かつての6大学ホッケーチームの花形選手や、社会人ホッケーチームで鳴らした人々の滑りは華麗で、素人が見ても、本当に格好よかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな往年の名選手のお声がかりで、昔、名ゴールキーパーとして鳴らした人に、フォームや基本を教えてもらうことができた地球人は、本当にラッキーとしか言い様がない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お礼に地球人は、彼達が望む、NHL（ナショナルホッケーリーグ。世界最高峰のプロホッケーのメジャーリーグ）の試合のビディオや、頼まれたホッケーグッズを買ってきてあげたりしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、カナダに居るときは学校のアリーナで、日本では高田の馬場のアリーナで、夏冬すべての時間をホッケー漬けにして、頑張っていた。夏のアリーナには、子供から大人まで、関東ではかなり強い選手が所属していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に中学3年生ぐらいの年齢では、かなり有望な選手が居て、地球人は、大いに技を磨かせてもらった。一試合だけでもつかれるのに、地球人は年齢に関係なく、大人のチームでもゴールを守らせてもらい、指導を受けていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本では中学生ぐらいまでは、親が昔、プレーしていた人の子供達など、結構実力のある子供がたくさん居た。しかし、大抵中学3年ぐらいになると、「高校受験があるから、ホッケーは止めて塾に行きなさい！！」と親に言われて、一人、二人と有望選手がチームから姿を消していった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、まだやりたくてやりたくて、ホッケーに未練たらたらの子供が、親に言われて仕方なく止めていく姿をみて、「日本の子供は可哀相だね！！やりたいこともやれなくて！！」とよく言っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ブログは、地球人の、多言語習得に関する秘話が中心なので、これまで触れなかったが、地球人が9歳の時、彼の弟が生まれた。しかし、この弟は、跡継ぎの居ない私の兄の養子として、生後10ヶ月で日本に渡った。戸籍上は地球人のいとことなったわけだが、血のつながりは兄弟で、とても仲がいい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この弟も、地球人の影響を受け、どうしてもホッケーがやりたいといい、幼稚園から始めた。当時の彼の憧れは、「お兄ちゃんが守っているゴールに、俺がシュートして入れてやる！！」という、勇ましいものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼も中学からカナダに留学させたい、という兄の意向があり、それなら、地球人ほど言葉の基礎を持たぬ彼には、カナダの国民的スポーツ、アイスホッケーを、厳しく訓練しておくよう、兄に勧めた。留学後、カナダの子供達と、スポーツを通じ、すぐ仲間になれるからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで彼は、地球人が所属していた、高田の馬場のジュニアアイスホッケーチームに6歳から所属し、小学校高学年では、ついに、このチームの中心選手の一人として活躍するようになった。そして、全国大会にも参加し、北海道にも遠征した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その全国大会で、地球人の弟のチームは、見事、全国3位の銅メダルに輝き、この記録は「東京のジュニアアイスホッケーチーム小学生の部」の過去最高位として、未だに破られていない記録だと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何せ、北海道から東北地方の多くのチームは、けた違いに強く、当時の記録では、東京のジュニアアイスホッケーチームが全国大会の10位以内にはいるのは、奇跡に近いことだったのだから。兄夫婦もはるばる北海道まで遠征し、チーム関係者や選手達の父兄にまじって、応援に声を嗄らした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その北海道、東北の強豪チームのいくつかを倒し、大健闘した東京チームの快挙は、当時の新聞でも取り上げられ、報道された。それは、ホッケー好きの兄夫婦の、貴重な思い出ファイルとして、今も大切に保管されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして彼は、外国からの招待チーム（ロシアやアメリカ）との親善試合にも、オール東京の選抜メンバーの一人として指名され、外国チームを迎えうった。ちなみに、留学したカナダの中学校では（兄とは違う英語教育の中学）、最初の年から学校の代表選手として、試合に臨むことができ、アイスホッケー体験では、兄よりずっと恵まれていた。幼稚園からの日本での厳しい訓練は、すぐにカナダで実を結んだのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小学校5年生の夏休みには、この弟もケベック留学を控え、地球人が当時在籍していた大学が主催した、3週間の、「ジュニアアイスホッケー特別サマーコース」に参加し、腕を磨いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その時には、フランス語や英語は苦手でも、彼は日本で鍛え上げた華麗な滑りで、地元の子供達にも、コーチにも、すぐに溶け込み、友達ができた。スポーツには、ほとんど世界の壁がなく、彼のホッケー経験は、こうして、友達作りに、大きな役割を果たしたのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;兄弟で同じスポーツを楽しみ、高めあう姿を見るのは、親として最高の気分だ。数年後、そのアイスホッケー兄弟対決シーンは、横浜のアリーナに遠征した時、一度だけ実現した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アタッカーとしてシュートを放つ弟も、キーパーとしてゴールを守る兄も、真剣そのものの男の戦いだった。私には今でも鮮やかに眼に焼きついて離れない、感動的なシーンだった。 結果は何度もシュート、防衛の繰り返しで、まあ引き分けだったように思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、「弟の憧れ」というプレッシャーも受け、地球人のホッケー特訓には、益々力が入っていった。その甲斐あって、地球人がついに、学校代表の正選手に選ばれ、晴れて母校の名誉の為に、ゴールを守るようになったのは、公約の最後の年、5年生の時だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は確かに、ヨチヨチ歩きのスケート練習から、猛特訓に耐え、宣言してから3年で、栄えある母校のユニフォームを身につけ、学校代表として試合に臨むことができた。私はその一年、地球人の努力と栄誉を称え、何度も太平洋を越えて、試合の応援に駆けつけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アリーナに居る東洋人は少なく、すぐに私は「地球人の母」として、チームでも有名になった。遠征試合の時には、選手と同じバスに乗せてもらい、選手に配られる、スパゲティなどのランチも、分けてもらって、すっかり皆と顔見知りになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やはり、自分の子供が出ている試合を見るのは、独特の興奮がある。特にゴールキーパーだった地球人は、パックを止めて当たり前、入れられればブーイングという、厳しいポジションだった為、相手チームの選手が、怒涛の勢いで地球人に迫り、シュートを放つ瞬間には、目を開けて見ていることが出来ず、何度も下を向いて祈った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、試合開始前とか、ピンチが迫ると、多くの味方の選手が地球人を激励しに集まり、こぶしとこぶしを合わせて、「頑張れよ！！」と励ましたり、何か言って力づけたりしているのを見て、「本当にスポーツっていいな！！」と、此方まで胸が温かくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人のフランス語の進歩に、正選手になる前から一緒に汗を流した、多くのホッケー仲間が、大きく貢献してくれたことを、私は信じて疑わない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なにしろ何度も言うように、アイスホッケーは、カナダの子供達の憧れのスポーツだ。国技といっても過言ではない。外国から来た留学生で、しかもスケートも覚束なかった地球人が、猛特訓を受け、自分たちのチームのゴールを守っていてくれる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それだけで、地球人と他の選手の絆は深まり、いつも何か楽しそうにお喋りして、大きな声で笑っていた。地球人のアイスホッケーへの頑張りは、フランス語での学習への頑張りでもあり、大きな相乗効果をもたらしたものと、今でも私は確信している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人にとって、母校の代表選手のユニフォームを晴れて身につけ、チームメートとともに戦い抜き、時にはアメリカまで遠征したこの1年は、素晴らしい青春の1ページとして、深く胸に刻まれ、永遠に忘れることはないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、このブログで初めて言うね！！　「学校代表のユニフォームを身につけ、誇らしげに、氷上で活き活きと躍動する、ゴールキーパーの華麗な動き、とっても格好良かったよ！！地球人ブラボー！！」　（マタマタ親ばかで失礼！！）&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-7248405739449221599?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/7248405739449221599/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=7248405739449221599' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7248405739449221599'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7248405739449221599'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_18.html' title='地球人の頑張り（アイスホッケー編）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-1035064612083668630</id><published>2008-12-16T04:01:00.002+09:00</published><updated>2008-12-16T04:46:10.670+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>地球人の頑張り（勉強編）</title><content type='html'>中学一年の科目を、すべて順調にパスした地球人が、二年生からアイスホッケーに狂い始めたことは、すでにご紹介した。しかし、二年生から、地球人は勉強の面でも、親元や義妹一家から離れて学寮入りしたにもかかわらず、自分で自分にプレッシャーをかけ、実に頑張って、よい成績をあげるようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こう書くと、何だか親の自慢みたいで恥ずかしいが、そうではなく、実は地球人がここまで頑張れたのには、大きな原因があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは、当時のこの学校の、特別なルールによるものであった。この学校には、前期に4回、後期に4回のテストがあり、年間の成績が発表されることは、すでに少し触れたと思う。しかし、それとは別に、この学校には、とても粋な計らいがあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは、普通クラスにはあったのかどうか分からないが、地球人が所属していた特別クラスには、間違いなくあった。前期の4回のテストと日常成績、及び、後期の3回目までのテストと日常成績が、十分満足の行く年間成績レベルに達していると認められる学生には、後期の4回目のテストを免除し、他の学生より、一週間以上早く夏休みが始められる、というシステムだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何しろ、地球人のブログを見ていただくとおわかりの通り、地球人には、実にやりたいことが多い。それは、昔も今も変わらない。従って、地球人は1日も早く日本に戻り、家族に会い、ホッケーの練習や、アルバイトがしたくてしたくてたまらなかったのである。そこで彼は、一心不乱に勉強し（？）、「絶対に最終試験免除の恩恵に預かるんだ！！」と心に決めて、頑張っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃、日本の我が家は、住み込みの手伝いは2人ぐらいで、あとはすべてアルバイトでまかなっていた。アルバイトをさがすのも、それ程難しくない時代だったが、アルバイトの従業員に関しては、ちょっと叱ると次の日から来なかったり、いきなり辞めたりで、当時、経営を任されていた兄夫婦の、頭痛の種だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、確実に夏休みには3ヶ月戻ってくる地球人を、夏の間のアルバイトとして、従業員の頭数に入れていた。地球人は、布団上げ、布団敷き、掃除、配膳などなど、下働きとして、実によく働いた。当時の兄夫婦は、「こいつはまだ中学生だけど、よっぽど変な大人より気がつくし、掃除なども真面目にやるから頼りがいがある！！」といって、重用していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それに、外国人でも滞在する時には、通訳としても力を発揮していた。ともあれ、彼はこうして、我が家でアルバイトしたり、何か欲しいものがあって、お金がたりないときなどは、コンビニの夜班の時間給はかなり高いことを発見し、働いていた。そして、その合間には、ホッケーの練習と大好きな秋葉原見学に自転車で出かけるなど、日本でも行動的で、毎日忙しそうにしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;のちには、兄の友人から、お嬢さんにフランス語を教えてほしいなどと頼まれ、家庭教師までしていた。このように、プログラムが一杯のライフスタイルは、すでに地球人の小学校からの習慣で、色々な独立訓練を積んでいた地球人には、少しも辛いことではなく、むしろ充実した生活のように見えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして地球人は、毎年、最終試験免除の特権を確保するため、真面目に真面目に（？？？）勉強し、他の学生より、一足早く夏休みを迎え、それは高校を卒業する年まで続いていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;頑張っている学生には、粋な計らいをするこのシステムが、果たして教育的に良いのか悪いのか、私にはわからないが、少なくとも、地球人とその家族には、本当に本当に、有り難い制度であった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-1035064612083668630?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/1035064612083668630/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=1035064612083668630' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1035064612083668630'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1035064612083668630'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_16.html' title='地球人の頑張り（勉強編）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-6511951339202284074</id><published>2008-12-14T06:19:00.007+09:00</published><updated>2008-12-14T08:29:23.883+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>地球人の親友</title><content type='html'>中学2年生になった頃、地球人に、生涯の友と呼べる親友ができた。彼の家は学校からオタワ寄りに30分ほど行ったところにあり、オンタリオ州にあった。彼は完全にフランス系の青年で、ちょっとベートーベンに似ている。地球人が初めて私に彼を紹介してくれたのは、学校の裏のスキー場に、地球人の滑りを見学に行ったときのことだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼も一緒に滑りに来ていて、ロッジの中で眺めていた私の元に地球人と一緒にやって来て、初対面の挨拶をした。笑顔のとても綺麗な、感じのよい青年で、おやつを一緒につまみながら、少しお喋りした。（勿論英語で）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、地球人と彼の仲は益々深まり、その年の夏休みに、彼は日本の家にやって来た。彼は日本語にも日本料理にも日本の生活習慣にも大いに興味を持っていて、我が家の皆と仲良くなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人も、大好きな彼の訪日に、毎日が楽しくて楽しくて、一緒にあちこち出かけていた。彼は、梅干も納豆も味噌汁も大好きで、和食が大のお気に入り。日本での生活は、言葉以外、全く問題なかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スポーツは、テニスがとても上手で町の代表選手だったが、勿論、カナダの子供として、スケートも楽しめ、よく地球人とホッケーの練習もしていた。地球人のブログのスライド写真に、確かホッケー姿の彼が出ていたような気がする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人もよく彼のご両親の家にお邪魔して、本当に可愛がってもらった。地球人には、その後もたくさんの友達ができたが、続けて付き合っている友達としては、彼が一番長いと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二人は、よき友であり、よきライバルであり、お互いに刺激しつつ、色々なことに挑戦していった。彼が居なかったら、地球人が真剣にスペイン語習得に興味を持ったかどうかわからない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この親友は、若い時に多言語と異文化を吸収したいと願い、高校を卒業と同時にエクアドルに一年、語学留学した。エクアドルの公用語はスペイン語で、地球人は彼に会いにいって、3週間ほど、エクアドルに滞在した時、すっかりスペイン語に魅了され、大学2年の夏にスペインとドイツに短期語学留学した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論スペインの大学では、スペイン語を、ドイツの大学ではドイツ語を学ぶ為だ。私は勿論大賛成で、送り出した。これは当時、地球人が勉強していた大学の交換留学制度に参加したもので、スペインの大学とドイツの大学で取得した単位は、そのまま、カナダの大学の公認単位として、数えられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;親友の彼は、エクアドルから戻ると、やはり、地球人とともに学びたくて、同じ大学をめざし勉強しなおした。1年遅れで同じ大学にパスし、それからはモントリオールで、地球人と同じアパートをいつもシェアし、付き合いはいまだに続いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の大学卒業後、一時完全に勉強を離れ、音楽中心に「夏休み半年充電期間」を一緒に我が家で過ごしたのも、彼ともう一人の友人だった。 二人で青春時代の喜びも、悩みも、苦しみも、シェアしてきたといえるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、「夏休み最後の湖畔コンサート」のメンバーとして、彼はギターで参加した。これも地球人の忘れられぬ思い出の一ページだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、子供に親の世界を押し付けるより、親が子供の世界に下りてゆく方が、とても楽しいと感じる。たとえば、アイスホッケーも、地球人に紹介されて、初めてこんなスポーツがあるんだと知ったほど、その面白さも含めて、未知の世界だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、すくなくとも地球人の周りの友達は、本当に色々な事が楽しめる多才な人が多かった。勉強ばかりの偏った教育があまり好きではなく、バランスのよい育成を心がけていた私は、地球人の周りの友人を見て、大いに安心した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「地球人の音楽教育」のところで出てきた、「キーボードを楽しんでいた友人」というのが彼で、ピアノ、ギター、ドラム、ビリヤード、ホッケー、スキー、ゴルフなど、彼と遊び、彼と競って楽しめることが多い地球人はラッキーだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いまだに地球人がカナダに戻ると、彼は必ずギターを抱えてやってくる。飲むと大声で歌を歌い、クラシックギターの腕前も、会うたびに上達しているように感じる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供の時から、地球人の友人と一緒に楽しみながら会話すると、何だか私にも新しい世界が開ける気がする。これも私が、子育ての中で、いつも心がけていた楽しみ方のひとつだ。我が家には、地球人が旅行するたびに世界中から買ってきた、お土産の、名も知らぬ楽器が多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、地球人が我が家に戻り、この親友がギターを抱えてやって来て、将来2人の子供達も色々な楽器で仲間に加わり、音楽を楽しめる日が来たら、どんなに賑やかで楽しい事だろうと、今から想像している&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、この親友は、その後もスペイン語を常用し、数年前に南米出身の女性と結婚した。そして、女の子の双子のベビーがうまれた。すでに１才8ヶ月の可愛い盛りで、とても幸せそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人はその中の一人のゴッドファーザーとなっている。さてさて、地球人が本物のファーザーになるのは？？？その日を待ちかねる、今日この頃のテツママであるが、、、、。あ～～あ！！でも花嫁探しが先か！！残念！！&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-6511951339202284074?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/6511951339202284074/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=6511951339202284074' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6511951339202284074'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6511951339202284074'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_14.html' title='地球人の親友'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-7576201942405594418</id><published>2008-12-12T06:26:00.003+09:00</published><updated>2008-12-12T07:32:30.125+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>多言語習得の効用</title><content type='html'>地球人の中国語はどうなったのであろうか。当時、この中学には、台湾からの留学生もいて、そのご両親は、私とも顔見知りだった。学校のすぐ側に住んでいて、台湾に居たときから知っていた、このご一家の家に、地球人はよく遊びにいっていたし、学校でも子供達と会うことが多かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、当然、北京語や台湾語も常用されていた。又、2年ぐらい上には、日本人の留学生も居た。しかし、東洋からの留学生で、英語教育をあまり受けずにこの学校に留学してきた学生は、一様にかなり苦戦していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に私が心配した、歴史、社会、作文、宗教などでは、語彙に問題があり、他校に転校したり、再履修を強いられる学生も多かった。私はやはり、英語教育で幼稚園と小学校を終えさせてから、留学させたことは、かなり地球人のフランス語習得に、役立ったことと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この多言語習得後に留学させたことには、もう一つの思いがけない効用があった。それは、「いじめ」の問題から、地球人が逃れられたことである。やはり、何処の国の学校でも、多かれ少なかれ集団生活をする以上、身分の上下や、いじめに近いことは起きてくる。この学校にも、眉をひそめる様な言動をする学生も多少だが居た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼たちは、大人しい子供を軽く威嚇したり、少し意地悪などをすることもあった。地球人も見るからに東洋人であり、目立つので、初めは標的になりそうになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、私が学校のアリーナに顔を出すと、地球人はすぐに日本語で私に話しかけ、台湾からの友達とは北京語や台湾語で話し、寮生とは、自然に英語で話している姿を目撃した学生達の間で、いつしか、「あいつはなんだか、かなりたくさんの言葉が話せて、スゴイらしいよ！！」という、評判が立ち始め、そのコワモテ学生達にも、一目置かれるようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コワモテ学生に多少意地悪をされかけていた学生の幾人かは、自然と地球人のまわりに集まり、助けを求めるようになった。自分の事では、喧嘩を好まぬ地球人も、ときどきコワモテ学生に、あまりイジメをしないよう注意したり、よく話し合いをもったりするようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すると、そうしたコワモテ学生達も、色々な悩みを抱えていて、その相談に乗っているうちに、すっかり彼達とも話が通じ、仲良しになった。地球人はこうして、どちらのグループにも属さず、自然と融和剤のような役割を果たすようになり、多言語習得経験から生まれた、一目置かれる存在感が、思わぬところで平和利用されていくようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やはり、何かひとつでも、自信を持たせてから海外留学に送りだすことは、知らず知らずのうちに、あまり他人に惑わされることなく、自分を見失わぬようになるばかりか、他人の痛みにまで思いを馳せる心の余裕が生まれてくることを知り、私はとても嬉しく思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とにかく、欧米、カナダの子供達は、自分で働きながら勉強するような独立心の強い子が多く、地球人もそんな良いところはすぐ取り入れ、自分の生活のペースをキチンと守る努力もし、どんな学生にも真っ直ぐな心で向かおうと心がけていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、これまでの、多言語習得と厳しい独立訓練の経験や失敗が確実に役に立ち、心身ともに頼もしく成長し続けている地球人の、楽しそうな留学生活を知り、心からホッとした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-7576201942405594418?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/7576201942405594418/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=7576201942405594418' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7576201942405594418'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7576201942405594418'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_12.html' title='多言語習得の効用'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-7744075644305669881</id><published>2008-12-10T09:37:00.001+09:00</published><updated>2008-12-10T11:55:58.419+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>自己管理能力の実践</title><content type='html'>寮生活を始めた地球人は、学校の授業や外の社会ではフランス語、寮では英語とバランスよく、両方常用するようになっていった。そして、入寮とともに、地球人は生活面でも、すべて自分でコントロールしていかなければならなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前もって地球人の金銭独立訓練はしてあったが、いよいよ実践するときが来たのだ。これまでは、やはり、何かと義妹夫婦の意見も強く、本格的な独立は入寮からと言える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;寮の消灯まえに済ませること、翌日の準備、支払いなどなど。勿論、すでに地球人名義のチェックを渡しておいたので、必要だと思われる文房具、教材、スポーツ用具など、自分で考え、自分で管理するよう言いおいてあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その他に、まったく、後で親に報告する必要のない、「小遣い」を別に積み立てて置いた。すべてのカードや口座の通帳は地球人が保管していたので、私は普段見ることがなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この頃、「ねえ、ママ、冬に備えてスキーとスノーボードを買いたいんだけど、いいかなあ！！」と電話で連絡をしてきた。さすがにちょっと値がはるので、私にお伺いを立てたのだろう。あの環境で、欲しがるのは当然だと、勿論すぐに許可した。スポーツ大好き人間の地球人は、アイスホッケー以外にも、スキー、スノーボードにも大いに興味を持ち始めていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地元の人は、「アイスホッケーをしている人は、大体スキーもスノーボードも覚えが早く、すぐ上手になるよ！」と言うが、これらのスポーツはバランス感覚がとても大切で、相乗効果があるらしい。地球人もすぐ、両方ともかなりの腕前になっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このころ、私が注意していたことが二つある。それは、疾病はあまり心配しなかったが、怪我に対する保険である。何しろホッケーは、スティックを持って、猛スピードで、ぶつかり合う氷上の格闘技だ。特にゴール前の物凄いぶつかり合いを目にしたことがある人なら、私の気持ちは大いに分かってくれると思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カナダの中学生は、スケートを履いて、防具をつけると、もうとても巨漢が多い。猛然とゴールにシュートし、ぶつかって来る巨漢を、ゴールキーパーは、20キロの防具を背負ったまま、相手にするのだ。練習でも試合を想定して、皆、かなり熱くなる。それに、スキーや、スノーボードもやりたいという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;心配は、骨折や怪我。だから、私は、学校の強制保険以外にも毎年日本で保険を掛けていた。幸い、一度も使われることなく、すべて無駄になったが、こんな保険は無駄に成った方がいいに決まっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それと、万が一、怪我をして病院に入院する時のことも考えておかなければならない。当然、すぐ飛んでゆくとしても、まず最初にデポジットをかなり病院に払う必要がある。勿論、義妹夫婦がなんとかしてくれるだろうが、できるだけ、迷惑を掛けたくない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って、すでに地球人は中学一年から、銀行にはかなりよいお得意さんとなり、自由に預金を使える身分となったが、地球人は決して、無駄遣いはしなかった。次に彼の元を訪れた時、私は一応、銀行預金口座を調べてみた。なんと、「小遣いとして、好きなように使ってもいいよ！！」と渡した預金には、一銭も手をつけていないし、生活費も浪費などした様子は全然ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ねえ！！小遣いは自由に使ってもいいんだよ！！友達との付き合いもあるでしょ？？」と訊いた私に、地球人は、「ママも大変だから、お小遣いはいらないよ！！僕、もう、学校の側のイタリアンレストランでアルバイトしているし、店の料理は、何でも食べ放題なんだ。飲み物も、、、、。おばさんもおじさんも親切で、とってもよくしてくれるしさあ！！」と嬉しい事を言ってくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早速、そのレストランのご主人夫婦にお土産を持って、お礼の挨拶にいった。先人曰く、「可愛い子には、旅させよ！！本当にその通りだ！！」と、目頭が熱くなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かくして、地球人は、留学2年目にして、早くも放課後、自分でアルバイトにも挑戦し、好きなものは自分で働きながら努力して手に入れ、勉強に、スポーツに、趣味にと、忙しい時間を過ごして行った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-7744075644305669881?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/7744075644305669881/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=7744075644305669881' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7744075644305669881'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7744075644305669881'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_10.html' title='自己管理能力の実践'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8608985747628671275</id><published>2008-12-08T07:33:00.004+09:00</published><updated>2008-12-08T09:37:12.853+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>入寮と英語の維持強化</title><content type='html'>中学一年も終わりに近づいた頃、私は予定通り、地球人の2年生からの入寮計画を実行に移した。もともと、最初から、学寮生活をさせたかったのだが、夫の両親の心配もあり、取りあえず一年義妹の家にお願いしたが、お陰で、フランス語も前半の期末試験ですでにクラスの平均点越えの公約を果たし、あとは、語彙を足すのみ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学校の授業や、日日の生活から入る膨大な語彙を覚えていくのは、時間の問題。後半の学期の小テストぐらいから、歴史、地理、社会なども、十分平均点をオーバーし、完全について行ける見通しが立ったからだ。これまで、厳しく鍛えてくれた、義妹一家に心から感謝し、夏休み前には、入寮の許可も貰った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が、どうしても学寮生活をさせたかった理由は、ふたつあった。一つ目は、規律正しい生活と、厳しい躾。二つ目は英語を常用する環境の設定。幸い、この中学高校は、モントリオールとオタワの中間ぐらいに位置していて、やや、モントリオール寄り。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;歴史の古い名門校のひとつということで、オタワがあるオンタリオ州（トロントなどの大都市も含む）からも、かなりの学生が越境入学し、学寮にいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;越境入学してきた学生達が、家や学校で使っていた言葉は勿論、英語。ケベック省に隣接している地区では殆どバイリンガルの家庭が多く、フランス語と英語で育てられている子供が多いが、オンタリオ州はどちらかというと、得意な言葉は英語の学生が多く、この学寮にも英語を得意とする学生が大勢いたのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言葉は、環境、導入、常用、強化（語彙や知識）の繰り返しで、固定されてゆく。地球人はすでに小学校まで英語を常用していたから、耳は大丈夫だが、小学生まででは語彙が少なく、常用しないと高いレベルの知識と語彙は増えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その為、私はオンタリオ州から越境入学している学生と、寮の部屋で存分に、英語で生活してほしいと思っていた。これは、家庭ではフランス語オンリーの厳しいルールがある、義妹の家では、かなり難しい願いだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今は変わっているだろうが、当時のケベックの中学高校には、勿論、英語の授業はあるが、時間数はすくなかった。前に音域の説明の時、お話したように、英語耳を持っている人には、フランス語を入れるのは発音的にはあまり問題ない。しかし、フランス語耳の人が後で英語を入れると、かなり変な訛が残る人が多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フランス語は英語に比べて、使う音域が狭いからだ。私は、かなり、ケベック人で英語に独特な訛がある人に出会っているし、英語が全く出来ない人も、田舎には多い。「英語が上手だな！！」と思うと、大抵英国系の移民をルーツに持っている人達や、かなり長いこと、カナダの英語圏や外国で生活した人達が多かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人のビザは、最初の3年間は毎年更新しなければならなかったので、学校から2年生の入学許可証を出してもらい、ビザの更新に入った。勿論、問題なくカナダで更新できた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は本当にこの最初の一年、苦しかったことだろう。しかし、我が子ながら、シラ～～～ッ！！と難題をクリアし、あまり大変な姿を家族に見せないので、「多分、地球人には、すでに男の美学があるのかも？？？」と思ったぐらいだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、どうもそれは思い違いで、この子供時代から多言語習得で鍛えられたスーパー聴力（？）の持ち主、地球人には、ほんとに、あまり難しいとへこたれる気持ちはなかったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後に追加した殆どの言葉が、みんな、それぞれの国の人に完璧にネイティブの発音だと賞賛していただけたから、多分、私が予想したとおり、すでに開かれている15000ヘルツまでの音域内の言葉は、彼の耳を通して聴けば、殆どズレがなく、かなり早く、正確に、聴き取れたのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どうしたら、そんなに早く聴き取れるようになるの？？」と、ある日、地球人にお伺いを立てた私に、「あのさあ！！よ～～く聴いていると、どの言葉も、独特の切れ方があって、その切れるところを中心に音をとっていけばいいのさ！！」との仰せ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;説明を聞いても、、、？？？、、、とりあえず仰せのとおり、色々な言葉のテープを、一心不乱に耳を澄ませて聴いたが、もう、凡人の老ママの、哀れなヘボ耳には、何処が切れるところなのか、、、？？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かくして、地球人の留学二年目は、寮生活による真の独立生活への挑戦、アイスホッケーの代表選手への挑戦と、あいも変わらず、多くの目標を自らに課し、飄々と始まっていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8608985747628671275?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8608985747628671275/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8608985747628671275' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8608985747628671275'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8608985747628671275'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/09/blog-post_29.html' title='入寮と英語の維持強化'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-2404979792080722949</id><published>2008-12-06T08:00:00.003+09:00</published><updated>2008-12-06T09:51:31.652+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>地球人の凄まじい執念</title><content type='html'>私には、地球人に英語を入れたときも、フランス語を入れたときも、この地球人のスポーツ好きが、大いに、語学の進歩を促した（聴力と会話）原因の一つであると分析している。小学校では、バスケットや球技など、中学からは、アイスホッケー。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;直接にスポーツそのものが、語学に与える影響は少ないと思う。しかし、チームプレーに参加することによって、「勝利に向かって心をひとつにする」という、友人との連帯感が生まれ、仲間意識が圧倒的に強くなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、試合後もあれこれ反省し合い、いつも作戦などを話し合い、お互いに助け合おうとするためよく喋る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、物静かなクラスの中で、たまに友人と交わす言葉と違い、強い連帯感に基づいたお喋りが多くなるのだ。小学校時代から、地球人がこうしたスポーツやクラブなどの活動に積極的に参加したことが、知らず知らずのうちに、語学の進歩を大いに早める効果になったのでは、と考えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論これは、早める効果のあくまでも一つの要因だけで、本を読んだり、勉強したりもかなり大変だったことだろう。しかし、健康の為にも、環境に早く慣れさせる為にも、子供を健全に留学させたいと願うなら、両親はまず、活発で、行動力あふるる子供を育成しておくことが、最優先課題ではないかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スポーツや、音楽や、芸術には、世界の壁は殆ど存在せず、すぐに仲間意識を強くし、間違いなく孤独から人間を救い、活力を与えてくれる命の源だからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、地球人の、ホッケーで学校代表の椅子を狙う執念は、凄まじかった。日本のスケートリンクは、昼間は一般のスケート愛好者に開放している。だから、ホッケー練習用に貸し出される時間は、この一般公開の前か後の不便な時間帯にしかない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時は、朝練と呼ばれる、5時半ぐらいからと、夜中12時からなどという変な時間にしか、ホッケーの練習はできなかった。だから、兄の友人も、「高校時代、練習していた時には、いつも近所の人から、朝帰りや夜中にうろつく不良みたいな目でみられちゃった！！」とわらっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何しろゴールキーパーの防具は、全部で20キロを越す。その重い防具を身につけて、キーパー用のスケート靴を履いたまま、シュートされたパックを止める為、膝まづき、すぐに又立ち上がって態勢を立て直すなど、ゴールキーパーの動作はかなり激しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;両足を開いて脚でパックをとめ、ゴールへの進入を防ぐなど、基本動作を繰り返し繰り返し訓練させられた後、他のプレイヤーと混じって、20キロの防具を背負ったまま、アリーナのスケートリンクを何周も全速で滑らされたり、そのハードな練習は、見ているこちらまで、疲れ果てるメニューだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早朝や夜中が多かったため、練習には、夏休みを日本で過ごしていた私も、タクシーでよく送って行き、終わるまで付き合った。何しろ激しすぎるスポーツなので、練習前は軽いサンドイッチぐらいしか食べられない。沢山食べ過ぎると、吐いてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たっぷりの水と、練習後のお弁当を持って、本当によく高田の馬場のアリーナに通った。中は氷で物凄く寒いので、見ている私には、夏でも厚手のジャンバーと膝がけは、必需品だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コーチなどから話を聞くと、こんな練習は、1日一度でも相当疲れるそうだ。しかし、地球人は自分から志願して、特訓練習後も更に他の大学のチームを紹介してもらい、キーパーとして、参加させてもらって、実戦経験をつんでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり1日合計5時間ぐらい氷に乗っていた日も多かった。従って、こちらも二食分ぐらいの食料持参でないと、アリーナ内のカップラーメンばかりになるので、たくさん作って持って行き、食べ盛りの地球人の胃袋管理にも注意していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎朝5時半からの練習というのは、スケート場での身支度する時間も考えると、4時半には家を出なければならず、3時半ごろからお弁当づくり。親も半端な気持ちじゃ応援できない激務だった。しかし、練習を終え、疲れていても、本当に嬉しそうに戻ってくる地球人を見ると、「ようし～～！！又、明日も頑張るか～～！！」という熱い気持ちが湧いてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それ程、この頃の地球人のホッケー熱は、火傷をするほど熱く、こちらに伝わってきた。こうして、地球人は毎年夏、我が家のアルバイト、ホッケーの練習、秋葉原通い、友達との交際、と毎日時間を無駄にすることなく、忙しく夏休みを過ごして行き、「ホンじゃね！！又来年！！」と言い残し、颯爽とカナダに戻っていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎年夏が近づくと、日本の家族は、「オイ！！又、テツ台風がやってくるぞ！！あいつが居ると、なんだかこっちまで、忙しい気分になる！！」と噂しながらも、その帰国を待ちかねていた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-2404979792080722949?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/2404979792080722949/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=2404979792080722949' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2404979792080722949'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2404979792080722949'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/09/blog-post_1796.html' title='地球人の凄まじい執念'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-9075251047424962975</id><published>2008-12-04T08:23:00.003+09:00</published><updated>2008-12-05T23:31:08.904+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>ホッケー猛特訓開始</title><content type='html'>地球人が留学して、初めての夏休みが始まった。彼は、大きなアイスホッケーの防具を抱え、かなり背も伸びて帰って来た。勿論、その間、私は大学の春休みを利用して一週間ほど、様子を見にいったので、別にそれ程、離れている時間は長くなかったが、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時の地球人の頭は、アイスホッケーのことで一杯。とにかく凝り性なのだ。勿論、裏山でのスキーデビューも果たしていた。カナダ東部の冬は長く、スポーツを楽しむなら、ホッケー、スキー、スノーボードは花形だ。彼は、春休みの訪問時は、いつも私をアリーナに呼びつけ、自分のスケートの練習風景や、自分の学校と他校の試合などを観戦し、私に解説をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の姿を見つけて近寄り、何だか私にはわからないことをぺらぺらと話しかける学生に、自分もぺらぺらと答えていたので、後で訊くと、色々と私のことについて、訊かれたらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、地球人がクリスマス休暇で戻った時、「日常会話ぐらいなら、もう問題ないよ！！」と言った言葉は、嘘ではなかった。それは、学校のそこここで、積極的に友人と交わったり、家でいとことぺらぺらやっている様子からも、良く分かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人はたしかに、フランス語の試験の成績でも、「半年！！半年待ってくれ！！平均点を越える」という公約を守ったし、もしかしたら、ホッケーもやるのかな？？？と思ったが、こればかりは、氷上にどの位長く居たかという、練習の積み重ねがものを言うそうで、無理をして、怪我をしないよう、そればかりを願っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なにしろ、皆さんどの程度このスポーツを理解されているか知らないが、「氷上の格闘技」と呼ばれるこのスポーツは、とても激しいスポーツで、怪我も多い。前歯のない選手などはざらだ。アタッカーは1分半ぐらいに一人ずつ、すぐ新しい選手と代わる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1分半というが、氷を蹴って、全速力でパックを追ったり、シュートしたり、ディフェンスとぶつかりあったりしている選手には、この1分半ぐらいの時間が、最速のスピードを維持する、限界の時間だそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後に年寄りの冷や水で、普段ゴルフぐらいしかせず、体が鈍っていた兄が、「昔、俺もスケートでは結構鳴らしていたんだから、、、、」と、友人が参加しているホッケーの同好会に参加して試合に出たとき、危なっかしくて危なっかしくて、義姉が、「お願い、止めて~~~！！」と叫んだぐらい体力が追いついて行かず、戻ってきて、「いやあ、このスポーツは本当に凄くきつい！！心臓が喉から飛び出すかと思った！！」と述懐していた。本人には、とてつもなく長く感じた時間だろうけど、僅か1分そこそこの出場でこの有様。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とにかく、そんな激しいスポーツに、正式に挑戦の宣言をした地球人は、日本のホッケーのセミプロに厳しい訓練を受ける覚悟で、夏休み休暇に戻ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただただ、卒業前の一年、学校の正選手となって、母校の為に戦い、その雄姿を私はじめ、応援してくれる人々すべてに見せつつ、自分も楽しみたい一心で、、、。まだ、地球人がスケート靴を生まれて初めて履いてから、わずか半年後の猛特訓開始だった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-9075251047424962975?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/9075251047424962975/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=9075251047424962975' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/9075251047424962975'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/9075251047424962975'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post_04.html' title='ホッケー猛特訓開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-2301635874442628265</id><published>2008-12-02T08:17:00.004+09:00</published><updated>2008-12-02T09:06:00.827+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>又、又、無謀な挑戦！！</title><content type='html'>地球人は、フランス語の公約を達成し、クリスマス休暇を楽しむため、一人で元気に日本に戻ってきた。「どう？フランス語、大変だったでしょう？？」と訊く私に、「うん、ちょっとね。」と簡単に言って、「でももう、大丈夫だよ！！」と付け加えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大丈夫というのはどんな意味か分からなかった私が、再度確認すると、「もう、別に生活する会話には、不自由していないよ！！」とあっさり答えた。地球人がフランス語の環境に入って、まだ5ヶ月目ぐらいの時だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;印象としては、英語を入れた時より、かなり早い。でもそれには、義弟の、家族に対する厳しいルール、つまり、「家ではフランス語しか話させない！！」というケベック人独特の強いプライドが、大いに役立ったものと思われ、感謝せずにはいられなかった。やはり、言葉を早く入れるには、絶体絶命の環境が最高で、無理にでも使っていれば、すぐに慣れてくるからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フランス語の公約を果たした地球人の新たな目標は、もう、勉強にはなかった。彼は、「ねえ！！ママ、お願いがあるんだけど、、、、。アイススケートの靴、買ってもいい？？」とねだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「エッ！！アイススケート？？」と訊く私に、「ママ、アイスホッケーってカッコいいよ！！僕もホッケーやりたいんだけど、クラブのコーチに言ったら、まずスケートから練習しなくちゃ、とてもホッケーはできないって言うから、、、、」と、すでに夢はホッケーに飛んでいる。アイスホッケーの素晴らしさばかり、トウトウと語って、彼は日本で買った、新しいスケート靴を抱え、又、ケベックに戻って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;確かに、あの立派な学校のアリーナを見学してきた私は、カナダの国技とも言えるアイスホッケーに、この学校が、どれ程力を入れているのか、すぐに分かった。予想どおり、この学校のアイスホッケーチームはかなり強豪で、正式な第一グループの選手になるには（正選手）、大勢の希望者と一緒に厳しいテストに参加して、見事パスしなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;正選手は学年で僅か20名そこそこしか選ばれないのだ。その正選手達は、栄えある学校のユニフォームの着用を許され、ホーム用、ビジター用と2種類準備して試合に臨む。他校との交流試合にも始終出かけて行き、時には国境も越えて、遠くアメリカにまで遠征していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな選手達の練習や試合の風景を見ていたら、地球人の体は、やりたくてやりたくて、ウズウズ。堪らなくなってしまったらしい。そして、まだスケートをやり始めてすぐの頃、無謀にも、「俺、この学校を卒業するまでに、必ず、学校の正選手になって、あの格好いいユニフォーム姿をママに見せてやる！！」と宣言してしまったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これを聞いた義妹夫婦は呆れたような顔をして、「無理、無理、無理！！カナダの子は2歳ぐらいからスケート靴を履いて滑り始め、4歳ぐらいからは、地元のクラブに入り、厳しい訓練を受けている子がウジャウジャ一杯。そんな子供でも、この学校では正選手になれず、B クラスや Cクラスに甘んじているのがたくさんいるのに、、、、、」と、頭から相手にして貰えなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;確かに地球人のいとこの、2歳ぐらい下の男の子は、かなり前から、地元のクラブチームで特訓を受けていて、義弟も義妹も、週に3回ぐらい交代で送り迎えをし、週末は試合にも参加していた。試合は大抵、隣町の同年代の子供たちとのトーナメントで、かなり頻繁に行われており、自分の町や地区を代表する子供のチームを応援する、親たちのフィーバーぶりは、凄まじいものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ああ、カナダ人は本当にアイスホッケーが好きなんだなあ！！」と私は初めて知った。日本では、まだマイナーなスポーツのアイスホッケーだが、カナダの子供達にとっては憧れのスポーツで、アイスホッケーの英雄の背番号を背負ったチビッコの可愛い滑りには、思わず微笑んでしまうほど。ヘルメットを被り、防具をつけ、氷の上をヨチヨチと滑っている2~3歳のチビッコは、本当にロボットみたいで可愛かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ご存知だと思うが、ケベックの学校制度はアメリカや日本と違い、中学高校が連結していて、5年制。その後2年間のセジェップ（専門学校）、それから大学に進む。すでに地球人は最初の一年は、スケートだけで終わり。本格的なホッケー練習など、したこともない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし、「正選手になる！！」という無謀な公約を本当に果たすつもりなら、あと僅か3年しか与えられた時間がない。しかし、何度も言うようだが、地球人は頑固で、一旦自分でやると決めたことを誰かに、「無理、無理、無理！！」などと笑われると、「よ～～し、やってやる～～う！！」という静かな反骨心がかなり強い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まだ、1年生の終わりの夏休みにはかなり間がある頃、地球人は日本の兄に、「今年の夏休は、ぜひ、日本のアイスホッケーチームで特訓をしてもらいたいんだけど、ジジ（地球人は兄をこう呼ぶ）、誰か適当な人知らない？？」と連絡してきた。兄は、早速、同じ旅館組合の友人が、昔、高校、大学時代にアイスホッケー選手だったことを思い出し、連絡してくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そもそも、日本ではあまりメジャーなスポーツではなく、やりたくても、防具を買うだけでもかなり高く、なかなか子供には習わせ難いアイスホッケー。北海道や東北などの寒い地方なら、野外アリーナも多く、ポピュラーだが、まさか東京の、しかも兄の遊び仲間の一人に、偶然にもそんな人が居たなんて、、、、ここでも本当に地球人は強運の持ち主だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この友人は、高校、大学リーグでかなり鳴らした選手だったとかで、アイスホッケー界に顔も広く、早速、高田の馬場にあるアリーナのコーチに渡りをつけ、地球人をそのコーチと仲間達で、特訓してくれるよう、アレンジしてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、夏休みが来る前に、カナダで古い防具を買いそろえ、張り切って日本に帰国した。彼の選んだポジションは、何ともっとも責任の重い、ゴールキーパーだった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-2301635874442628265?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/2301635874442628265/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=2301635874442628265' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2301635874442628265'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2301635874442628265'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/12/blog-post.html' title='又、又、無謀な挑戦！！'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5298237718271076949</id><published>2008-11-30T06:27:00.003+09:00</published><updated>2008-11-30T07:11:48.279+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>地球人の公約</title><content type='html'>地球人の中学校は、当時、前半4ヶ月ぐらい、後半4ヶ月ぐらいで、夏休みに入る。一学期には、1ヶ月に一度ぐらい小テストが行われ、2ヶ月目が中間テスト、3回目が小テスト、4回目が学期末テストだったように記憶している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎回のテスト後、本人の成績とクラスの平均点が学科ごとに発表された。夏休み以外にもイースター休暇、クリスマス休暇など、休日も多く、実際に勉強していたのは、７ヶ月弱ではないかと思う。前期、後期、すべての授業と試験が終わると年間の平均点がでる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が私に「フランス語？？半年、半年待って！！絶対クラスの平均点以上とって見せる！！」と、どこから出るのか分からぬ「クソ自信」を示して、自身で留学先に決めたこのケベックの学校は、はや新学期を迎え、最初の小テストの成績を発表していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、ファックスで、その最初の成績表を送ってきた。フランス語は、、、、、ええっと、、、、、、と慣れない成績表をたどって行く。「へへへ、、、やっぱり！！」と納得がいった。思ったとおり平均点以下だった。 （この成績表送付は本当に自主的）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;数学、英語、体育、音楽などの成績には、最初から心配はなかった。しかし、私が心配したほどは、歴史、科学、社会、地理、宗教などの成績も悪くない。やっぱり、英語とフランス語は共通語が多いから、かなり読むのには、英語の知識が役だったのだろう。書くのも、アルファベットで綴るのは同じ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;平均点以下ではあったが、最初のフランス語の成績も、思った程悲惨ではなかった。私は惨敗を予想していたが、それほどでもない。中間試験も終わり、又、成績表をファックスで送ってきた。前とあまりかわり映えしないが、少しづつ、上がっている。そこで、初めてクラス名を注意して見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、ガクゼンとした。なんとあれ程お願いして置いたのに、地球人は（H）クラスに配属されている。早速、義弟に電話でいきさつを訊いてみて驚いた。校長先生と義弟が相談し、地球人の意見を尊重すべく尋ねたところ、地球人自身が敢然と、（H）クラスでやって見たいと言ったのだそうだ。校長先生は多分IOWAテストのコメントをかなり参考にしたらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、すでに約２ヶ月が過ぎており、取りあえず大きな問題もなさそうなので、そのまま黙認した。なにせ、地球人は頑固だから、自分で決めたことなら、簡単には変えないだろうから、、、、。クリスマス休暇の楽しみを胸に、地球人は生まれて初めて、真剣に夜の12時ごろまで、勉強したらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い義妹の長女がとても勉強好きで、成績もよく、かなり地球人の手伝いをしてくれたらしい。次の小テストでは、もう、随分とフランス語の成績もあがり、「平均点越えまで後一歩」のところまで、迫っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その成績表をみて、「エッ！！本当にやりそう！！」と、私は我が子ながら恐れをなした。日頃から、「子供には無限の可能性がある！！」とか、「大人が勝手に子供の才能を決め付けるな！！」などと格好いいことを言ってたのに、フランス語の空白の１２年間には、さすがに高い壁を感じ、「健康第一！！」などと、少し弱気に成っていた私なのに、地球人は、「普通クラスの平均点越え」ではなく、「特別クラスでの平均点越え」という、過酷な挑戦を自分自身に課していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の「フランス語？？半年待ってくれ！！必ずクラスの平均点を越える！！」と宣言した公約は、私のみならず、義妹一家にも、「無理無理！！そんな簡単じゃないよ！！」と言わていた。いよいよ約束の期限がせまり、学校の前半最後の期末試験が行われた。試験の成績が発表されれば、いよいよ楽しいクリスマス休暇。日本に帰れる。皆に会える。地球人は渾身の力を込めて頑張ったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、当時歴史140年弱の名門私立中学校の、しかも精鋭を集めた特別クラス（H）の前期の期末試験の成績で、見事に私への公約を果たした。授業開始後、わずか4ヶ月目。ケベック上陸後、すべての時間を加えても、丸5ヶ月に満たない、短時間（試験実施時）での快挙だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の耳と語学学習能力は、私の想像をはるかに超えるスピードで、この困難を克服することができた。そのフランス語の成績は、クラスの平均点を５点も上回り、賞賛に値するものだった。公約を果たした地球人は、大きな顔をして、クリスマス休暇に、日本へ凱旋帰国した。私もうれしい誤算に、大いに地球人をねぎらい、楽しい年末休暇を日本で過ごした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5298237718271076949?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5298237718271076949/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5298237718271076949' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5298237718271076949'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5298237718271076949'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/09/2441234-hhiowa.html' title='地球人の公約'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4540671040020871891</id><published>2008-11-28T07:58:00.004+09:00</published><updated>2008-11-28T08:13:09.529+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>フランス語との戦闘開始</title><content type='html'>&lt;div align="justify"&gt;地球人が日本の我が家から留学先に向かう頃には、もうすでに、日本の家族もかなり国際化されており、湿っぽい、別れの悲壮感はなかった。というのも、地球人は、留学最初の年でもあり、日本の家族とクリスマス休暇を過ごすことになっていて、僅か5ヶ月ちょっとで、又、会えるとわかっていたからだ。勿論、その時は私も日本で合流することになっていた。&lt;/div&gt;&lt;div align="justify"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;フランス語の問題だけを考えれば、丁度耳が慣れ、調子が上がってくる頃。勿論、ケベックで頑張れるだけ頑張った方がいいのかも知れないが、やはり、初めて親元を離れ、独立する地球人の心のケアを考えたら、クリスマスに一度、会える楽しみを胸に頑張った方が、効率が上がるだろうと考えていた。この日のために新調した、紺のスーツを身に着けて、ラジコンカーの入ったリュックを担ぎ、地球人は日本の家を後にした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;義妹の家に着いたら、地球人の為には、なるべく早く、フランス語漬けにした方がいい。その為の新学期開始よりかなり早いケベック到着。私は、地球人を送りこんだら、一週間ぐらいで、早々に戻ってくる予定だった。だから、直接モントリオールには入らず、3日ほどバンクーバーに立ち寄り、時差調整と母子の旅を楽しむことにしていた。従って、地球人の初のカナダ上陸地は、バンクーバーだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スタンレーパークに行ったり、市街地をぶらぶらしたり、地球人の大好きな海鮮料理のレストランで、魚介類を食べたりして、旅を楽しんだ。ワイン入れのようなミニバケツに入った山盛りの貝や、海鮮料理を美味しそうに、次から次へと平らげて行く地球人。まったくいつもと変わりない。「確かに、厳しく鍛え上げた成果が出ているなあ！！」と、ホッとした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼には、これから待ち受けている、新たな環境や、フランス語での学習に対する不安感も緊張感も全く感じられず、食欲も抜群。明るく笑って元気一杯だった。港に近いホテルのベランダから、綺麗な夕陽を眺め、停泊しているヨットやクルーザーの風景を母子で眺めた。ふと時計を見ると、もうかれこれ夜の11時近く。ようやく暗くなり始めたのが、こんな遅く。「地球は広い！！」と改めて深い感慨を覚えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この旅は、地球人よりむしろ、私の方が不安で、感傷的になっていた。ベストを尽くし、鍛え上げたとは言え、親から離れ、初めての独立生活。「本当に大丈夫なのかな？？」と落ち着かない気持ちだった。地球人は、「お休み！！」と何の屈託もなく眠りにつき、改めて我が子ながら、「逞しいなあ！！」と羨ましくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バンクーバーから、いよいよ目的地モントリオールまで、5時間のフライトだ。この頃には、すでに一人旅も含め、飛行機に乗りなれていた地球人は、チェックインやボーディングを待つ間、ちょっとでも時間が出来ると、雑誌を出して読んだり、本当にボ～～～ッとしている時間が少なく、その準備と段取りのよさには感心した。これなら大丈夫だろうと、少し安心した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フランス語の準備としては、約一年余、私の教えていた大学のフランス語系の先生に、週に2時間ぐらい、会話を習っていた程度だが、後の地球人の話では、「あんなもん、やっても無駄！！全然役に立たなかった！！」と失礼な本音をいっていた。私も自分の過去の経験から、「週2時間ぐらいの会話じゃ、まあ、気休め程度ぐらいにしかならないだろう！！」と予想していたので、「やはり、、、、」と思ったぐらいだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;義妹の家に着いた地球人は、早速、家族全員から、フランス語の洗礼を受けた。耳にするのはフランス語ばかり。勿論まだ、地球人には対応しきれない。しかし、彼にはめげている様子は全くなかった。ジッと耳を澄ませ、真剣に聴いていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、すでに彼の耳に開いてある音域なら、フランス語の発音にはかなり早く対応でき、日常会話ぐらいなら、あまり時間はかからないだろうと期待していた。しかし、まだまだそれを証明するには、時間がかかるし、安心はできない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何よりも心配だったのは、フランス語で、物理、科学、歴史、社会、作文、宗教などの授業があることである。勿論、読んだり書いたりもしなければならない。それに、フランス語の文法は、習ったことがある人なら、誰でも知っていると思うが、非常に決まりごとが多く、複雑だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フランス語の空白の12年間を、彼の耳がどの位早くとらえられて、どのぐらいでネイティブの人々に語彙が追いつけるのか、皆目見当がつかなかった。ただ、唯一の救いは、フランス語と英語は、かなり似ているスペルが多く、「読めば、意味は想像できるものが多いのでは？」と思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たとえば、music は musique。皆さんもすぐ想像できるでしょう？？chanceはchance（フランス語はシャンスに近い発音）など、全く同じスペルで発音のみが違うものも含めれば、共通語は数万語あると言われているので、英語の読解力が強い地球人には、大きな助けになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すでに、英語の語彙の空白の5年間を埋めた経験がある地球人。この時は、まったく共通語のない言葉を耳でとらえ、読み、書き、話すことも追いついたのだから、共通語がかなりあるフランス語も、そのうち彼ならなんとかするだろうと、ただ信じたい気持ちで一杯だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし前に義弟から、外国からの留学生、特に東洋からの留学生には、フランス語の壁は高く、それらの学生のほとんどが、留年を余儀なくされたり、補講をさせられたりして苦戦していると聞かされており、「まあ、その時になってオタオタしないよう、心の準備だけはしておこう！！」と自分に言い聞かせていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこの時、「健康第一！！ダメなら又、やり直せばいいじゃん！！」という、我が家のルールをあくまでも貫く覚悟でいた。こうして、後ろ髪を引かれる思いで、地球人をモントリオールに残し、私は日本経由で台湾に戻った。もう、泣いても笑っても、新たな地、ケベックでの戦闘の火ぶたは切られた。こうして、地球人の過酷なフランス語との戦いは始まった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4540671040020871891?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4540671040020871891/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4540671040020871891' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4540671040020871891'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4540671040020871891'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_28.html' title='フランス語との戦闘開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-3053951243693563118</id><published>2008-11-26T09:12:00.005+09:00</published><updated>2008-11-26T13:41:37.369+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='３。地球人留学（中学、高校、秘話）'/><title type='text'>サラバ台湾！！地球人出陣！！</title><content type='html'>いよいよ留学先が具体的に決定したので、我々は、地球人の出国手続きを開始した。何しろ、一人での留学の為、提出する書類は多かった。カナダでは14歳以下の子供は、一人で家で留守番をすることすら許さぬ、厳しい規定があった。中学一年生から、親元を離れて留学する外国人は、まだそれほど多い時代ではなかった。（特に東洋から、、、、）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;保証人の身元引き受け同意書、保証人の銀行の預金残高証明書、親から身元引き受け人への委任同意書、親の預金残高証明書、パスポートなどの渡航書類のコピーと本人の写真、本人の英訳された戸籍謄本の公正証書、学校の入学許可証などなど、ビザ申請書類への添付書類はかなり多く、時間がかかる面倒なものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学校の環境を確認した私は、地球人の病気にはあまり心配をしなかったが、運動施設の多い、あの中学校では、怪我は大いにあり得ると心配だった。勿論留学先の中学校の入学費用の中には、色々なものが含まれ、最低限度の疾病と怪我に対する保険も掛けられている。しかしそれでは安心できないので、AIUの一年ずつ切り替える保険にも加入した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、保険はあくまで、病院に掛った後、病院からの証明書があって、はじめて支払われるもの。怪我や、とっさの入院に際しては、十分な預金を身近に置いておき、彼一人のサインでどうにでもお金を動かせるようにしておいてやりたかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「備えあれば憂いなし」、、、まさにそんな気持ちで、生活費として使う普通預金口座以外にも、redeemableの貯金を彼名義で積み立てておいた。この貯金は、当時のカナダでは、かなりな金額だったが、早くから金銭感覚を訓練し、独立訓練を施してきた地球人には、身近にこのような大金をみても、惑わされることなく、心のコントロールが利くことは、すでに確信が持てていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の留学には、避けては通れぬ面倒な手続きを、我々は黙々と消化し、カナダの義妹夫婦とも何度も連絡をとりあった。働きながらの手続きだったので、大体半年ぐらい掛った記憶がある。正式な学生ビザがおり、地球人が台湾を離れたのは、英語教育小学校の6年生の終了式が終わってから、間もなくの事であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時、台湾を離れるに当って、地球人は自分が20歳になり、自ら台湾国籍を放棄するまでは、なつかしいこの地に、戻っては来られないことを、十分に理解していた。台湾では、男子は中学一年生から、兵役予備年齢となり、出国は大きく制限される。戻った場合、2年ぐらいの兵役義務を、高校卒業時、大学卒業時、大学院卒業時、のいずれかの後に果たすまでは、再出国は出来ない法令となっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、もう一度戻る時は、自身が20歳を越えた時、つまり、我が家の愛犬はすべて神に召された後、ということを覚悟して、別れの朝は、一匹ずつ頭をなぜ、何かぶつぶつつぶやいていた。人間との別れは？？？勿論、皆さん気になるでしょうが、元々、夫の親戚はロスアンジェルスに多く移民しており、カナダで地球人が行くところは、舅姑にとっては、実の娘の家。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫の親族には、それ程の別れの悲壮感はなかった。姑に至っては、母とも慕う実姉がロスアンジェルスに住んでいるし、かなり多くの親族もロスアンジェルスに移民しているので、カナダの娘のところを訪問する大儀名分も出来たし、「ポポ（姑のこと）もすぐ行くからね！！頑張るんだよ！！」と、むしろウキウキと嬉しそうだった。そして、その後の姑は、ほぼ毎年、台湾の義姉に舅の世話を任せ、ロスアンジェルスに2ヶ月、カナダに1ヶ月と海を渡って、地球人に会いにいった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前にも触れたとおり、地球人の最大の渡航荷物は、自身が製作改造したラジコンカーだった。カナダに留学する年も、例年の通り、まず日本の我が家に落ち着いて、1ヶ月、新たなラジコンカーなどを製作しながら過ごした。いつもは大体3ヶ月の日本滞在だが、この年は、なるべく早くケベックについて、フランス語の生活に馴染むため、1ヶ月で日本滞在を切り上げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;丁度地球人が日本からカナダに出発する頃、我が家には、後に野球のメジャーリーグのパイオニアとなった、ある有名な選手が滞在していた。彼は、当時まだ、社会人野球チームのひとつに所属していて、まもなく開かれる、野球の国際試合に参加するため、出発前のひと時を我が家に滞在していたのである。我が家は後楽園球場にも歩いて20分ぐらいの距離にあり、当時、夏の都市対抗野球に参加するチームの定宿ともなっていて、彼との縁が生まれていたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時から、「100人に一人の柔らかい筋肉をもった、素晴らしい選手」と監督やトレーナーなどにも評判で、すでにファンの注目の的だった彼も、我が家では、物静かで、礼儀正しく、黙々と先輩選手のお世話をしていた。「超一流の大物とは、どんな分野の人でも一味違うんだなあ！！」というのが、後の我が家全員の偽らざる印象であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は、顔見知りになった地球人が、まだ幼くして、遠くカナダに留学する為、間もなく日本を離れると聞いて、「お互いに頑張りましょう！！」と握手して、地球人を励ましてくれた。この時写された彼との記念写真は、地球人の「思い出写真集」の一枚となり、今、地球人のブログのスライド写真にも公開され、大切な宝物となっている。地球人は幸先良く、未来の大リーガーに見送られ、勇躍日本を後にし、カナダへと旅立っていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-3053951243693563118?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/3053951243693563118/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=3053951243693563118' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3053951243693563118'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3053951243693563118'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/09/blog-post_27.html' title='サラバ台湾！！地球人出陣！！'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-3952758131974584021</id><published>2008-11-24T08:59:00.003+09:00</published><updated>2008-11-28T11:24:31.268+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人の留学先下見</title><content type='html'>地球人のフランス語への自信を確認した私は、小学校5年生の夏、大学の夏休みを利用して、地球人の留学先候補となっている学校を下見の為、母と一緒に旅に出た。持参したものは、地球人の4年生と5年生の成績表と、IOWAテストの試験の成績、写真などであった。孫の留学先を見ておきたいと、母も付いてきた。「肝っ玉母さんへの恩返し？？？」で触れた、シカゴで母がスリにあった、そう！！その旅行。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;義妹とその夫がモントリオールの空港まで、迎えに来てくれた。夫とそっくりな義妹はすぐわかった。義弟はとてもハンサムなケベック人。さっそく、その日は家に連れて行ってくれた。家では、地球人とはいとこにあたる義妹の3人の子供が出迎えてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人より上に女の子2人、下に男の子1人という構成で、地球人が来れば、この女の子2人と男の子の間に地球人が入る。私は元々、中学1年から、できれば寄宿舎に住まわせたかったのだが、舅姑の意見も強く、最初の一年目はこの義妹の家にお世話になることに成っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が留学する予定の中学校は（高校まである）、この義弟の母校、そして、2人の娘もすでに勉強中で、いずれは、下の息子も入る予定の、まさに、義妹以外、家族全員の母校となるところだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;義弟はアメリカの大学卒業後、母校に戻って、教鞭をとっていた。娘2人は、義妹夫婦の意向により、中学1年の時から、8クラス有る中で、1クラスだけ、カリキュラムにラテン語があり、数学などの進み方も、他の7クラスより速い、言わば特別クラスに入っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;A,B,C,D,E,F,Gクラスは、ごく普通の進み方をし、Hクラスのみが、その特別クラス。つまり進度が速く、難しいクラスだ、ということが、義弟の説明でわかった。他の7クラスの学生と点数が同じでも、大学に進学する時、この特別クラスの卒業生は、評価が全く違う（高く評価される）という義弟の話を聞いた。然し私はすぐ、地球人には無理をさせたくないと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何しろ全くフランス語ができないのである。だから私は普通のクラスに入れてくれるよう義弟にお願いした。何せ、いくら本人が自信があっても、普通のクラスすら付いていけないのでは、というのが、当初の私の心配だったからだ。フランス語空白の12年間を即座に埋められるほど、中学からの勉強は甘くない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;義弟は、「とにかく、自分が保証人になって、この学校に入れる以上、自分を信頼して、すべてを任せてくれ！！」といった。もっともな言い分なので、とにかく彼に任せることにした。義弟は非常にプライドの高いケベック人で、夫婦とも英語は堪能だが、「我が家の方針で、家では子供達に、フランス語しか話させていないので、テツにもこのルールは守ってもらう！！」と言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ウ～～ムムム！！、、、、」と一瞬、私は反論しかけたが、とにかく有無を言わせぬ頑固な様子。私は何も言わなかった、というより、言えないムードだった。「明日、学校へ案内し、校長先生に挨拶してもらうから、、、、」という話だったので、取りあえず、その晩は早く寝た。すでにシカゴで時差調整は済んでいたので、カナダ初上陸の晩は良く眠れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;翌日、学校を訪問して、本当にその環境のよさには、心から満足した。学校はこの下見した時点で創立140年弱の歴史を持つ、お城のような堅固で優美な建物。学校の敷地内に、サッカー場、野球場など、多くの広々とした野外運動施設がある。中を案内してもらって、更にその設備のよさには感心した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;広々とした教室はもとより、大きな屋内競泳プール。体育館は、バスケットや、テニスコート、その他、多目的に対応できる行き届いた設備。どこも天井が高く、広々とした空間。カフェテリアと寮の設備も言うことなし。荘厳な講堂や礼拝堂、音楽教室と劇場も完備していて、誇り高きカトリック校の面目躍如。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして多分この学校が、というより学生が、最も誇る建物は、アイスホッケーアリーナ。後に私は幸運にも、長野の仕事の取引先から、長野冬季オリンピックのアイスホッケーの試合に招待された。オリンピック会場に入った瞬間、すぐ、この地球人が留学した中学と高校のアイスホッケーアリーナを思い出したほど、一学校の施設とは思えぬ、木目が綺麗で、高い天井を持った、立派なアリーナだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アリーナの管理費はとても高く、アリーナを持たない学校も多い中、「ここの学生は幸せだな！！」と思ったが、当時地球人は、スケート靴を履いた経験すらない人。「まあ、地球人には関係ないか！！」と思った。多分この学校は、私が台湾で教えている大学と同じように、カトリックの色々な団体から、援助がかなりあるのでは、、、、と思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;驚きは、まだまだあった。なんとこの学校の裏山が、夏はトラッキングコース、冬はスキー場になるのだ。冬、学校の学生は、やりたければ毎日でも、放課後スキーができると聞いて、本当に素晴らしい環境だと思った。勉強や進学だけの目的なら、モントリオール市内にも良い学校はあるにはある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、私の理想とする地球人の留学先の環境は、多くのスポーツも楽しめる、健康的な環境だった。ここは、行動力豊かな地球人には、願ってもない環境だと、改めて思った。又、この学校の強化科目は科学。数学と科学が強い地球人には最適だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;構内見学をすませ、さっそく校長先生にご挨拶に伺った。地球人の成績表などの資料を見せ、来年からの受け入れを正式にお願いすると、校長先生は地球人のIOWAテストの成績などにざっと目を通して、コメントなども読んでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;校長先生は一応全ての準備書類に目を通された後、義弟が保証人でもあり、問題なく受け入れを許可して下さった。この学校に入学したら、地球人は毎日、紺、黒、チャコールグレイのいずれかの色の上着を着用し、ネクタイをしめて登校することが、義務付けられる。その他、セーターや運動着などの、学校の制服が準備されている。とにかく、すべての印象が、歴史の重さをひしひしと感じさせる、重厚な感じだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;挨拶や躾も、かなり厳しく鍛えられる。その事は、何かの理由で、夏休みなのにまだ学校に残っていた学生が、私達や先生に出会って、行儀良く挨拶する様子からも想像できた。私は、暴れん坊の地球人には、それもいいなと思った。もう、ジェントルマン教育も必要な歳だったから、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番大切な入学の問題が片付き、義妹夫婦は我々を、オタワに案内してくれた。オタワはご承知の通り、カナダの首都。立派な国会議事堂の中を案内してくれた。イギリスのエリザベス女王の肖像画が飾られたこの議事堂の前では、イギリスのバッキンガム宮殿前と同じ、衛兵の交代式が1日に何回か行われ、馬に乗った兵士と徒歩の衛兵が、例の黒くて長い帽子をかぶり、華麗な交代式典を行っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この義妹の家に滞在中も、肝っ玉母さんの話題作りは、健在だった。朝、食卓でのこと。椅子に座るのがあまり好きじゃなかった肝っ玉母さんは、畳の上にすわるように足を崩して椅子に座っていた。食後、日本語なんか分からない義妹夫婦に、ぺこぺこと頭を下げて、「まあ、まあ、ご馳走様でございました！！」と言いながら、スックと立ち上がった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;途端に、どういうわけか、履いていたシルクサテンのズボンがスポン！！、、、見事にスルリと下に落ちた。哀れな肝っ玉母さんは、初めてお邪魔したこの家で、いきなりあられもない姿になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;びっくり仰天の肝っ玉母さんを見たとたん、さすがの謹厳実直な義弟も義妹も、唖然としたが、すぐ堪え切れずに大爆笑。しばらく腹を抱えて笑っていた。この粗忽な肝っ玉母さんのハプニングで、初対面の義妹一家と私達の距離はイッキに縮まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;翌日、取りあえず銀行に行き、地球人と私の連名の口座を開いた。そして、予定どおり、地球人に小切手帳を貰った。帰国後早速、地球人の学生ヴィザや学校の入学手続きを開始するには、必要不可欠な準備だからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、留学先下見旅行の日程は順調に消化され、義妹一家にあられもない、鮮烈な印象を残した肝っ玉母さんと私は、学校のパンフレットと入学準備書類を抱え、帰路についた。いよいよ地球人の飛翔も、あと一歩の、秒読み段階に入ってきた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-3952758131974584021?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/3952758131974584021/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=3952758131974584021' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3952758131974584021'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3952758131974584021'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_24.html' title='地球人の留学先下見'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-204722561641250704</id><published>2008-11-22T06:21:00.011+09:00</published><updated>2008-11-22T09:04:28.040+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>犬が教えてくれたこと</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;地球人の人格形成に、大きな役割を果たしてくれたもののひとつに、愛すべき犬達の存在を忘れることができない。何故、郊外型の広い土地と、多くの犬が必要だったのかというと、独立訓練以外にも、人格形成に必要な要素を含んでいたからだ。 &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;勿論、今の地球人の人格が、そんなに誇れるものかどうか、それは分からない。しかし、私は、少なくとも、男の子の高いプライドを考えて、直接子供に、「お前はここがダメだ、あそこが気に入らない！！」という言葉は成るべく言わないようにしていた。しかし、何もかも褒めすぎる教育は、倣岸不遜な人間を作り上げてしまう懸念がある。そこで、我々の愛すべき犬達が、実によい性格のサンプルとなり、地球人と私の話題にたびたびのぼった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;犬好きな地球人は、それぞれの犬の個性を良く観察し、彼なりの意見ももっていた。なにしろピークの時には、シェパードが嫁をとり、子犬も生まれ、17匹も飼っていたのだから。一匹だけでは分からなくても、17匹もいれば、色々な個性が良く分かる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他のものを押しのけて、意地悪する犬。譲って、可愛がられる犬など。本当にその個性の違いは顕著に見られた。又、我が家の周りに住んでいる人は、週末だけ別荘として住む人も居て、帰る時は、犬だけ我が家の前庭に預けて帰った。暗い犬、明るい犬、意地悪な犬、親切な犬、わがままな犬、煩い犬、忙しない犬、悠然とした犬、奥ゆかしい犬、品のいい犬。観察すれば本当に皆、性格が違う。勿論、頭の良さも悪さもすぐわかる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうした、家族共通の可愛い犬達を守り抜く為、地球人と私はよく協力した。そして、犬の性格を通じ、理想とする人間像にも、触れていった。前にちょっと述べたが、汚く、ミスボラシカッタ野良犬は、実に性格も頭もよく、我々にも、近所の人にも、一番可愛がられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分から餌を横取りすることなど、まったくなく、いつも傍らで横になりながら、他の犬に餌を譲って、静かに待っていた。そんな姿には犬ながら、端然とした品格すら感じた。&lt;/div&gt;&lt;p&gt;これは近所の人も同じ意見で、彼は本当に、素晴らしい心を持った犬だった。地球人が最も愛したボビーは、本当にお人よし（？？？）お犬よし（？？？）だったが、頭が少し弱く、抜けたところが多かった。笑える愛すべき犬だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かくして、我が家では、動物や植物の飼育を通じて、地球人に、なるべく広い心と、謙虚な心を育みたいと願っていた。地球人の、子供好きで、ペット好きの性格は未だに変わらず、かなり、気短な性格も丸くなっているように感じる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、日本でも年寄りに、犬を使ったアニマルセラピーが、かなり普及しているが、アメリカでは、青少年の犯罪者に、犬の世話と訓練をさせて心を癒し、人格矯正をしているそうだ。この試みには、私は大いに共感できる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;親は時として、可愛さ余って、子供の人格を傷つけるような叱り方をしてしまう。それは勿論、子供にすでに、高い理解力が生まれてからなら、叱ることも賛成だが、まだ小さい子供の時には、自信喪失や、不安感や、憎しみなどの、負の感情を育ててしまいがちで、百害あって一利なしだと私は思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、親が亡き後、その愛に気づく子も多い。しかし、かなり、しないでも良い、回り道なのではないだろうか。こんな時、親子がともに命を守り、飼育する、可愛いペットが、子供の人格形成に大きな役割を果たしてくれるやもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、地球人が毎朝5時半に起きて、守り育てた多くの犬は、すべて、もう天国に召されてしまったが、私は今でも、これらの地球人のペット達が、天国から地球人を見守り、応援してくれているような気がする。 &lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-204722561641250704?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/204722561641250704/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=204722561641250704' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/204722561641250704'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/204722561641250704'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_22.html' title='犬が教えてくれたこと'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-1977106618433166199</id><published>2008-11-20T07:17:00.002+09:00</published><updated>2008-11-20T08:54:35.328+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>独立訓練の完成</title><content type='html'>地球人の英語の実力を養成するのに、かなり役立ったと思われることに、遠距離通学がある。その頃から地球人は、非常に時間の配分を上手にすることを、考えるようになり、効率よく、家の手伝いや、自分の身の回りのことを、片付けていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;汽車の中で宿題をしたり、図書館で借りてきた分厚い本を読んだり、ラジコンの組み立てに関するガイドブックを読んだりして、計画的に時間を使うのが上手くなっていった。その為か、地球人の英語の読解力はかなり強く、先生からお褒めの言葉をいただくようになった。この読書の習慣が、その後の地球人の語彙補足に、大いに役立ったことと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;独立訓練は、日本への一人旅や、学校への遠距離通学の経験、毎日の労働による金銭感覚の養成などの継続で、5年生ぐらいまでには、ほぼ完成を迎え、大人と同等程度の、深い発想ができるまでになっていた。私は、カナダの留学先の学校見学にいったら、地球人の名前で学校の傍の銀行に口座を開き、チェックも自分で切らせ、すべての生活の管理を地球人に任せることにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;両親の信頼を、ここまで勝ち得るまでには、地球人も本当に数々の失敗をした。デモ隊の橋占拠の問題は、彼に責任はないが、幼稚園児なのに、その時の行き届いた発想から、その後は、何か失敗しても、自分で何とかできるだろう、と私は安心していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;色々な失敗の一つは、まだ郊外型の家に引っ越す前にしたことで、バスの中でぐっすり眠り込んでしまった地球人は、家のバス停を乗り過ごし、そのバスの終点まで行ってしまったそうだ。その時は生憎、財布を忘れてお金がなく、地球人はバスの路線沿いに40分程歩いて自宅までもどったそうだ。（まだ6歳ぐらいの時）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;郊外型の家に引っ越した後では、学校帰りの汽車の中で寝込んでしまい、ハッ！！と気がついたときは、降りる駅で、慌てて降りたら、学校のカバンを車内に置き忘れ、駅長室に交渉に行ったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;駅長さんに、「明日までに取り戻して上げる」と約束してもらい、この問題も自分で解決して家にもどった。この汽車は200キロ以上も離れたところが終点で、次の日、戻りの汽車で、地球人のカバンは約束どおり、運ばれてきた。その日1日、地球人は教材がなく、学校に手ぶらで行き、授業を受けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とにかく、そそっかしいのは、DNA。とても親として、大きなことは言えない。祖母からも何も言えない。何しろ、我が肝っ玉母さんは、旅館のお客さんが、「あの～～！！これ～～！！」とさしだす食べ物はなんでも、「まあまあ、恐れ入ります！！ありがとうございました。」とお礼を言ってうけとってしまい、お客さんが真っ赤になって、「2~3日、お宅の冷蔵庫で預かっていただけませんか？」と小さな声で気の毒そうにいうと、「あら、まあ、ゴメンなさい！！グワッハッハ！！」と自分は豪快に笑い飛ばすような、おっちょこちょいな人だったから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の失敗は、これとは違う、可愛いもの。でも失敗しても、一瞬で立ち直るのは、さすが濃いDNA。事が起きてからの判断力は、色々な失敗を経験し、益々磨かれていった。海外に留学すれば、こうした判断力は、必ず必要になってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早くから言葉だけでなく、こうした失敗を想定した、独立訓練を実施したのも、すべて、将来の地球人の、的確な判断力と強い精神力を磨く為。この頃、私はすでに、地球人の生活力には、かなりの自信を持つことが出来た。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-1977106618433166199?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/1977106618433166199/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=1977106618433166199' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1977106618433166199'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1977106618433166199'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_20.html' title='独立訓練の完成'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4811068922260378589</id><published>2008-11-18T07:20:00.004+09:00</published><updated>2008-11-19T00:00:39.353+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>IOWAテストとフランス語</title><content type='html'>さて、地球人の悲惨な英語のテスト成績は、2年生の終わりごろから、見る見る内に、改善されてきた。予想通り、語彙の成績は、まだまだ低い。しかし、それでも、ほぼ平均点ぐらいまでには、なんとか追いついてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3年生を迎えるころには、すっかり、学校生活にも慣れてきて、地球人は色々な課外活動にも、積極的に参加するようになっていった。音楽会、バスケの試合や練習、などなど。時には学校以外の会場で行われる、スポーツの試合にも、自分でバスの路線図を見ながら、行くようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃にはすでに、地球人の行動力は、かなり他の子供達のご両親から信頼を受けており、「あの子と一緒に行くんなら、行ってもいい！！」と親から許される子もいて、地球人はそれらの子供達を連れ、バスに乗って、色々な会場へ行くようになっていった。他の子供達も、大いにこの冒険を堪能し、友達も増えていった。地球人は、こうして朝から晩まで英語漬けの生活をおくるようになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「英語の実力も、ほぼ心配ないな！！」と私が実感を持てたのは、3年生の半ばぐらいの頃からだった。この場合の実力とは、読み、書き、話し、聴く、という4拍子が、ほとんどネイティブの同年代の子供と同じ、または上と判断できたという意味だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この私の実感は、4年生になってすぐ行われたIOWAテストでも、実証された。アイオワ州は全米の中でも、教育水準の高い州として知られている。IOWAテストとは、そのアイオワ州の大学で、長年、全米はもとより、ヨーロッパや、アジアなど、世界中の国々で、英語で教育を受けている小学生（中学生にもある）を対象に、行われている共通テストで、当時、地球人が勉強していた小学校も、当然このテストに参加していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界中の、同年代の、英語で教育を受けている学生を対象に行われるこの試験は、客観的な実力判断材料が得られることで、高い評価を受けていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このブログを書くに当って、懐かしく当時の記録を調べてみたら、地球人は4年生の時、初めてこのIOWAテストに参加しており、その時、すでに彼の成績は94%と記されていた。これは、同年代の世界中のテスト参加小学生の中で、6%のみの学生が、地球人と同じ、又は上であることを意味しており、「素晴らしい！！」とのコメントが添えられていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;グレード4、つまり4年生のグレード試験に参加した地球人は、このコメントの最後に、「この学生の現在の実力は、グレード6の平均水準があることを証明する」と書かれていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このテストの結果は、私が信じたとおり、間違いなく地球人の耳は、すでに空白の5年間（地球人は6歳から英語で教育を開始）を見事に捕らえ、もう、まったくネイティブと遜色ない実力を備えていることを、証明してくれた。私は大いに勇気づけられるとともに、改めて地球人の言葉の習得能力に、絶大なる信頼を持つことができた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4年生頃から、私は、真剣に、中学からの留学先について、地球人との話し合いを続けた。夫の両親も私達も、一番環境がよいのはカナダの留学先では、と思っていたので、色々な本や資料を見せて、地球人に説明を始めた。しかし、この頃は、ようやく地球人の英語の実力が証明され、ちょっと自信が持てたばかり。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし、中学からカナダで、、、、というと、最大の難関は、又地球人にとって、新たな言葉である、フランス語で授業に挑戦させなければならないことだった。なぜなら、カナダで候補に上がっていた中学校は、モントリオールの郊外にあり、義弟（夫の妹の旦那。ケベック人）がその中学校の教師だったからだ。夫の両親は強力に、この学校に入ることを勧めていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ケベックがフランス語圏であることは、すでに皆様ご存知のことと思う。地球人が中学から、このモントリオール郊外の学校で学び始めるということは、即、すなわち、又、大変な苦労を伴う新たな外国語習得、それも今度は、幼稚園からどころではない、かなり高いレベルの読み、書き、話し、聴く力を短時間で克服しなければ、大変な混乱を招くことを意味している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は早速、フランス語で勉強しなければならない、この中学校への進学について、地球人の意見を訊いてみた。私は彼に、「ママは早く勉強を終える事が大切なのではなく、確実に実力をつけてすすむことが、勉強には一番大切だと思うから、中学一年を2回やってもいいと思うよ！！全然問題ない！！こういう考えだから、英語教育の小学校に入れるときも、ワザワザ楽な幼稚園から始めさせて、英語に慣れさせた位だから、、、、、。」と本気で、おもっていることを言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「気楽で喜ぶかな？？」と思った私の予想は、大きく外れた。地球人は、「トンでもない事を言ってくれるな！！」とでもいうように、不服そうな顔をして、「何いってんだ！！フランス語？？別に。絶対に問題ない！！半年待ってくれ！！半年。半年で必ずクラスの平均点に追いついて見せる！！」と大いにプライドが傷ついたような顔をして、豪語した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、ジロリと私を見て、「英語の幼稚園だって、別に行く必要なんかなかったのに！！小学校からだって、絶対に出来た！！」と怒りすら含んだ声で言った。私は唖然とした。「どっから出てくるんだろう？？このクソ自信は！！」とビックリした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何しろ、地球人はその時点では、フランス語がどんなものかすら知らないのに、、、、、。中学からの勉強量は、とてつもなく多く、困難の凄さまじさは、容易に想像できる。しかし、彼の頭の中には、他の言葉を導入する自信や、彼なりのノウハウのようなものが、すでに生まれているらしく、私には想像もつかないプライドがあった。ひとまず、子供時代から多言語を入れておいてよかった、と改めて思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はこの話し合いの後、地球人の中学校と高等学校の留学先を、正式に、カナダのモントリオール郊外にある、歴史158年(2008年現在。1850年創立）の名門私立学校に決めた。そして、早速、その準備に入り、来年は入学手続きや、義妹夫婦への挨拶と話し合いの為、先に私が学校視察に訪れよう、と決めた。地球人がまだ小学校4年生の時の事だった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4811068922260378589?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4811068922260378589/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4811068922260378589' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4811068922260378589'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4811068922260378589'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/iowa.html' title='IOWAテストとフランス語'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8058713330455175907</id><published>2008-11-16T07:00:00.004+09:00</published><updated>2008-11-17T15:06:57.999+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>未来の為に（３）</title><content type='html'>その郊外型の家に引越しをしたのは、地球人が、4年生になったばかりの頃だった。庭も広く、早速、ボビー以外に、2匹の犬も増えた。銀行家夫人が犬好きで、シェパードとヨークシャーテリアを贈ってくれたからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まもなく、どういうわけか、夫の後についてバスに乗り込み、家まで付いてきた野良犬も、我が家に住み着いた。ひどい皮膚病で汚らしく、みすぼらしい犬だったが、住みついた以上、家族として扱った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すべての犬が皮膚病に感染し、獣医さんに、莫大な治療代を払ったが、この汚らしく、みすぼらしく見えた野良犬は、皮膚病が治った後、よく見たら、素晴らしく品がある、綺麗な犬だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;但し、昔、車に轢かれたことがあるのか、又は、ひどく誰かに叩かれたことがあるのか、可哀相に、後ろ足の一本が曲がっていて、どうしても、まっすぐに走れなかった。地球人は庭ではボビーが、家の中ではこの野良犬が、一番のお気に入りで、大切に抱いて寝ていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人の留学前の独立訓練は、さらに過酷なものになった。毎朝、5時半に起きた地球人は、木の下に大きく掘られた穴に、犬の糞を掃除して投げ込み、一杯になるとその穴を埋め、次の木の下に大きな穴を掘る仕事が加わった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは果物の木の肥料用として行われていた、毎朝の仕事だった。その後、犬が糞尿をするタイルの水洗い。餌やりなどをしてから、庭を掃除して、毎朝6時に朝ごはんを食べた。一仕事が終わった地球人は、毎朝、おいしそうに、丼一杯ご飯を食べた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;通学もバス停まで、歩いて20分、バスで10分ぐらいで、汽車の駅へ。そこから台北駅まで、汽車で30分。台北駅から、バスを一度乗り換えて、学校へ。と連日、1時間半ぐらいかけて通った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に歩いて20分のバス停までの道のりは、帰りは上り坂で、冬や、雨の日などは、かなりきつかったらしい。学校から戻ると、畑の水遣り。私の為に、ねぎなどの野菜を作ってくれていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よく自分のおしっこを掛けては、「野菜の成長を促すんだ！！」と笑っていた。毎日の労働で疲れて、夜は9時前には、もう、ぐっすり眠っていた。本当に健康的で、理想的な生活だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時、よく他人から、「どうして、そんな不便なところに、莫大な交通費を払って、住んでいるんですか？お金も、時間も、無駄でしょう？？」と質問されたが、「不便だから、息子には、とてもいいんです。」と答えた、私の真意を理解してくれた人は、一人もいなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この、不便だが、精神的に豊かなところで、鍛え上げられた地球人は、留学先のカナダの東部で、最初の一年目、時には車の時間が合わないで、学校と家の間を30分（吹雪や雨の時もあった）歩かなければならない時も、決してへこたれなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この郊外型の家には、前にも述べたとおり、プール、テニスコート、ジムなどが備えられており、運動にも最適だった。131軒の家は、高い塀で囲まれ、6人のガードマンが24時間体制で巡回しており、入り口の鉄門は、住民だけがリモコンで開けられた。外からの訪問者は、名前をインターフォンで住民に確認されるまでは、通されなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、私が不在の時も、多くの人に見守られつつ、地球人は、ますます忙しい時間を過ごしていた。この郊外型の住宅は、台北空港の近くの某国立大学の隣にあり、地球人は、その国立大学の広大な敷地内で、虫をとったり、遊んだりして、大いに環境を楽しんでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、瞬く間に我が家は、小学校のクラスメートの格好の溜まり場となり、家には英語が溢れかえり、毎週末には、大勢の子供が、泊りがけで訪れるようになった。私は彼らの好物のフライドチキンを、どれだけ作り続けたことか、、、、、。夜はそれぞれが、好きな犬を横に置いて、楽しそうに眠っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余談だが、地球人が後にカナダに留学後、ころあいを計って、私はすべての役目を終えた、この郊外型の住宅を手放した。そして、投資移民に備え、銀行に高利で貯蓄した。まさに台湾の土地バブルの弾ける一瞬前で、我が家は巻き込まれずに、安全に、移民のミッションを遂行することができた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;凍結していた山荘も、その少し前に、思いがけない形で、解決を見た。2軒連結型の家を買った我々は、隣の人が娘一家の為に、「自費で残りの工事をするから、お宅を適当な額で売ってくれ！！」という要求に答えて、投資した金額で売り渡した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話し合いを始めてから分かったことだが、なんと、その隣の購入者は、私の教え子のお父さんだった。勿論話し合いは上手く行き、損は利子のみで、取りあえず元金は、全額戻ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;肝っ玉母さんじゃないが、「ラッキー！！」と、私もかなり無駄遣いをしたが、殆どは、空港の傍の郊外型の家の住宅ローンの返済に充て、10年ローンは7年で完済した。ちなみに、その郊外型の家は、予想どおり、投資額の約3倍の高値で、しかも、現金即金で売れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それほど、高速道路のすぐ側で、時代を先取りした、この郊外型の住宅は人気があり、今でも、紹介してくれたこの銀行家夫人には、心から感謝している。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8058713330455175907?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8058713330455175907/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8058713330455175907' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8058713330455175907'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8058713330455175907'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_16.html' title='未来の為に（３）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5820149448129326883</id><published>2008-11-14T06:51:00.005+09:00</published><updated>2008-11-14T07:57:38.561+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>未来の為に（２）</title><content type='html'>その頃私は、ひとつのプライベートレッスンのクラスをもっていた。私が当時、午後のみ教えていたセンターは、原則的に年4コース。1コースは10週間で、終わると次のコースまで、3週間お休み。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして又、次のコースが10週間始まる。全部でグレードは、6級まであった。毎回先生は交代し、同じ学生のクラスを、2回続けて同じ先生が受け持つことは、なかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある日、一人の学生が、どうしても習い慣れた私と、日本語の勉強が続けたいから、センターでの勉強は諦めるので、チャンスがほしい、と私に言ってきた。彼女は、自分で友人2人を探し出してきて、3人のプライベートレッスンを始めてくれるよう、私に頼んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女は、すでに家庭人で、明らかに、普通の奥様とは違う、とても素敵な雰囲気の人だった。私も、彼女には、引かれるものを持っており、プライベートレッスンの時間をやり繰りし、引き受けた。レッスンの場所として、彼女はメンバーの友人宅を指定した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;指定された、その友人宅を、初めて訪れた私は、その豪華さに、目を見張った。一階の車庫には、高級外車が5台。ビルは四階建てで、2階から上は、全てその友人の住まい。各フロアーは、軽く150坪以上。勿論エレベーター付き。1階には守衛が居て、運転手さんが3人スタンドバイ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2階の玄関のベルを鳴らすと、お手伝いさんが登場。3~4人居る。入ると、私より大きな、グレートデーンがのっそり。勿論犬好きな私は、ヘッチャラ！！これが地価の高い、台北のど真ん中なのだから驚く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以前、センターの学生だった素敵な女性は、某大手会社の専務夫人。「某国立大の花」と呼ばれた絶世の美人。レッスン宅の友人は、某銀行家の夫人で、他に関連企業も多数あり、大財閥の御曹司夫人。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一人現れた友人は、当時、台湾で最も人気があった、映画、テレビ女優のお姉さんで、有名弁護士夫人。（彼女もとても美人でスタイル抜群）　本当に3人寄ると、高貴な香りがプ～～～ン。私には別世界の雰囲気だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オット！！なんでこんな話題に触れたのかというと、ある日、他の2人が着く前に、銀行家夫人とお喋りをしていたとき、私は、購入した山荘が建築会社の倒産で、凍結され、困った状況にあることを話してみたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし、参考意見でもあったら、、、と淡い期待を抱きつつ、、。なぜなら、この銀行家ご一家の関連企業には、当時有名な建築会社が、二つも名前を連ねていたから、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すでに、日本語を教え始めて1年ほどが過ぎていた時で、この銀行家夫人も私と、かなり親しくなっており、とても親身になって、相談に乗ってくれた。しかし、我が家だけの問題ではなく、複雑すぎて、やはり良い解決策は、彼女にも見当たらなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2~3週間過ぎた頃、レッスンに訪れた私に、この銀行家夫人は、「もし、先生（私）が郊外型の家が欲しいなら、丁度、主人の銀行と建築会社が、今、空港に近いところにアメリカのリゾート地を模して、かなり大規模な建築プロジェクトを始めたから、一度見に行かれたら？？興味があったら、私に話して！！」と、いきなり準備してあったパンフレットを見せて、思いがけないことを、言い始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さっそく私は、その郊外型の家を見にいった。パンフレットどおり、素晴らしい印象だった。それに、地球人の色々な訓練にも、最適な条件。私は地球人に、更に苦しい独立訓練を施してから、安心して、留学先に送り出したい、と思っていたので、正に理想的な立地条件だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、すでに、山荘で、貯金は殆ど使ってしまい、取り戻すことさえできたら、勿論ローンは少しでなんとかなるが、今の状態では、とても手が届かない金額の家ばかりだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次にレッスンに訪れた時、銀行家夫人に感想を訊かれた私は、「大いに気に入ったけど、とても高くて手が出ない！！」と、正直に話した。すると、彼女は、「先生の払えるだけで、残りはすべて、主人の銀行で貸して上げる！」という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「払えるだけっていっても、ほぼ全額払えないんだけど、、、、」といったら、「まあ、気に入った家のスタイルと、場所を指定して！！建築が終わるまでに、貯まっただけ払えば、残りは全額ローンでいいから、、、、」と夢のようなお話。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;家のスタイルは全部で6種類ぐらい、土地の広さも形もばらばら。すべて独立一軒屋で、パンフレットによると、131軒が約3万坪の中に点在し、周囲は高い壁に囲まれていて、鉄門に続くメインロードは12ｍと広い。田園風景の中に忽然と、モダンな別荘が現れたような感じだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時では画期的なスタイルで、勿論、スポーツ施設やカフェテリアも完備。ジムには卓球台やトレーニングマシン、プール、テニスコートなどが併設されていた。もし買うなら、私が好きなスタイルと場所は、すでに決まっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今度は、具体的な夢をもって、もう一度、現場にいった。指定された銀行の窓口にもいって、担当者と返済計画についても話し合った。勿論、この担当者には、銀行家夫人から、前もって電話が入っており、とても丁寧な扱いだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;潰れた山荘の為に準備してあった費用が、手元にまだ少しあったが、そのお金を全部使っても、ローンは、家の全体金額の80%もあった。しかし、その担当者の話を聞いて、10年ローンなら、当時の我々の収入をもってすれば、不可能ではなく、まだかなり余裕があるように感じた。私はすぐ、その郊外型の家の購入を決断した。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5820149448129326883?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5820149448129326883/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5820149448129326883' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5820149448129326883'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5820149448129326883'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_14.html' title='未来の為に（２）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-200462451605437721</id><published>2008-11-12T06:32:00.001+09:00</published><updated>2008-11-12T06:51:59.748+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>未来の為に（１）</title><content type='html'>地球人が小学校の2年生になった頃、我が家では、新しい計画が実行された。その計画は、郊外に、庭付きの家を購入することだった。すこし、気管支の弱かった地球人は、5歳まで、風邪を引くと咳が長引き、ヒーヒーと、喘息気味の呼吸をしていた。この大学の裏のマンションは、便利だが、ある化学工場が近くにあり、煙が多く、あまり空気は良くなかった。そこで、なるべく早く、郊外に一軒屋を買い、引越しをしたかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この庭付き住宅購入計画には、他にも大きな理由が二つあった。ひとつは、更に厳しい、地球人への独立訓練を実施し、地球人の精神力を鍛錬する為。もう一つは、人口密度の高い台北や、その郊外の土地付き住宅の値上がり率は、預金より遙かに早く、良い投資先に思えたからだ。地球人が、もし留学先に落ち着き、長い教育を受けたいと願うなら、投資移民も視野にいれ、その為の資金の準備が必要だったからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早速物件を捜し始め、台北の東部の、山の中腹に家を買った。台北市内まで、車で25分位の距離で、東部は発展も早く、かなりの値上がりを期待してもよさそうな所だったからだ。この建築会社の建築プランの中から、2軒連結した家を選んだ。サンハウスで、玄関は二階。上と下に一階ずつある3階建てだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すべての家が完成後には、共同バスが台北市内まで運行し、テニスコート、遊技場、プールなどが住民の為に設計されていた。我々は地球人を連れて、よく建築の進み具合を調べにいった。完成まで、何回かに分けて支払いをすればよい、楽な支払い方法で、無理がないと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その新しい家の位置からは、遠く台北周辺の山々が綺麗に見え、空気もよく、近くに動物園もあり、遊ぶところが一杯で、申し分ない環境だと思った。我々は完成を楽しみにしていた。すでに購入から約一年が経過し、3階建ての我が家は、骨格もセメント塗りも完成し、後は窓を入れ、内装をすればもう住める状態にまで、完成した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな時、いきなり、この建築会社が倒産した。そして、その建築会社の社長は、詐欺容疑で収監されてしまった。又、又、幸福の絶頂からの墜落！！直ちにこの山荘を購入した、すべての人々が、お互いに連絡を取り合い、前後策の協議に入った。しかし、事実上、建築会社は倒産しており、社長は収監。その対応は遅遅として進まなかった。夫は度々、会議に参加したが、誰にも上手い打開策が見つからないまま、月日は無情にも、過ぎていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-200462451605437721?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/200462451605437721/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=200462451605437721' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/200462451605437721'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/200462451605437721'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_12.html' title='未来の為に（１）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4741953269563216659</id><published>2008-11-10T02:04:00.005+09:00</published><updated>2008-11-10T04:20:11.885+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人への音楽教育</title><content type='html'>順調に英語教育の小学校に入学し、一年ほどが過ぎた頃、私は地球人に、ピアノを習わせようと思った。それまで、勉強に関しては、やる気を尊重し、強制したことはなかった私だが、体の機能を使って、技術を高めて行く音楽や、スポーツの育成は、成るべく早くから、鍛えた方がよい、との考えを持っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;木馬のおもちゃに乗って、遊んでいたモーツアルトが、姉の弾くピアノに、鋭く反応し、すでに5歳ぐらいでは、自分で作曲するまでの才能を発揮。その後、幼くして、ヨーロッパの演奏旅行にでかけた彼が、その鋭い耳で、多言語を聴きわけ、言葉の才能も、大きく開花させたことを知っていた私は、音楽は言語教育に大きく貢献するのでは、、、、と前から思っていた。それがピアノ教育の最初の理由。だから勿論、家でも、色々な音楽をかけていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、タダ音楽を聴くだけでなく、ピアノを習わせようと考えたのには、もうひとつ理由があった。中学一年生から親元を離れ、留学をすることが決まっていた彼には、将来いいことばかりじゃなく、時には、苦しい、悲しい思いをすることが、きっとあるに違いない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな時、自分でピアノが弾けたら、大きな心の慰めと気分転換になり、彼を癒してくれるに違いない、と心から思っていたからだ。音楽の持つ癒しの心、それを地球人に、教えたかったのだ。大抵の学校には、自由に弾けるピアノが、一台ぐらいはある筈だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い、我が家から歩いて5分ぐらいのところに、ピアノの先生が見つかった。さっそくお決まりのバイエルから、地球人のピアノ練習は、始まった。指の練習だけでは子供は飽きるので、簡単な、日本の童謡などの楽譜も持って行き、指の訓練と音符の理解など、基礎的な練習が始まった。まだ地球人の足は、椅子から床に届かず、ブラブラブラブラさせながら、注意力散漫な練習風景だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃、すでにやんちゃ坊主で、行動力に溢れていた地球人には、椅子に座ったまま30分間、面白おかしくもないピアノを弾くことは、大いに苦痛で、不服だったようだ。しかし、毎週2回の練習後、家でも練習した方がよいと考えた私は、大学で顔なじみになった、スペイン語学系の先生が、自宅のピアノを売りに出すことをしり、早速、見せてもらいにいった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まだ新しく、日本製の、やや小型ながら、ブラウンの上品な逸品を見た私は、すぐ気に入り、売ってくれるよう、交渉した。早速、搬送の手続きがとられ、数日のうちに、ピアノは専門業者の手で、我が家に運び入れられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、ピアノが届いて、喜んでいたのは私一人。地球人は嬉しがるどころか、超迷惑そうな顔をしている。でも、なだめたり、すかしたりしながら、なんとか練習させ、バイエルは終わり、ソナチネを始めて、私にはかなり進歩しているように、見えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時、夫の姉の娘二人は、音楽大学を目指しており、ピアノはかなり上手く、先生の代行も勤められるレベルだった。台湾では有名なピアニストの専門指導を受ける為、週に一度、2時間ぐらい離れたところに住んでいる、そのピアニストの所に、通っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;義姉一家は、当時舅姑と同居しており、勿論、娘二人の為に、家にピアノを置いていた。中学から外国に留学させる地球人を、なるべく夫の両親に、度々会わせて上げなくちゃ、と考えていた私は、ほぼ毎週末、地球人を新竹に送った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;超多忙になった私は、時には合流できず、地球人一人で往復することも、増えていった。毎週末の孫の訪問を、舅姑は心待ちにしていたので、私は義姉に頼み込み、週末のピアノ練習は厳しくやってくれるよう、お願いした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、姑から聞いた話では、その頃の地球人は、厳しい訓練に腹を立てると、「誰だ！！こんなピアノなんていうものを発明した奴は、、、、。ぶっ殺してやりたい～～～！！」と癇癪をおこし、物騒な言葉を喚いていたそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さすがに、私に直接言うと、「ピアノだけは、どうも強制したいと思っているらしいこの母親に言ったら、激怒するかも、、、」と、ちょっとビビッテいたらしい。ともあれ、彼にとっては超迷惑な、ピアノの練習は、10歳までで終わった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;止めた理由は、地球人の留学準備の為、フランス語のレッスンを始めるから、、、。というのが表面上の理由。しかし、それは、彼の口実。地球人は、「あ～～～！！スッキリした～～～！！ようやく、嫌いなピアノの練習から、逃げられるう～～！！」と喜んでいただけ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現在、公開されている地球人のブログを読んだことがある人なら、こんな記事のご記憶があるかもしれないが、その後、地球人は留学先の中学校で、2年生ぐらいの時に、親友ができ、その彼が、キーボードに夢中。音楽が大好きなのに、音符がうまく読めず、悪戦苦闘をしていたその親友に、音符の読み方を指導していた地球人は、当然、自分も一緒に弾き始め、急に面白くて面白くて、今度は病みつきになり、コロリと前言撤回。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幼少の頃、切れて怒鳴りまくった過去を恥じたのか、後に、ネットの自身のホームページの中で、「今日、自分が音符を読め、音楽を楽しめるのも、幼少時代の親の訓練のお陰、、、これも親に感謝だね、テッちゃん！！」と、堂々と綴っている。「もう遅い！！どうしてくれるんだ！！格安で売り飛ばした、逸品のピアノに、大枚を叩いた親の損害は！！訴えてやる！！」というのが私の蔭の声。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、地球人にとって、最も心を躍らせ、楽しめる趣味は、多分、音楽だろう。但し、一位はドラム、二位はギター、三位に辛うじてピアノかな？？　まあ、そんなとこが、地球人の本音だろう。今住んでいる、東京のマンションにも、狭いのに、一応電子ピアノが置いてあるが、弾いているのを、みたことがない。同様に、カナダの自宅のピアノの蓋も、かなり長いこと開いていない。これも損害賠償ものだよ、地球人！！へへへ、、、、。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4741953269563216659?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4741953269563216659/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4741953269563216659' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4741953269563216659'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4741953269563216659'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_10.html' title='地球人への音楽教育'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-4698989683516684492</id><published>2008-11-08T08:47:00.001+09:00</published><updated>2008-11-08T10:22:09.722+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>小学校入学（英語教育本格的開始）</title><content type='html'>地球人はこうして、幼稚園教育を順調に済ませ、続く小学校へと、進学した。小学校一年生からは、新入生も加わり、クラスもかなり多人数になった。そして、英語による、本格的な教育が始まった。テストなども、頻繁に行われるようになって、地球人も忙しくなっていった。皆さんはご存知だろうか？台湾の教育が、かなり厳しく、レベルの高いことを、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この小学校も同様で、ほぼ全米の子供達が参加している、IOWAテストなどにも、グレード別に参加し、客観的に、子供の学力を評価していた。しかし、小学校一年生から二年生の始めぐらいまでの、地球人のテストの成績は、数学を除き、悲惨なものだった。さすがに0点というのはなかったが、10点とか20点とか、、、、。（100点満点でよ、、、。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、読み書きする能力と、語彙が圧倒的に不足しており、試験問題に対応しきれないのだから、当たり前だ。この点は、語学教師としての経験からも、とっくに、私の想定内だったから、少しも慌てなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人もまだ、この10点とか20点という悲惨な点数の持つ意味を、それ程深刻に考えるような歳でもなく、アッケラカンと私に、「ママ～～！！これテスト！！」といって、差し出した。私は、｢アジャ～～！！先生０一つ付けるの忘れちゃったね～～！！ワハハ、、、」と気にも留めずに、笑い飛ばしていた。私は間違いなく、この地球人の耳と、勉強の経験は、あと1年ぐらいすれば、他の子に、かなり追いつくであろう、と予想していたから、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2年生からは、午後の授業も始まり、地球人は放課後の色々な活動にも、参加するようになっていった。地球人の英語を使う時間は、益々増え、読んだり、書いたりする機会も多くなり、確実に、力をつけていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この頃から、学校のカリキュラムには、バスケットボールや、ドッジボールなどの運動時間も増え、音楽や、絵の時間なども、バランスよく配置されるように、なっていった。私はただ勉強に偏ることなく、これらの運動や、情操教育にも力をいれる、ゆとり教育に大いに共感をもっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は元々、小学校時代から勉強！勉強！という強制主義には反対だった。このころは、もっと体を鍛え、情操教育も施し、バランスの良い、明るい個性の子供を作り上げ、来るべき本格的な教育時代（大体中学3年生ぐらいから後が理想的だと私は思っていた）に備えるべきではないか、というのが私の考えだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから、私は地球人の小学校時代に、「勉強しなさい！！とか、テストの準備をしなさい！！」などと強制した覚えは、一度もない。教育というのは、長距離戦だ。スタートしたばかりの時から、最速で走らせたら、必ず子供は、勉強が嫌いになるか、途中で息切れするか、潰れる。いずれにしても、教育は、じょじょに加速すべきでことで、最初からテンションを上げ過ぎるべきではない、と思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そんなことをしたら、日本じゃやっていかれないんですよ。幼稚園から塾に通わせている子が多いんですから！！」と早速、反対意見が出てきそうだが、私は決まった年齢で、卒業証書をとるためだけの勉強には、あまり興味がない。自分自身が、卒業証書を持っていても、常に自信が持てず、むしろ、卒業後に体験したことから、殆どの実践的な実力が養成されたような、気がするからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供時代はよく、勉強しているふりをした。親が喜ぶからだ。自分の為に、勉強しようなどと思ったことは、一度もない。「オット！！訂正！！」一度だけある。カナダに移民してからのフランス語の勉強だ。この時は、本当に、自分でやりたいと思って、勉強した。だから、物覚えは悪くなっていたが、私は本当に楽しみながら、学校に通っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今でも、勉強とは自分の為にやるもんだ、ということが、多少でも理解できないうちに、子供に強制ばかりするのは、逆効果ではないか、という気持ちは、かわらない。ほんの一部の、勉強大好き子供を除いて、、、、。だから私は、10点や20点をとってきた地球人を、塾に行かせたり、家庭教師をつけて、英語を強化しなくちゃ、などという気持ちになったことは、本当に、一度もなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ましてや、「勉強しなさい！！試験が悪かったんだから！！」などと、小さな地球人を叱りつけたことは、一度もない。「早く寝なさい！！とか、たくさん食べなさい！！」ということは良く言っていたけど、、、、。多言語教育は、あくまでも、環境に放り込んだり誘導したりしただけ。言葉は慣れだから、、、、。ともあれ、こうして、当時の地球人はノーテンキに、悲惨な点数を、取り続けていた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-4698989683516684492?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/4698989683516684492/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=4698989683516684492' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4698989683516684492'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/4698989683516684492'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_08.html' title='小学校入学（英語教育本格的開始）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-6575474551932551667</id><published>2008-11-06T07:44:00.001+09:00</published><updated>2008-11-06T08:53:09.566+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>独立訓練（金銭感覚編）</title><content type='html'>さて、前にも述べたとおり、地球人は中学一年生から海外留学先でほぼすべての自己管理を自分でやるということを理想としていた私は、早めに色々な訓練を始めた。幼稚園に一人でバス通園を始めた地球人には、当然、お金の管理も必要になってくる。毎日、必要な交通費のほかに、臨時に使えるお金も、財布に入れた。パンやお菓子なども買えるぐらいのお金だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この他には、おもちゃの購入時に、この金銭感覚養成訓練はよく行われた。当時台湾の英語教育幼稚園や小学校に通ってくる子は、かなりの高額所得者の子供達で、どちらかというと甘やかされた扱いを受けていた。高級外車で運転手さんに送られてくる子。豪華な生活を匂わせる子など、色々いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は地球人には生涯、自分の身の丈にあった生活が、常に判断できる金銭感覚を持って欲しかった。他人は他人。我が家は我が家。お金に支配される生活ではなく、自分がお金を健全に支配できる人間になってほしかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、又、地球人と真剣に話し合いをもった。私は我が家の教育方針、考えかた、経済状態、などをきちんと向き合い、彼に話した。この話し合いは地球人が中学に留学するまで、たびたび行われた。勿論、幼稚園や小学校の子供の理解力は足りない面があるだろう。しかし、ひとくくりに考えるべきではないと思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、ものの理解力は、経験の差によってかなり幅があり、大人が思うより、経験を積んだ子供の理解力はかなり深く、侮るべきではない、と思っていた。そしてその私の信頼は、見事にあのデモ隊による橋の占拠事件の時、地球人がとった行動力と判断力で証明されていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにも増して、何よりの根拠は私自身がこの歳のころ、すでに遠距離通園をしていて、かなり沢山、物を考えていた記憶があるからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;じっくり話し合いを持った地球人と私は、今後、おもちゃを買うときには、地球人が働いてその金額の半分を貯め、両親が半額を補助して共同で買おう、と提案した。そして、早速、毎日地球人がするべき仕事と、その報酬を設定した。たとえばごみ捨て20元、花の水やり30元、玄関掃除50元などなど。（これは一つの例だけ）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;早速おもちゃ購入プラン用のノートが準備され、仕事が終わると、そこに記録されていった。実際に、お金のやりとりをしたわけではない。しかし、私は、自分が買いたいおもちゃが、一体どれほどの努力をしなければ手に入らないものなのか、そして、そのおもちゃの値段はどんな価値があるものなのかを、的確に教えたかっただけなのだ。留学前の健全な金銭感覚養成の為に、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、おもちゃの選択に関しては、以前から私は、地球人の周りに、色々な図鑑や雑誌をおいて、興味や将来の夢の選択肢を広くしようと心がけていた。当時の地球人が、それらの本や雑誌から、最も強い関心を示していたのは車だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、男の子なら、多分どこの国の子にも自然な事だろう。しかし、電車や汽車の図鑑より、明らかに車の図鑑の方が興味がある。動物図鑑にも興味は示していたが、植物図鑑などにはあまり興味を示していなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;車の図鑑に、もっとも敏感に反応していた地球人に、私はある日、自分でガイドブックを読みながら組み立てる、ラジコンカーをプレゼントした。初歩の比較的簡単に組み立てられるものだった。思ったとおり、ランランと眼を輝かせた地球人は、早速、ガイドブックを読みながら組み立てて行こうとした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、日本語で書かれたガイドブックの中には、わからない漢字や言葉が、沢山でてくる。私に意味をきいたり、難しい部分は夫に手伝ってもらいながら、彼が最初の簡単なラジコンカーを作り上げたのは、この英語教育の幼稚園に入ってまもなくの頃であった。私はこれらのラジコンカーの組み立て作業を通じて、彼の日本語や、後には英語の読解力も強化したいと考えていた。興味があるものなら続くから、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小さいときには、姑にもお願いして、なるべく、むやみに出来合いの、すぐ飽きるおもちゃを買い与えないでくれるように、協力を頼んだ。我が家の理想のおもちゃは、創造力を高める、成るべく自分で創れるおもちゃ。良いおもちゃなら、多少値がはっても構わない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから小さいときには、（2歳ぐらいまで）よく夫と一緒に、木片から竹とんぼなどを作って自分で飛ばしていた。おもちゃは、ただ買うだけのものではなく、なるべく、自分で考えて創れるもの、というのが、我が家のおもちゃに対する、基本的な考え方だった。しかし、そうは言っても、色々な人から貰うおもちゃも一杯で、なかなか、理想どおりにはいかない。しかし、基本的な考え方だけは、持ち続けていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、ラジコンカーの製作に、物凄い興味を示した地球人は、2台目の車からは、働きながら買うことを、私との話しあいで約束した。彼は本当に真面目に、よく仕事をした。勿論掃除などは、子供の仕事。雑なのは仕方がない。しかし、仕事が終わるたびに、ハイ今日は50元、ママが50元足すから100元のものが買えるよ、、、、というように毎日毎日ノートにつけて、地球人を励ました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時台湾では、ラジコンカーはとても高く、大抵一つを購入するまでには、半年位かかった。地球人は完成して暫くすると、さらに複雑な高度なラジコンカーを選び出し、次々と挑戦していった。そのおもちゃを手に入れる為に、地球人は黙々と働き続け、その間、毎日のように、自分が購入する予定のラジコンカーが、他人に売られていないかどうか確認の為、ラジコン専門店に通っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この、毎日のように訪れるチビッコ珍客は、すっかりこのラジコン専門店でも有名になり、顔を出すと「大丈夫、まだあるよ！！」と店の人からも、励ましてもらった。地球人はよく、この専門店の人から難しい知識を学び、夏の東京滞在の時には、秋葉原に自転車で通い、すでに完成した車の性能をアップしたり、車輪を変えたり、部品を取り替えたりして改造し、自分独自のオンリーワンカーの製作に、挑戦してゆく様になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ペンキを塗り替えたり、特別なF1カーのシールをはったり、本当にやり始めると夢中になって、とりくんでいた地球人のこの趣味は、当時の小学校の仲間や他の友人をも刺激し、ラジコン造りは、彼の周りの人をも巻き込んで行くようになった。地球人は、おもちゃでは、あまり他の子供の流行には惑わされず、自分の世界に浸っていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人がその手で完成した、ほぼすべてのラジコンカーは、大体、半年以上の労働の末、両親に半分助けてもらって買った、家族の努力の結晶。すでに、その車の定価がどのぐらい大変なものか、お金の価値を十分に理解していた地球人は、手に入れるとすぐ、「ありがとう！！ありがとう！！」と素直に喜びを表し、親に感謝していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、地球人が製作したり、改造したりした、すべてのラジコンカーは、彼の一番大きな財産となり、留学する時も、洋服などより大切な宝物として、海を渡った。そしてその後、地球人が引っ越しをするたびに、その転居先に運ばれ続け、今では我が家のプレイングルームの本棚の上に、昔の姿のままで、飾られている。私はいつか、このラジコンカーを、地球人の息子が改造し、遊んでくれたら、どんなに楽しいだろう、と夢を馳せている。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-6575474551932551667?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/6575474551932551667/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=6575474551932551667' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6575474551932551667'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6575474551932551667'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_06.html' title='独立訓練（金銭感覚編）'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5250172087321432293</id><published>2008-11-04T08:00:00.008+09:00</published><updated>2008-11-04T10:13:16.543+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>幼稚園の英語教育、高い？安い？</title><content type='html'>さて、英語教育の幼稚園に入った地球人は、最初の1週間、あまり元気がなく、楽しそうではなかった。明らかに新しい言葉にまだ馴染んでいないからだ。簡単な英単語を絵本で覚えたり、英語の歌を歌ったり、テープを聴いたりしていただけで、極端に語彙が足りない地球人は、多分、何もかもがチンプンカンプンで、傷ついていたのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は「大丈夫、すぐできるようになるよ！！こんなに沢山の言葉をもうお話できるんだから、、、暫く、お遊びだけしていればいいよ！！」と励ました。2週目ぐらいから、少し慣れたよう。3週目ぐらいになると、分からないながら、かなり環境には慣れてきて、一緒に遊ぶ友達も増え、ほぼ元の地球人復活。4週目ぐらいからは、家に帰ると簡単な英語を喋っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その英語の発音を聴いて、私は地球人の耳が、間違いなく英語に対応できる耳であることを確信した。私がどんなにテープを聴いて繰り返し繰り返し真似をし、頑張ってもきき取れなかった、R とLの発音が自然にできて、本当にネイティブの英語の発音。就園前に他の言葉は入れたが、あえて英語はあまり積極的に入れなかった理由は二つあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一つ目の理由は、最初から完全にネイティブの発音の英語を、聴きながら常用する必要があること。二つ目の理由は、英語は母国語として、高い教育まで長く使い続ける言葉となるから、無理をして英語を嫌いにさせてはいけないこと。すでに脳に言葉のチャンネルは開いてあるし、耳は10歳から11歳ぐらいまでは、一つの言葉に固定されず、広い音域に対応できるはずである。という理由だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、過去の他の言葉の導入経験をふりかえり、地球人が英語を幼稚園から本格的に始めても、「かなり早く克服できる！」とすでに信じることができた。予想通り、ほぼ一ヶ月ぐらいで、地球人は語彙はまだまだ足りなかっただろうが、ともあれ、よろこんで幼稚園に通い始め、友達もドンドン増えていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この幼稚園の子供達は、殆どがアメリカ人やイギリス人、その他英語圏の両親を持ったネイティブスピーカーの子供達だったが、中には華僑の子供も居て、北京語や台湾語の方が得意な子供も居た。そんな子供達は、地球人と同じように、最初はあまり英語が得意ではなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ときどき訪れる私とは日本語でぺらぺら話し、パパとは北京語で、華僑の友達とはたまに台湾語で自由に話している地球人を目撃した先生や、子供のご両親や子供達の間で、段々、「この子はどうしてこんなに色々な言葉ができるの？！」と話題になり始め、別の意味で地球人は注目されていった。それが多分、地球人の小さなプライドに大いに役立ち、彼は臆することなく、新しい言葉に集中していった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この幼稚園教育を始めるに当り、勿論、舅姑にも将来の留学計画も含めて一応報告した。当時地球人は6歳。その子供の毎月の幼稚園の教育費が当時の台湾の大学新卒社員の一ヶ月のサラリーより高い金額だということを知った夫の両親は、｢どうして？？そんな高いお金を幼稚園に？？」とあまり賛成していなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、当時の私達の収入も、私の頑張りも知っていた舅姑は、表立って反対はしなかった。しかし、その後、夫や兄弟達には｢無駄なお金を掛ける必要は、、、、」とあまり良いコメントはなかったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方私はというと、この英語教育幼稚園の教育費には、大いに満足していた。「何と何と皆さん！！想像できる？？クラスの人数は僅か5名。そこに先生が一人ついて、朝から午後まで面倒みてくれるということを、、、。 」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「塾でも、5名のクラスはナカナカないのでは？？あっても結構高いでしょ？？日本でも。プライべートレッスンで、先生を毎日6時間も雇ったら、いったい幾らかかると思う？？？」私はこの学費には、大いに満足で、少しも高いとは思わなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;元々英語教育には、かなりの費用がかかることは、当然前から想定済み。すでに、小学校6年生ぐらいまでの教育費は、別に貯蓄してあり、すべては予定通り。それに私は知っていた。それは「お金は貯めるより、上手に使うことの方が、余程難しいということを、、、。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;使うべき時に、使うべきことに、タイミングよく思い切ってお金を使う。活きたお金の使い道。普段は成るべく倹約し、イザというときには、ポンとつかうこの金銭感覚は、間違いなく、肝っ玉母さんが教えてくれたことだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私がアメリカに行くとき、我が家にはまだ、旅館を買ったローンは残っていたはず。しかしこれまで、教育に掛けるお金を、肝っ玉母さんがケチったことはない。母曰く、「どんなにお金を残しても、キチンとした教育も受けず、正しいお金の使い方も分からない子供にお金だけ残したら、逆に身を滅ぼし、どぶにお金を捨てるようなものだ！！」　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私もつくづくその通りだと思う。だから、まず掛けるべき時に、必要なお金を使えるよう、常に心の準備をし、やり繰りをしておいた。特に教育資金は、長い未来の挑戦までを想定して、我が家の第一優先バジェットにしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は見る見るうちに、綺麗な発音で英語を喋りながら、皆の遊びの輪の中に加わり、違和感なく、幼稚園生活を謳歌するようになっていった。そして、クラスの皆が進学する小学校部門に、当然、自分も行くことを信じて疑わなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼の中では、すでに英語で始めた勉強が、苦痛ではなくなってきていた。英語教育を始めて3ヶ月目ぐらいには、地球人はもう幼稚園でも大きな顔をして、ガキ大将になっていた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5250172087321432293?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5250172087321432293/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5250172087321432293' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5250172087321432293'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5250172087321432293'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post_04.html' title='幼稚園の英語教育、高い？安い？'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8393708535049878203</id><published>2008-11-02T08:12:00.006+09:00</published><updated>2008-11-04T10:19:22.647+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>命の尊厳の教育</title><content type='html'>数日前からの風邪をこじらせて、私は大学の授業を休講にし、家で床についていた。「バタン！！」と言う音がして誰かが入ってきた。「エッ！！まだ午前中なのに誰だろう？？」と思ったが、熱があり、すぐには起き上がれなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫も地球人も今のこの時間には戻るはずがないと、頭から思い込んでいた私の眼に、何か白いものがピュッと掠めた。ニコニコ笑いながら、夫が立っているその手の先を見ると、、、。紛れもなく子犬。それも日本でも飼い慣れていたダルメシアン（101匹ワンちゃんのあれ）。まだ4ヶ月か5ヶ月ぐらいのチビ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大の犬好きな私だが、ダルメシアンはかなり大型犬。マンションの中で飼うのは、、、、となんとなく諦めかけていた。「どうしたの、この犬？？？」と問いかける私に、「いやあ、前から台北の犬屋さんに頼んでおいたんだ。今朝会社に行ったら、手元に届いたから見に来てくれという電話があってさ、行ってみたら可愛いから買ってきた。テツ、きっとビックリして大喜びするぞ～～！！」と満面の笑み。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このチビ犬は、早速クンクンクンクンその辺の臭いをかぎ始め、「危ない！！」と思うまもなく、ジャ～～～！！さっそく、そそうした。家中粗相されちゃ堪らない。幸い我が家は絨毯ではなく、拭き掃除可能なタイル。でも犬は最初の一週間の躾が肝心。もう私は熱があるのも忘れてシャッキリとし、早速あれこれと、このチビの必需品を揃え始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;午後、地球人が「ただ今！！」と帰ってきた。何にも知らない地球人。予想だにしていない子犬がいきなり飛び出してきて、「ウワ～～～ッ！！犬だあ！！」とビックリするやら喜ぶやら。しばらく興奮冷めやらず。本当に我が家の一員になるんだ、とわかった地球人は「僕、毎日散歩につれていく～～！！」とそれはそれはウキウキとしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのチビはボビーと名づけられた。しかし、一週間ぐらい元気に飛び回っていたボビーが、突然物凄い下痢をして、止まらなくなった。勿論、私はすぐに獣医さんの所に連れて行った。暫く診察し、便もとり、調べていた獣医さんは、力なく首を横に振った。「残念ですが、かなりひどい犬の赤痢のような症状で、多分70%助からないと思います、、、」と気の毒そうに言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「エッ！！本当ですか？？何とかならないんですか？？方法は？？」と一生懸命食い下がったが、この獣医さん、「もう、諦めなさい！！」とでもいうような様子で、「一応下痢止めの薬は出しておきますが、まあ覚悟してください。まだ体力もない子犬で、この状態では、、、、、」と言葉を濁した。 人には感染する心配はない、とのことで、とりあえず家に連れて帰るしかない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今朝、地球人は幼稚園に行くのも残念そうに、このボビーを抱きしめていたのに、、、、。「なんていったらいいんだろう？？」と家に帰る道々、暗い気持ちで考えていた。でも又、又、あの追い詰められたときに猛然と湧いてくる、諦めの悪さがよみがえってきた。「何も獣医さんは、完全にダメだ！」と言った訳じゃない。「まだ30%も可能性があるじゃないか！！私が諦めてどうする！！」と気を取り直し、早速薬局に寄って、太い注射器と点滴用のチュウブを買い揃えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ボビーは頻繁に起こる嘔吐と下痢で、もうすっかり元気をなくし、昨夜から何にも食べていない。私はとにかく、「少しでも栄養をとらせなくちゃ！」と取りあえず水でどろどろにしたパピー用のドッグフードを根気よく、与えてみた。勿論見向きもしない。ドンドン弱っていくようだ。目もトロンとし始め、ただぐったりと寝ている。水分だけは補わないと下痢がひどいボビーは脱水症状になる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;悪戦苦闘をしているうちに、地球人が帰ってきた。続いて夫も戻ってきた。二人はただただ、どうしていいか分からないで、オロオロオロオロしている。「ねえ、ママ大丈夫？？ねえ大丈夫だよね。ボビー死なないよね？？」と小さい頃から命の大切さを繰り返し教えられてきた地球人は、今、ぐったりとして動かないボビーが、大変なことになっていることを、本能的に理解していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は小さな座布団をボビー用に敷いて寝かせ、そのとなりに3枚座布団を並べて敷き、ボビーと同じ目線の高さで添い寝した。ボビーがよろよろと起き上がると、すぐ手を貸して用を足すのを助ける。相変わらずすごい血便だ。しかしここで諦めるわけには行かない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次の日、注射器の針を挿す部分に、点滴のチュウブを短くつけ、重湯の中に栄養剤を混ぜたものを吸い上げて、ボビーの口を開かせ、無理やりに流し込んだ。勿論彼はすぐ吐き出しそうにする。私はピュッと流し込んだら、すぐに両手でしっかりと口を押さえ、無理やり飲み込むまで手を離さずに待っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;衰えた力を振り絞って反抗するボビーに「ゴメンね！！いやなことして！！でも飲まなきゃダメだよ！！飲んで！！」と言い聞かせながら、何度も何度も繰り返した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論暫くしてすぐに吐き出した。でも私は何かの本で読んだことがある。飲んだり食べてたりしてから吐き出しても、決して全部吐き出すわけじゃなく、ほんの少しだけど胃に残るということを、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この本の情報に、かすかな望みを抱いて、1日6回にわけて、流し込み続けた。何も脂肪分のない、胃にやさしい重湯と栄養剤。「どうか少しでも胃に残ってくれますように、、、、」と祈るような気持ちだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は幼稚園から戻ると、こんな私の必死の看護を、心配そうに見ていた。自分の愛するボビーを何とか救おうと、夜も添い寝している私を見て、彼も何とか家族になったボビーの命を救おうと、私が「ほらタオル！！紙！！」というと、すぐに飛んで行って持って来た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が側に居ないときには、「可哀相だね！！早く良くなんなきゃダメだよ！！よくなったらお散歩に連れて行ってやるからね！！」とか、ぶつぶつ言いながら、ボビーの頭を愛しそうに撫ぜていた。この時、地球人と私は完全に同じ気持ちで、同じ目的に向かって心を一つにし、助け合っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;丸二日間ぐらいで、ボビーの血便は止まった。しかし、依然として、飲んでは吐き飲んでは吐きを繰り返していた。オッ！！三日目、吐く間合いが少しひらいてきた。ぐったりと、死んだように元気がないのは変わらない。当たり前だ。まだ小さい子犬。体力がない。でも、少しずつ吐く回数が少なくなってきたのだから、間違いなく、少しは飲んだものが胃に残っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それが体力回復に少しでも役立ってくれれば、、、と淡い期待を抱いていた。四日目。ボビーの下痢が止まった。そして丸1日、ボビーは大便をしなかった。次の日も、元気は無いが、生きている。そしてその夜、ボビーは真っ黒な、柔らかい大便をたっぷりした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それからのボビーは、流動食を流し込んでも、吐き出さなくなった。私は喜んで、重湯を少しずつ、固めにしていった。そして、パピーのえさもすこしづつ与えてみた。勿論、お湯で柔らかくふやかしたものだけど、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ボビーは峠を越え、日一日と元気を取り戻していった。その間、私はすべてのスケジュールを変更し、ボビーの命を第一優先にした。縁あって家族になったボビー。彼をむざむざ病気で死なせることは、日頃の私の教育に反する。ほどなく、地球人とボビーの楽しそうな遊びの時間は、取り戻されていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その後地球人が留学の為台湾を離れるまで、ボビーと地球人の濃密な時間は続いていった。涙ながらに別れを告げた地球人が、留学先の学校で、最初に書いた作文の題は「ボビー」だった。やはり、その別れ以後、二度と地球人に会うことなく、ボビーは天に召された。しかし地球人の心の中には、きっと大切な思い出として、ボビーが生き続けているに違いない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8393708535049878203?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8393708535049878203/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8393708535049878203' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8393708535049878203'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8393708535049878203'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/11/blog-post.html' title='命の尊厳の教育'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5674834823749271602</id><published>2008-10-31T10:00:00.006+09:00</published><updated>2008-11-01T14:32:40.992+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>トンでもない出来事！！地球人ピンチ！！</title><content type='html'>一人で、英語教育の幼稚園から帰宅することに慣れ、バス通園にも、問題なく適応できた地球人に、ある日の午後、とんでもない出来事が、勃発した。そのニュースは突然、日本語文学系の助手さんから私に、もたらされた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「先生（私）、大変大変！！政府の政策に反対しているデモ隊が、淡水川に架かっている、全ての橋を占拠して、台北との往復は通行不能に陥っていますよ。今日は1日中通れません。息子さん大丈夫ですか？？？」と知らせてくれたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学構内の幼稚園通園中は、度々、外国語文学院の建物の中を、ウロウロしていた地球人。先生方も、学生達も、助手さんも、地球人が色々な言葉で対応するのが面白くて、当時、皆の格好の遊び相手になっていた。そして、地球人がその後、英語教育の幼稚園に入園、独立訓練中であることは、この日本語文学系の中では、当時、かなり話題になっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時、私が教えていたこのカトリック大学は、台北の郊外にあり、必ず、淡水川に架かるどれかの橋を渡らなければ、台北からは来られない。勿論、大学の裏に住んでいた私達や、保母さんの家にも、戻ることができない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;時計を見たら、正に、幼稚園の終わる時間だ。私は焦った。そして、すぐに幼稚園に電話をかけた。事情を話し、取りあえず地球人を、幼稚園に引き止めておいてほしい、と願ったからだ。「もしもし、、、。テツの母ですが、、」と名乗るのももどかしく、地球人のことを訊くと、「ああ、もうさっき、帰りましたよ！！」という無情な答え。 地球人は、今時の子供のように、携帯電話など持っていない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「さてどうするか？？」と一瞬頭が真っ白になり、思考が纏まらない。地球人は、手帳を毎日首から掛けて出かけていて、中には、家の電話番号、夫の会社の電話番号、夫の兄弟の会社の電話番号、大学の助手室の電話番号などが、緊急時の連絡先として、書いてある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「地球人はそれに、気づくだろうか？？」勿論、非常時にはどうするかも、教え込んである。しかし、、、何しろ初めてのケースだ。私は本当に心配だった。「どうか、気づいてくれますように！！」と神に祈った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幼稚園の付近から乗るバスは、台北橋と言う橋のたもとにとまり、そこで地球人は一度、バスを乗り換えなければならない。我が家から歩いて3分ぐらいのバス停に止まるバスに、、、、、。その乗り換えるべきバスは、今は運行中止になっている。乗り換え慣れているとは言え、あまり土地勘のない場所で降ろされた地球人は、このバスの運行中止を聞いて、どうするんだろう？？？と心臓が、ドキドキしてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「台北橋までは、もうそろそろ着く頃だ。手帳に書いてある電話番号に気付いたら、多分、一番先に心細くて掛ける電話は、家だろう。とにかくすぐ、家に戻らなくちゃ！！」と私は、慌てて家に戻った。今、私がいる郊外からは、全ての橋が、デモ隊に占拠されている以上、タクシーでも、バスでも、駆けつけて助ける手段はない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;急いで家に戻り、地球人からの連絡を待った。夫に電話連絡をしたが、生憎出ない。多分まだ知らないのだろう。私はオロオロしながら、とにかく電話のベルをまった。一分が物凄く長く感じた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それから15分ぐらい経った頃だっただろうか。ようやく「リ～～ン！！」と電話のベルがなった。電話の傍らに張り付いていた私は、すぐに受話器をとった。「もしもし～～～！！」待ちかねていた地球人の声だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんだか、くぐもった声と喋り方だ。「大泣きをした後なんだろうか。さもありなん！！　さぞ、心細かったことだろう！！」とこっちも胸が一杯になり「ねえ！！今、何処にいるの？？大丈夫！！」とたたみかけるように訊いた。その質問に対する地球人の答えを聞いて、今度はあまりの展開に、度肝を抜かれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あのねえ！お家に帰るバス、今日は出ないんだってさ！！ここに居るオバちゃんが教えてくれた。だからさ、パパに電話したんだけど、居ないんだよね。マイクアシュー（夫の次の弟、ちなみにアシューはおじさんの意味）にも電話したんだけど、マイクアシューもいなかったから、アフェンアシュー（夫の次の次の弟）に電話したんだよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「アフェンアシューは居てさ、台北橋のバスの駅に居るって言ったら、すぐ行くから何処にも動くなって！！今、迎えに来てくれるのを、まってるんだけどさ、ママが心配してると思って電話した。僕、おなか空いちゃってさ、だから今、パン買って、食べながら待ってるの、、、、。」という報告。「ああ！！パン食べながらだから、くぐもった声で、もぐもぐしてたんだ、、、、。」と緊張がイッキにほぐれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は続けて、「だからさ、今日はお家に帰れないから、アフェンアシューの家にお泊り。明日の朝、アシューメー（弟の嫁をこう呼ぶ）にお弁当のサンドイッチを作ってくれるように頼んだから、ママ心配要らないよ。又、アシューの家に着いたらすぐ電話するね！！」と全く屈託のない声で言った。私は、全身の力が抜ける程、安心すると同時に、まだ幼稚園児なのに、地球人のイザという時の行動力と、決断力の素晴らしさに、感動すら覚えた。(これは親ばかかも、、、、。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「毎日、地球人自身の為に、苦しい訓練を続けてきて、良かった！！」と、私は改めて思った。この日の地球人の、完璧ともいえる行動力と、判断力と、思いやりの心を見せられた私は、その後、この地球人に、ほぼ絶対の信頼を置くことができた。電話で、おっとりと報告する地球人に、思わず嬉しくて、「スゴ～イ！！よくそこまで考えられたねえ！！」と大いに、褒め称えてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフェンアシューの家に着いてから、早速、｢無事着いたよ！！」と電話を掛けてきたことは、言うまでもない。私は最悪の場合、台北の警察署に、保護を依頼することまで、決心していた。他人にご迷惑を掛ける前に、この緊急時を救ってくれた、弟夫婦に心から感謝した。こうして、地球人は両家の家族や、多くの人々に見守られ、すくすくと育って行った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5674834823749271602?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5674834823749271602/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5674834823749271602' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5674834823749271602'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5674834823749271602'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_31.html' title='トンでもない出来事！！地球人ピンチ！！'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-7484637611138682385</id><published>2008-10-29T08:48:00.001+09:00</published><updated>2008-10-29T10:29:05.580+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>国際チビッコ一人旅開始</title><content type='html'>国内独立訓練が、順調に進んでいるのを確認し、いよいよ私は、地球人の単独国際デビューを果たす時が、やったきたと思った。これまで、日本に行くときは、いつも私と一緒だった地球人に、初めてチビッコ一人旅をさせよう、とおもったのである。しかしこれは、飛行機に乗ったことがある人なら、誰でもお分かりだと思うが、バスや、電車や、汽車に一人でのせるより、余程簡単な事だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ気分的に、一人で飛行機に乗るという、初めての緊張感を、克服させるだけのことだ。早速ジャパンアジアのチビッコ一人旅の手続きをし、夏休みを待った。成田までは、兄が迎えに来てくれるし、親から航空会社の地上アシスタントに引渡し、着いたら、成田の地上アシスタントが、兄の元まで届け、確かに迎え入れたというサインを貰うのだから、実はこれ程簡単で、安心なことはないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;英語教育の幼稚園や、小学校の夏休みは、他の幼稚園や小学校より、かなり早く始まる。6月初旬、地球人は、いよいよ一人で、海外への冒険をするときがやって来た。空港まで見送りに行った私達は、一生懸命、地球人の不安を取り除こう、と努力していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、買ってもらったばかりの腕時計を、大切に身につけていた。私は地球人に、腕時計を見せながら、「あのね！この針が大体ここに来たら、日本に着くから！！すぐだよ、心配しないで！！」と言った。地球人は、「うん。わかった。いってきま～～す！！」と元気に、地上アシスタントとともに手を振って、出入国管理室に入って行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;飛行機は地上の乗り物に比べ、格段に安全だということは、自分が以前航空会社員だったから、百も承知していたが、やはり、息子の初めての一人旅はとても心配で、気になった。家で到着の電話を、今か今かと、待ちわびていた。「成田に着いて、、、税関を出て、、、、兄に引き渡されて、、、、それから車で本郷まで、、、、。」と、大よその時間を計算し、そろそろ「到着！！」という電話がかかっても良さそうなのに、、、、と思っていた。ナカナカ電話のベルは鳴らなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我慢ができず、こちらから掛けようか、と思った矢先、電話のベルがケタタマシク鳴った。兄からだった。「無事着いたよ！！フライトが遅れたんだ、今、代わるから！！」と地球人に代わった。「ねえママ！！着いたけどさ、ママが言った時間になっても、まだ飛行機がず～っと飛んでいるから、僕、飛行機を間違えて乗って、アメリカまで行っちゃうのかと思ったよう～～～！！」と怒っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうだ！！私としたことが、、、、。」　出発が遅れるかも、ということを想定してなかった。当然スケジュール通り出ると思って、うっかり、スケジュールの到着時間を地球人に教え、時計の針に注意するよう、言ってしまったのだ。「ゴメンね！！遅れたんだね！！ゴメン！！」と私は何度も何度も謝った。地球人は飛行機の上で、時計を眺めつつ、本当に不安で、緊張で、たまらない時間を過ごしたらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;6歳になったばかりの地球人は、無事、東京の家についた安心感から、イッキに緊張がゆるんだのか、その夜、絶えて久しい＊＊＊＊＊をした。地球人のホームページの入り口は？？そう、それそれ！！まだまだ可愛い地球人だった。こうして、波乱のうちに、地球人の初フライト経験は、達成された。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-7484637611138682385?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/7484637611138682385/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=7484637611138682385' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7484637611138682385'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7484637611138682385'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_29.html' title='国際チビッコ一人旅開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-7487006442173199823</id><published>2008-10-27T06:52:00.003+09:00</published><updated>2008-10-27T10:34:14.664+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>台湾国内独立訓練開始</title><content type='html'>さて、英語教育の幼稚園に入園させるに当って、いよいよ本格的な独立訓練プロジェクトも同時進行させることを決意した私は、まず地球人との話し合いを始めた。私は兼ねてより、子供のプライドをとても重くみていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分自身が子供時代、最も嫌いだった大人の言葉は「お前はまだ小さいから出来ないよ！！」という言葉と「子供のくせに、、」という言葉だった。いつもこんな頭ごなしな言い方をする大人に、「侮辱！！」と頭にカチンと来ていた。だから、自分は子供には、成るべくこの言葉を言わないようにしよう、と気をつけていた。そこで、大きなことを決める時は、必ず話し合いを持ち、地球人の意志とやる気を尊重しようとした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ねえ、この英語教育の幼稚園に入ると、北京語の2番目の幼稚園にはいけなくなるし、帰りは一人でバスに乗って、チャンチャンの家まで（保母さんの家）帰ってこなきゃならないけど、どう思う？？」と、私は彼の意見を訊いてみた。内心、やっぱりビビッて、反対するかな？と心配していた私に、地球人は格好よく、こういった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「一人でバスに乗って帰るの？？へえ～～！！でも大丈夫だよ。僕、バスの路線図を持っているから面白そう！！」と、言い放った。「勿論、行きはパパが幼稚園まで送ってくれるし、最初の二日は、ママと一緒に帰るから覚えてね！！それから後は一人でやってみる？？」と、更に念を押した私に、地球人は眼を輝かせて頷いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;国内では、この幼稚園から保母さんの家までと、金曜日の帰り、幼稚園から、台北駅経由で新竹の夫の両親の家への汽車旅行が、地球人の独立訓練の最初のプロジェクトとなった。勿論、すでに近いところでは、大学内の幼稚園から、私の研究室までと、2番目の北京語幼稚園から、私の教えている Centerの４階カフェテリアまで、単独行動をした経験がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも本格的に、一人でバスに乗って、保母さんの家まで帰るには、バスを一度乗り換え、軽く一時間１５分ぐらいかかる、遠い道のりだ。新竹なら、さらに遠い。しかし、私は地球人には絶対に出来る、と信じていた。その根拠は？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このブログで、私の人生を紹介し始めたのは、中学一年生からだ。両国から、本郷への引越しのくだり、覚えておいでかな？？実は、私がその時手にしていた卒業証書は、浅草の小学校のものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;父の事業の関係で、幼稚園の２年生の時、（つまりこの地球人と全く同じ年齢の時）私は浅草から、両国に、引越しをした。その時、折角友達になった幼稚園の仲間と離れたくなくて、私は、両国の幼稚園への転園を、強硬に反対した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「でも、家から一時間位かかるのよ！そんなに遠い所へ通えるの？？」という母の質問に「絶対にできる。やってみる！！」と、言い張った私は、家から歩いて１０分の、両国の都電の駅へ。そこで、都電を待って乗車。２５分ぐらい揺られて浅草駅へ。そして又、１５分歩いて幼稚園へと、毎日通ったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、その幼稚園の友達が進学した、同じ浅草の小学校へ、小学校６年生まで通ったから、７年間の遠距離通学。「私がやって出来たことを、この子ができないわけがない！！」というのが、私の確信の根拠だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世間の人の眼や口は、本当にいい加減。どんなことも、自分の尺度で勝手に判断する。「可哀相ねあの子は、、、。親がしっかり世話しないで、ホッポラカされているみたい！！」と陰口をきく。まるで自分は、子供をしっかりと守っているのに、あの子の親は、、、。というような眼でみる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、当の本人の私は、当時どう思っていたのだろうか。自分の決心と、能力を、親に信頼され、一人で通学させてもらえて、本当に嬉しかった。大好きな友達とも、６年生まで一緒に過ごせて、遠距離通学なんて、ちっとも苦痛じゃなかった。むしろ、楽しい思い出が一杯。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時の東京には、粋な人が多かった。時には、朝のラッシュでギュウギュウに混んだ車内で、押しつぶされそうになっている私に、都電の運転手さんは黙って、「運転席の中に入れ！！」と、眼で誘導してくれた。私は都電の運転席と客席を分けている、バーの下を潜り抜け、かなり広いスペースの運転席の片隅で、ジッと前の景色を眺めながら、浅草駅まで乗っていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お客さんも、文句を言う人など、一人も居なかった。毎日通えば、自然と同じ車両には顔見知りも増え、「こっちにおいで！！空いているよ！！」と、自分の前のスペースをあけてくれる人も居た。私はそんな温かい、人の温もりも、この通学から沢山もらった。だから、この地球人にも、ただ単に、独立訓練のみならず、通園の楽しさも味わいつつ、精神力を強く鍛えたかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あのね！他の子のお母さんの考えは、ママとは全然違うかもしれないけど、ママにとって、世界中で、一番一番大切なパオペー（宝物）はテッちゃんだけ。だから、ママはママのやり方で、テッちゃんを大切に、大きくしていくの！！わかる？？」と良く話したものだ。こうして、英語教育幼稚園に入園した地球人の冒険は、始まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それから暫くして、私の心配は、全く杞憂だったことがわかった。この地球人は、つつがなく毎日幼稚園から、自分で帰ってきたばかりでなく、「ママ！！他の子は可哀相だよ！！バスに乗れないから、いつも、お母さんが車で迎えに来るまで、ずっと待ってなきゃならない。それに、一人じゃどこにも行かせてもらえないらしいよ！！」と、大いに他の子に同情していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分で週末、新竹に行くことなどを話したら、他の子供に、相当、羨ましがられたらしい。こんなものだ、子供の本心は、、、、。「大人がカリカリしすぎると、子供はきっと、萎縮するんだろうな？！」と改めて思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここまで読んだ、多くのお母さんは、すぐ、「でも、でも、日本は治安が悪いから心配で、、、、」と言うと思う。そんなお母さんは、お調べください！！当時も、今も、台湾の治安は間違いなく、日本より悪いと思うから、、、。でも、だからと言って、ひ弱な子育てが、許されるとは思わない。戦後の、あのひどい治安の中でも、日本の子供達は、逞しく生きて居たんだから、、、、。こうして、地球人の国内独立訓練プロジェクトは、順調に始まって行った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-7487006442173199823?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/7487006442173199823/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=7487006442173199823' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7487006442173199823'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/7487006442173199823'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_27.html' title='台湾国内独立訓練開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-1621822663654867066</id><published>2008-10-25T12:53:00.003+09:00</published><updated>2008-11-05T13:17:15.817+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>英語教育と独立訓練計画</title><content type='html'>地球人は順調に、二つの幼稚園で、北京語教育を受け続け、もうすぐ、終了するところまで、漕ぎ着けた。今度は、英語教育を始める準備と、本格的な独立訓練を始めなければならない時が、迫っていた。6歳を迎えたばかりのころである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中学一年生から親元を離れ、海外で勉強することが決まっていた地球人には、12歳以後、他の子供とは違って、自分自身で色々なことを判断し、決断しなければ成らない場面が多くなる。健康管理、金銭管理、自己管理（スケジュール、自己規律、その他）など、すべて自分で的確に判断を下す能力が、必要になってくるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その独立訓練を、そろそろ厳しく行うべき時が、やって来た。当時、留学先として候補に上がっていたのは、アメリカ、オーストラリア、カナダの3ヶ国。勿論、この3ヶ国には、いずれも強力な後見人が居たから、相談することはできる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし私は、成るべく地球人を寄宿舎に入れたい、と思っていた。あまり多くの人々に、ご迷惑をかけたくなかったし、しっかり独立訓練をしておけば、友人たちと一緒の寄宿舎生活の方が、地球人の思い出も多くなり、将来大いに役立つ、と考えていたからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、中学の寄宿舎でも、先生や友人、寮母さんなど、相談する相手は作れるだろうが、親から離れて、自分の生活を自分で管理する能力を、早くから養い、精神的に強くしておくことは、子供を海外に留学させる親の、必要欠くべからざる義務である、と考えていた私は、早速具体的な独立訓練プランを練り始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、英語教育の幼稚園入園の下調べに入った。当時、台湾には3つの英語教育の幼稚園があり、私は早速パンフレットを取り寄せ、この3つの幼稚園の内容を、調べ始めた。パンフレットを取り寄せてみて、一つのことに気がついた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最初の二つの幼稚園は、一クラスの園児が多すぎるのである。最初の二つの幼稚園は、当時アメリカ人や日本人が多く住む、山の側の高級住宅地にあり、子供たちが集中していたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は三つ目の幼稚園に注目した。ここは幼稚園と小学校が繋がっていた。中学一年生からは、他の二つの英語教育中学校に吸収合併され、台中で勉強することになるが、それは、もともと中学から海外留学計画の地球人とは、関係ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この幼稚園は、他の二つの英語教育の幼稚園、小学校とはかなり離れていた。在園生の人数も、最初の二つの幼稚園の半分位しか居ない、少人数のクラスが特色で、カリキュラムも、殆ど他と、変わらない。そこで、私は早速、三つ目の幼稚園に地球人を連れて行ってみた。入園資格はイギリスパスポートと、二人の推薦者を探せば問題ない。すでに調査済みだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;北京語幼稚園の教育も、残すところあとわずかとなったある日、私は地球人を連れて、この幼稚園の門を叩いた。アメリカ人の園長先生とは、電話でアポイントがとってあった。幼稚園に着いた時、丁度園内から、ワ～～～ッと外国人の子供たちが、外の庭に飛び出してきた。口々に英語で何か喋っている子供達を見た地球人は、ビックリして、私の後ろにそっと隠れ、私の洋服のすそを、しっかりと握りしめた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これまで、歌や簡単な言葉は、絵本やテープで見たり聞いたりしたことがあるが、実際にべらぺら喋っている外国人の耳慣れない英語には、ちょっと気後れし、初めてビビッたのだ。やさしそうな園長先生が、園内を案内してくれたが、地球人は心細そうに、私の手を握って、緊張していた。もしかしたら、ここで新しい生活が始まることを、想像しながら、見ていたのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;不安そうに、キョロキョロしていた地球人は、とある場所で、眼をきらきらさせて、立ち止まった。「これ、僕達がやるの？？」と、地球人が興奮して見ていたのは、ハツカネズミを大きなプラスチックの透明な箱の中の迷路に放ち、その動きを観察する、実験設備の前だった。とにかく動物好きの彼は、さっそくこの面白そうな実験設備を、食い入るように眺めていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;庭には、犬やウサギなどの動物も居て、どうやら、この幼稚園を、地球人は気に入ったようだった。私は早速、園長先生に入園をお願いした。今はほとんど英語は喋れないが、すでに色々な言葉の訓練をしたので、多分半年もあれば追いつくであろうことと、その為に、幼稚園からダブらせて、小学校に入れることを決意したことなど、一生懸命説明した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;園長先生は笑って、「大丈夫ですよ。お任せください！！」と快諾してくれた。早速、私は入園願書を貰って、喜んで家に戻った。後に、台湾の経済繁栄に伴って、外国人の居住者が増え、この幼稚園の入園者もかなり多くなり、入園には、英語での面接試験も行われるようになったそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここでも又地球人の強運が、、、と驚くが、時代を少しずつ先取りしていたので、容易だったのかも、とも思う。ともあれ、こうして、英語教育の準備は着々と整い、中学からの留学に備えた、独立訓練の具体的なプランは、まず、この幼稚園への通園を中心として、組み立てられていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-1621822663654867066?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/1621822663654867066/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=1621822663654867066' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1621822663654867066'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1621822663654867066'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_25.html' title='英語教育と独立訓練計画'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-3495289776630638861</id><published>2008-10-23T21:27:00.001+09:00</published><updated>2008-10-23T21:27:00.346+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人のお友達</title><content type='html'>地球人は大の動物好き。多分私の遺伝だ。犬も猫も大好き。近所に犬が居ると、すぐ近寄って行って遊んでいた。自分より大きな犬でも、平気。全然怖がらない。当時、近所に綺麗なシェパードを飼っている人が、よく朝夕、散歩していた。地球人はまだ子供で、遊びの加減がわからず、時々犬に煩がられていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この日、地球人はいつものように、この犬の後を追いかけ、煩く付き纏っていた。多分この日、ちょっと虫の居所が悪かったこの犬は、突然怒って地球人の左腕をガブリ！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ギャ～～！！」という地球人の大きな泣き声に、ヒョイと見ると洋服の左腕が裂け、真っ赤な血がドクドクと出ている。とっさに私はこの犬の持ち主に、「狂犬病の予防注射は受けていますか？」と一言だけ尋ねた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「大丈夫！狂犬病の予防注射は、受けています。あとで、証明書をもって行きます。どうも済みません！！」とオロオロし、恐縮している飼い主を残し、夫とともに、すぐに地球人を抱いて、近所の外科病院に走った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちょっと肉がえぐられ、見るからに、痛そうだったが、治療中、地球人は歯を食いしばって、我慢していた。「あんまり煩くまとわりつくから、犬に叱られたのよ！」という私の言葉を、黙って聞いていた。お医者さんも、「予防注射がしてあれば、そんなに心配はいらないでしょう。まあ、しばらく経過に注意していてください。」と言いながら、化膿止めの薬をだしてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前から地球人は、このシェパードの家に、しょっちゅう遊びに行き、良く私にもその大好きな犬のことを話していた。その飼い主ともすっかり顔馴染みになり、犬ともよく遊んでいた仲だったので、我々もつい、油断してしまったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;犬も本気じゃなく、ちょっと脅かしただけ。そんなことは、犬を飼い馴れている私には、一目瞭然。シェパードが本気になって噛んだら、とても、この程度では済まない。ちょっと歯が当ってしまっただけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから私は、何も飼い主やこの犬を咎める気持ちはなかった。しかし、当時台湾では、何か犬が問題を起こすと、簡単に薬殺されてしまう風潮があり、この事故の目撃者も多く、飼い主はビビッて、早速、謝りに来た。そして「医療費は、全部私が負担しますから、穏便に収めてください！！」と懇願した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、犬好きのこの飼い主の不安な気持ちが、痛いほどわかった。こんなことで、大切な犬の命が奪われることなど、私にも、許せることではなかった。当然、「大丈夫、心配しないで！！勿論、穏便に済ませますから、、、」と約束し、医療費は丁重に、お断りした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この飼い主は、ちゃんとリールで、犬を繋いでいた。犬に近づいて、チョッカイを出したのは、地球人である。飼い主にも、犬にも、何の落ち度もない。私は逆に、心配を掛けた飼い主に、「とにかくこの子は、お宅のシェパードが大好きで大好きで、、、。だから、つい構い過ぎてしまって、ゴメンなさい！！今日のことは忘れて、これからもよろしく！！」と逆に謝って、この件は、その日の午前中に、解決した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、その午後。なんと、地球人は、包帯を巻いたまま、このシェパードの大きな檻の中に入って行って、一緒に遊んでいるではないか。今朝、あんなに痛い目にあったのに、性懲りもなく、、、。チョロっと脅かしに噛んじゃったこの犬も、元々は地球人が大好き。檻の中で一緒に横たわり、ぺろぺろと、地球人を愛しそうに、舐めてご機嫌だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その犬と、大きな檻の中に入って、仲良く遊んでいる地球人を見た瞬間、私は、「おい、おい、おい、、。どうなってんの、アンタの神経は？！」と、飼い主ともども、面食らった。唖然として見ていたその飼い主も、自分の愛犬を、それ程愛してくれる地球人の、以前と全く変わらぬ様子を見て、なんだか、ホッとしていた。そして、このシェパードと地球人の愛情物語は、その後も変わらず、続いて行った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-3495289776630638861?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/3495289776630638861/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=3495289776630638861' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3495289776630638861'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/3495289776630638861'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_8182.html' title='地球人のお友達'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-6397678287913481639</id><published>2008-10-23T01:08:00.002+09:00</published><updated>2008-10-23T20:52:33.142+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>幼稚園入園と北京語強化</title><content type='html'>さて、めでたく、大学附属の幼稚園に入園した地球人。毎日、私と一緒に大学に通う日日が、始まった。この幼稚園は、私の所属する、外国語文学院の建物から、歩いて3分。便利この上ない場所にあった。当時、我々がすんでいた家は、大学から車で10分以内の距離にあり、大学の裏門から入ったら、歩いても、行ける距離にあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;歩いて2~3分のところに、他の専科大学もあり、市場までは2分。大学生が多くて、比較的安全な環境。その上、買い物にも便利。まだ地球人の独立訓練を始める前の我々には、申し分ない住環境だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時私は、台湾島内では、北京語よりも、むしろ台湾語の方が、家庭や職場で多く使われている事実を知った。つまり、北京語はもっと、意識的に強化する環境を与えなければ、外で使うチャンスは、台湾語より少ないことが、わかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、幼稚園児以上の子供に、北京語で、改めて訊きなおせば、北京語で答えられる。しかし、自然に喋っている言葉は、台湾語が殆どなのである。（人口の74%が台湾語を話す民族）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫との数時間の北京語会話と、午前中の幼稚園での北京語だけでは、常用するチャンスが足りない。地球人はすでにこの頃、台湾語はぺらぺらで、近所の子供同士で遊ぶには、まったく不自由していなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って、国際的な視野に立って、未来を考えると、今後、地球人にとって、最も重要な中国語となるであろう北京語を、この4歳、5歳という大切な時期に、更に強化し、脳内のチャンネル作りをして置かなければ、と考えていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時の私が、常に注目していたのは、言葉の常用頻度のバランスで、使用頻度が少ない言葉を意識的に、強化する為の環境を、どう整備するかというのが、私の最大のテーマだった。これらの努力は、一つの言葉の音域に、耳を固定させないようにする為であることは、もう皆さんお分かりだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が、英語教育の幼稚園で教育を始めれば、教育の主軸をなす言葉は、英語。北京語は、地球人が中学から、外国に留学した後は、あまり頻繁には耳にしなくなる言葉。だからこそ、この幼児期に、耳を北京語に、全開にしておく必要性を、感じていたのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;殆どの英語教育の学校には、土地柄、北京語の授業も、週に3時間ぐらいはある。しかし、それでは使用時間が少なく、すぐに退歩する言葉に成りかねない。従って、もっとも耳の鋭敏なこの年齢内に、北京語を更に強化し、忘れない言葉にしておこう、と考えたのだ。私は早速行動に移し、北京語強化作戦を実行する、第二の幼稚園を探し始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その候補の幼稚園は、すぐに見つかった。私が大学の授業終了後、午後だけ教えていたセンターの、道路を隔てた向かい側に、この幼稚園はあった。付近には、病院や大学があり、その教職員の子供たちが、朝7時頃から夜6時頃まで、預けられていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここは、保育園と幼稚園が併設されており、台北市内というのに、庭もかなり広くて、幼児には理想的だった。早速、私は園長先生に事情を話し、午後1時過ぎ（大学からの教職員バスが台北駅に到着する時間は、交通事情により多少誤差があったので、、、、）。から5時まで、この地球人を預かってくれるよう、お願いしてみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸い、私が、この幼稚園とは道路を隔てた向かいのセンターで教えていることもあり、何かあれば、すぐ連絡できる安心感から、園長先生は、地球人の、午後のみの保育を、喜んで引き受けてくれた。地球人は到着するとすぐ、一時間ほどの昼寝。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3時にはおやつも振舞われ、（焼きそばや麺など、、、）願ったり叶ったりの、理想的なスケジュールだった。私は早速、保母さんとの時間を調整し、姑と保母さんには、緊急時の控えに回ってもらった。勿論、二人とも問題なく、ＯＫしてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、当時の地球人の1日のスケジュールは：&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1. 08:30~12:00　　大学附属の幼稚園で、北京語で勉強&lt;br /&gt;2. 12:00~12:30　　歩いて、外国語文学院内の私の研究室に移動、昼食&lt;br /&gt;3. 12:40~13:10　　大学の教職員バスで、私と一緒に台北駅へ&lt;br /&gt;4. 13:10~13:20　　タクシーで、台北駅から第二の幼稚園まで、私と一緒に移動&lt;br /&gt;5. 13:20~17:00　　午後の幼稚園で、北京語で勉強、昼寝、おやつ&lt;br /&gt;6. 17:00~17:30　　自分で歩いて、向かいのセンター４階のカフェテリアで私と合流。おやつ&lt;br /&gt;7. 17:30~18:00　　タクシーで、台北駅へ移動。教職員バスを待ち合わせ&lt;br /&gt;8. 18:00~18:30　　教職員バスで、大学正門前へ&lt;br /&gt;9. 18:30~18:40　　大学正門前から自宅まで、タクシーで移動&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という、ハードなスケジュールとなった。時間がないので、私は手の込んだ料理は、土、日にまとめて作り置き、昼食は食べやすいサンドイッチとジュースやおにぎりを当日の朝準備した。こうして、地球人は、北京語の幼稚園二つを掛け持ちし、朝から晩まで、北京語で集団生活を始めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;センターのカフェテリアでは、英文系の先生（ほとんどアメリカ人）とも触れ合い、カフェテリアのオヤジさんとは、すっかり顔なじみとなり、台湾語でお喋りしながら、私の授業の終わりを待っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;毎日、午後2時から5時まで、授業を持っていた私が、学生の質問などで戻るのが少し遅れても、地球人は平気だった。カフェテリアのオヤジさんに、台湾語で、好きなスナックをつくってもらって食べていた。（勿論、私からすでにオヤジさんにもお願いしてあったから、、、、）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人は、北京語で幼稚園教育を始め、授業以外では、北京語と台湾語を駆使し、新竹では客家語を使い、私とは日本語のみ使用。2歳以後は毎年、夏休みの3ヶ月間を日本で過ごした。こうして、地球人は、たったひとつの言葉の音域に固定されない、開かれた耳を維持し続けていった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-6397678287913481639?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/6397678287913481639/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=6397678287913481639' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6397678287913481639'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6397678287913481639'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_23.html' title='幼稚園入園と北京語強化'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-6557511527159461096</id><published>2008-10-18T07:18:00.001+09:00</published><updated>2008-10-18T07:18:05.580+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>幼稚園入園前の地球人</title><content type='html'>&lt;div&gt;さて、二歳の夏を日本で過ごし、最初のうちは宇宙語で、日本の家族を悩ませていた地球人は、3ヶ月の日本滞在中に、すっかり日本語の言葉もしっかりしてきた。予想どおり、朝から晩まで日本語漬けの毎日は、効果抜群だった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;帰台後、大学の新学期開始を迎えた私は、予定どおり地球人を、当時、我が家のマンションのすぐ向かいに住んでいた、保母さんの家に預けた。地球人は朝から、午後6時ごろまで毎日、その保母さんの家で、台湾語を使いながら過ごす様になった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;丁度、同じ歳ごろの、チャンチャンという可愛い女の子と一緒。勿論、すぐに台湾語の環境にも馴染み、違和感なく、台湾語も定着し始めた。この保母さんは、看護婦さんの経験もあり、家は清潔で、病気にも詳しく、本当に頼りになる人だった。私は安心して任せて、大学へ出かけた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;毎日、夜6時前には、地球人を引き取りに、保母さんの家に行き、家族一緒に過ごした。大学というところは、大体一年に半年はお休み。夏休み、冬休み、春休みに加え、当時の台湾は、本当に祝日が多く、子育てには最適な仕事だった。私は益々この仕事を大切にし、教授法も研究し、簡単な論文なども発表するようになっていった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;もともと英文科で、日本の語学教育に疑問を持っていた私は、実践中心の独自の教授法を考え出し、なるべく学生の耳を鍛え、度胸よく日本語が使えるよう、心理面も強化する教授法にした。午後のセンターの仕事も、教授法を磨くにはぴったりの仕事だった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;大学のように、同年齢で、ほぼ均一な背景と、動機と、基礎を持つ学生とは違い、学歴、動機、年齢、基礎などがバラバラなクラスを纏め上げるのは、大学の教育より余程教授法に注意しなければならず、新しい独自の教授法を用い、その考察記なども発表した。こうして私の仕事は益々、忙しくなっていった。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;しかし、多くの学生を教えれば教える程、大抵の学生は、低い周波数（音域）から始まる日本語の発音に苦労し、促音、長音、濁音、半濁音などを、正確に聴き取れないことが分かった。ここでも、私の確信していた、幼児期の耳保護計画がどれ程大切かということが、証明されていった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;お母さん方の中には、「子供がまだ一つの言葉も満足に話せない内に、いくつもの言葉を同時進行させると、どの言葉も中途半端になり、子供が混乱するから反対！！」と、頭の中だけで考えて、反対する人がいる。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;確かに話はじめは、宇宙語を勝手に作り、独自の世界を楽しんでいた地球人も、これらの混乱はほんの一時。その後の地球人を知っている人は、そんな心配は絶対にご無用、ということが、お分かりだと思う。「それは、あなたの息子さんだけが特別！！」と、なんでも天才とか、特別とか言う、簡単な言葉で、片付けようとする人もいる。私は言葉に関しては、絶対にそうは思わない。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;言葉はあくまでも慣れであり、常用することによって固定する。だから基本的に、何処の国の子供でも、多言語習得の可能性は大いにあり、子供を持つ両親の努力次第だ、と心から思う。このことは今、この地球人に追いつけ追い越せと、現在、3ヶ国語を同時進行している、姪の息子二人が、どうなっているか、お調べになれば、納得が行くと思う。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;彼らは特に鬼才を放っているわけではなく、ごく普通の子供だ。現在11歳と8歳の彼たちにも、3カ国語同時進行の混乱は、一切ない。勿論、語彙が不足している言葉を、何というのか、フランス語で訊いたりはする。それは混乱ではなく、単に語彙が不足しているか、又はとっさに思いつかないだけ。あくまでも、後に修正可能な問題だ。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;さて、2歳半頃からの地球人の、大のお気に入りは、「ガッチャマン」というロボット戦士の漫画。日本でも、台湾でも、子供たちの間で大人気で、日本に居た3ヶ月間も、ずっと見ていた。台湾に戻った地球人は、同じ漫画を北京語で見て、主題歌は、日本語で歌ったり、北京語で歌ったりしていた。その外、ウルトラマンも大のお気に入りのテレビ番組で、全盛期の日本で習い覚えたウルトラマンキックを、「ウ～～ヤ～～～タ～～～！！」と、家族の前で披露して、大活躍だった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;こうして、お喋りを始めた地球人は、夫とは北京語、私とは日本語、保母さん一家とは台湾語、新竹の家では客家語と4つの全く発音の異なる言葉を使い分け、家族を喜ばせていた。誰よりも、孫との会話が出来なくなるのでは？と案じていた、日本の肝っ玉母さんが大喜びしたことは、言うまでも無い。そうこうしているうちに、あっという間に時はすぎ、地球人は3歳半になんなんとしていた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;この頃から、そろそろ、幼稚園教育を始める準備に入った私は、まだ地球人が、ほとんど夫としか話していない北京語を定着させる為、まず、幼稚園の2年間を、北京語で始めることを決意していた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そしてその後、英語教育の幼稚園を一年ダブらせ、そのまま、幼稚園と同じ教育法人の英語教育の小学校に行かせる計画を立てていた。早生まれの地球人は、それでも、十分就学年齢内で問題なく、追いつくと思っていた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;そんな時、私が教鞭をとっていたカトリック大学の家政系から、学生の研究用に、大学内に幼稚園を附設する計画が発表され、教職員にも伝えられた。最初の年は、教職員の児童は特別料金で、優先的に受け入れてくれるという、願ったり叶ったりの計画だった。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;早速、優先受付を済ませた私は、毎朝大学に通う時、一緒に連れて行けると大喜びだった。ちなみに、この幼稚園には、大きな水族館のようなガラスばりの遊戯室があり、子供たちの様子をそのガラス越しに観察し、幼児教育の研究ができるようになっていた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;勿論、教室の中の子供たちからは、研究生や観察者の姿は全く見えず、自然に遊ぶ児童の様子が、手に取るようにわかるような設備が施され、当時、画期的な幼稚園として、話題となった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;大学内の広い敷地を使い、十分な野外の遊具施設も整ったこの幼稚園には、その後、日本の多くの大学附属幼稚園の園長先生も見学にみえ、国際幼児教育学会なども開かれるようになり、瞬くうちに、台湾島内のみならず、海外でも有名な幼稚園となった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;地球人は後に、この大学附属幼稚園の、栄えある第一期卒業生となるのだが、現在、この幼稚園に入るには、抽選の順番待ちで、２晩ぐらい徹夜組が出、教職員の児童に対する優先権も全くなくなり、希望者が殺到。入るのが大変な幼稚園となっているそうだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ここでも、地球人の強運に驚かざるを得ない。ともあれ、そんな幼稚園に、あと半年で入園する予定の地球人は、益々元気一杯のガキ大将。残り少ない就園前の日日を、活発に、楽しく過ごしていた。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-6557511527159461096?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/6557511527159461096/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=6557511527159461096' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6557511527159461096'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/6557511527159461096'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_17.html' title='幼稚園入園前の地球人'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5289818084774269446</id><published>2008-10-16T02:44:00.001+09:00</published><updated>2008-11-15T09:08:21.820+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人への教え</title><content type='html'>我が家では、必ず、繰り返し繰り返し、地球人に教えたルールがある。それは、大切なことの第一優先は、「命の尊厳」。「自分にも、家族にも、他人にも、そして縁あって家族になったペットにも、、、」。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どんなことにも、優先順位がある。我が家の教育の順番の、第一優先は、「命の尊厳」を教えることだった。赤ん坊の時から、わかっても分からなくても、事あるごとに、繰り返し繰り返し、言葉に出した。つまり、彼の命はたった一人の物ではなく、両親に愛され、多くの家族に愛され、余人では替えられぬ、家族の宝物であることを、口を酸っぱくして教え込んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供の頃の地球人は、家族の皆に、「パオペーちゃん！！」（パオペーは北京語で宝物、従って宝物ちゃん）」と呼ばれて抱きしめられていた。そして、他人の命も同様に、大切にしなければならないことを、何度も何度も教えた。勿論、ペットの動物も。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;子供時代せん病質だった私は、この優先順位に基づき、何よりも地球人の「命」を守る為、健康な体作りに、心を砕いていた。しかし、この点では、私は夫と姑に心から感謝しなければならない。私では、とうてい考えも及ばない方法で、夫と姑は、この地球人の体の基礎をつくりあげてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫は当時、「胃袋の弱い子供は、神経質になりやすく、偏食の気難しい子供が多い」と頑なに思い込んでいた。（根拠があるのか、ないのかは、定かではないが、、、。）健康な体作りの大敵は、偏食。そう思い込んでいた夫は、地球人が生まれてすぐ、まだ香港に居る時から、粉ミルクを、一つのブランドに固定することを拒んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、大体2週間置きぐらいに、全く違うブランド（勿論安全な）の粉ミルクに替えた。そのブランドの数、ゆうに8種類以上。高いとか、安いとかは、問題ではなかった。夫はこうして、地球人が、どんな味にも、配合にも、対応できる、舌と胃袋を作り上げることに、専念した。余談だが、この信念は、子犬の育成にも応用され、固形の餌も、決して一つのブランドに固定せず、色々と配合した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、皮膚を強くして、なるべく、風邪を引きにくい体を作る為、お風呂での体の洗い方を、工夫した。赤ん坊の時は、柔らかめのタワシ状のもので、3~4歳ごろからは、かなり固めのタワシ状のもので、地球人の体を洗った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人がかなり熱があるときは、水に近い、ぬるめのお湯をお風呂に張り、自分も一緒に、抱いてつかりながら、放熱した。どれもこれも、わたしの想像を遙かに超えた、どちらかというと野蛮な方法だ、と心配したが、夫は頑として譲らなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;姑に至っては、更に凄い発想で離乳食を考え出して、地球人の骨格や、健康づくりに、挑戦してくれた。まず、重湯に近いおかゆを作り、その中に、水で戻した干し貝柱、煮立ったお湯にサット通した豚の赤身肉（とても新鮮なもの）、煮干の粉、粉ミルク、ビタミン剤、野菜などなどをすべて入れ、ミキサーでガ～～～ッ！！と2分位かき混ぜて、終わり。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それを哺乳瓶にいれて、乳首の先をブチッと切り、穴を大きくして、準備完了。地球人に飲ませたのだ。離乳期に1日に3回以上。「ねえ、皆！これも、私が香港で、泣きながら飲んだ、あの漢方薬スープに勝るとも劣らない、もの凄い味だと思わない？？」勿論、この他、果物のジュースやミルクもたっぷり飲ませていたけど、、、、、。後に、この話を実姉にしたら、「それ、最高の離乳食よ、お姑さんに感謝しなさい！！」と言われた。でもでも、、、、、オエッ！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫の味と胃袋強化作戦のお陰で、この地球人は何の抵抗も無く、この姑の、愛を込めた離乳食を、受け付けた。大発見に喜んだ姑は、その後、2歳違いで生れた、夫の弟の子供にも、同じものを準備して、飲ませた。結果は直ちに、「オエッ！！」と吐き出され、その後の孫には、（姑は後の孫の4人も手がけた）誰一人として、受け付けてもらえなかった。ここでも、「恐るべし地球人！！」と、夫の家族の伝説となった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;かくして、我が家では、言葉の教育以上に、「自他ともに、命を大切にすること！！健康に留意すること！！」というのが、大切な大切な教えになっている。健康な体が無かったら、どんなに言葉が駆使できても、国際人として、異文化のストレスの中、堂々と生きながらえることは難しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;命については、今、本当に、大人も子供も、粗末に捨てる世の中。当たり前のことだが、あらゆることの成功は、命と健康な体があってのこと。世界中の国々を相手に、「不屈の精神」で、色々な挑戦を続ける為には、健康な体と、健全な精神は、不可欠な要素。だから地球人は、パパとポポ（姑のこと）に感謝しなくっちゃね！！&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5289818084774269446?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5289818084774269446/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5289818084774269446' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5289818084774269446'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5289818084774269446'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_16.html' title='地球人への教え'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-2182535825247455284</id><published>2008-10-14T01:08:00.001+09:00</published><updated>2008-10-14T08:03:11.895+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人の宇宙語</title><content type='html'>&lt;div&gt;地球人のお喋り開始はかなり遅く、2歳になるころだった。10ヶ月ぐらいの赤ん坊の時、風邪で訪れた病院のお医者さんの前で、注射が怖くて「ワ～～～ッ！！」と大きな口を開けて泣いたのをシゲシゲと覗き込んだお医者さん。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;「この子は、ちょっと舌の下についている膜が、先の方までくっつき過ぎているから、焼き切って、短くしないと、おしゃべりが舌足らずに、成りかねませんよ。今のうちにやったらどうですか？簡単な手術ですから！！」と勧めてくれた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;勿論、「ハイ！お願いします！」と私はすぐ頼んだが、お医者さんは、「簡単な麻酔をするから、もう少し後、1歳ぐらいまで待ちましょう！！」と言った。勿論、従わないわけにはいかない。早速、手術の予約をした。地球人がこの時、診てもらった台北の空軍病院は、設備もよく、大きな病院だったから、患者も多く、手術の予約も、早めにした方がよかったからだ。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;予定通り、1歳を少し過ぎたある日、地球人は簡単な手術を受けた。手術は、問題なく終わった。そしてその後、「あ～～！！ブ～～ッ！うわ～～！！」などの、奇声は発していたが、なかなか、纏まった言葉は出てこなかった。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;「まあ、お喋り開始時期は、かなり個人差があるし、、、、」と私は別に、それ程気にせず相変わらず、私の日本語での喋りかけの他に、当時、台湾ではかなり高価だったビディオテープレコーダーを買い込んで、日本語のテレビ漫画を見せたり、テープを聞かせたり、歌を覚えさせたりしていた。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;寝るときは必ず、日本の童謡と物語の絵本。おもちゃもなるべく、日本語の文字に触れるものを準備していた。夫は相変わらず、北京語で息子に語りかけていた。そして2歳をちょっと過ぎた頃、私は地球人をつれて、台湾移住後、初めて日本に戻った。日本の家族も待っているし、大学の夏休み期間中を利用して、なるべく地球人に、日本語だけの環境を与えたい、と思っていたからだ。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;余談だが、それからの地球人は、私の地球人養成プランに従って、20歳まで毎年3ヶ月以上、日本で過ごしていた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;初めて日本の家族に囲まれて、大喜びの地球人。ワアワアキャアキャアご機嫌で、すぐに次々と、家族皆の膝に抱かれ、嫌がることなく、喜んで遊んでいた。「やっぱり、身内は分かるんだ！！」と私はすっかり安心した。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;次の日、私は用事で、ほんの2~3時間、この地球人のお世話を、兄嫁と母に頼んで出かけた。戻ると、兄嫁と母が怖い顔をして私を睨み付け、怒っている。地球人は別に、問題なく遊んでいた。「？？？、、、」&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;「何かやらかしたのかな？？」と思っていたら、さっそく母が、「お前ね！ちゃんと日本語を教えて置いて貰わなきゃ困るよ！！いきなり、ニャオニャオする～～！！ニャオニャオする～～！！って立ち上がったと思ったら、何で分からないんだ！！っていうような顔をして、怒ってるんだよ！この子は、、。ホントに気が短いんだから！！」とのお怒り。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「アッチャー！！やっちゃった。そうだ、忘れてた！！この子の宇宙語の意味を、教えてから出かけるのを、、、！！」　当時、お喋りをし始めたばかりの地球人は、自分で勝手に宇宙語を作成し、喋っていたのだ。赤ちゃん言葉も地球規模。北京語と日本語の混合だった。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;「ニャオニャオ」とは猫の鳴き声に有らず。北京語で「おしっこ」のこと。「尿尿｣と書く。それに地球人は勝手に日本語の「する」をつけて、彼と台湾の家族にしか分からぬ宇宙語を作り出して、喋っていたのだ。大笑いしながら謝り、早速、いくつかの地球人の喋る、生活に密着した宇宙語を、日本の家族に教え込んだ。&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;div&gt;その後、日本の家族はみんな、「それ！ニャオニャオだよ！！早く早く！！」とか「それタービエンだよ！！急げ！！」と、地球人の宇宙語は、我が家の流行語大賞となった。ちなみに、タービエンは北京語で大便のこと。「これは発音が近いから、想像できたでしょ？？皆さん！！」こうして、最初の日本訪問は、地球人を中心に、面白おかしく、賑やかに過ぎていった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-2182535825247455284?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/2182535825247455284/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=2182535825247455284' title='4 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2182535825247455284'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2182535825247455284'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_14.html' title='地球人の宇宙語'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>4</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-8457168651169575932</id><published>2008-10-11T03:01:00.005+09:00</published><updated>2008-11-08T04:32:54.037+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>聴覚研究をされている先生の紹介</title><content type='html'>地球人の耳保護作戦を語学的な視点から考えた私だが、全く違う角度から考えた先生をちょっとご紹介してみたい。先生はご自身、音楽の専門家で某大学でクラリネットを専攻した方だ。勿論、大学時代はクラリネットが専門だったので、音楽家を志しておられたそうだ。（これらは、この先生からの談話の聞きかじりなので、多少誤りがあったらごめんなさい。） &lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;しかし、ある日、先生は困った事実に突き当たった。自分が演奏しながらマーチしていると、どうもテンポがずれて、歩様が乱れるのだ。先生は自分の技術の問題かと最初は反省し、何とか修正しようと努めたらしい。しかしどうしても違和感を拭えず、演奏家の道をあきらめ、教職の道につかれた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そして大学で学生に教えたり、オーケストラの指揮をしたりして過ごされた。ある日、先生は、教えている学生の中にも、先生と同じ問題で悩んでいる学生を発見するに至り、初めて日本人の聴覚がヨーロッパの作曲家の曲を、現地の人々とリズムやテンポを同じように捉えているのかどうかに疑問を抱き始め、色々と研究を始められたそうだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;私は、2年程前に、約、30年程コンサルタントを続けている会社が、社会福祉基金会の事業の一環として、保育園と幼稚園を開設する際、この基金会の理事長から、一年間、顧問として招聘された。そして、幼児の特殊教育によさそうな設備を導入する役目を任され、研究をしているとき、先生にお目にかかった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;先生は、既に教職を離れ、ご自身の聴覚研究所を開き、演奏会を控えた音楽家の、一時的な耳の矯正用や、外国語の発音に関する大人の語学耳の改善、自閉症児童の脳への刺激療法などの研究開発をされ、色々な脳学会で講演したり、教材として、高周波の特殊CDなどの開発販売をしておられた。そして、高周波による特殊矯正コースを広い年齢層に開いて実験をしてみた結果、色々な効能があることを発見されたそうだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;例えば絵を描いてから、聴覚研究所内の機器を使い、先生が製作監修された、高周波の音域を含む特殊な音楽を30分程聴かせ、又同じものの絵を描かせると、色使い、観察力、明るさ、構図などにかなりの変化がでるそうだ。（勿論進歩）&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;確かに私も何枚か見せてもらった。鮮やかで構図も色彩もしっかりしたものになっているように見える。この高周波の特殊音楽CDを色々なケースで続けて聴かせた結果、自閉症治療や会社員のやる気などにも大いに効果が出て、先生自身が大変驚かれたそうだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;そこで、私は、幼児の特殊能力養成を目指す、台北の保育園と幼稚園に、この先生の特殊音楽CDを導入してみた。そして、先生のCDを毎朝１時間ぐらい自然に流しておくように、幼稚園の園長に提案した。スピーカーは12面体の特殊なもの。子供だから、ヘッドフォンでジッとして長い時間聴かせることは難しいと、判断したからだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;この幼稚園の園児に、将来効果が出るか出ないかは未知数であり、出ても個人差があるにちがいない。それに才能の開花とは、後天的な環境や性格、努力など、様々な要因によっても変わるのだから、もしかしてこの設備によって効果が出たとしても、証明することは難しい。しかし、脳内の研究はまだまだ70％ぐらいが未知であり、それだけに又、可能性も無限に広がっていると思えるのだ。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;このような実績証明が難しい幼児教育機関に、先生が開発された特殊設備を導入する決定をした台北の保育園と幼稚園の理事長は、「教育とはマラソンレースであり、一発勝負である。できることは、何でもやってみるべきだ！！」という私の意見を大いに尊重してくれた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;その大きな要因は、この理事長と幼稚園関係者が、実際に多言語を駆使する地球人の存在を知っており、「高周波を使った子供の耳と脳へのアプローチは知力、気力、能力の開発に大きなプラス要因では？？」という私の意見を実践に移してくれたからに他ならない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;私自身の体験や研究からも、聴覚研究所を開設された先生のご意見には大いに賛同できる。日本人耳では、高い音域をほとんど聴き取れないことは、多くの日本人の英語の発音からも証明されている。音楽では、後天的にかなり努力すれば、この日本人耳の壁を越えることができるのか、私にはこの実験データーがないからわからない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;私は、先生の開発した、高周波を取り込んだ音楽CDを、台北の幼稚園の子供が聴き続けることにより、鋭敏な耳を確保し続け、知力や気力や能力が上がるのに少しでも効果があれば、と期待している。しかし、それは本来、台北の保育園や幼稚園だけの問題ではなく、日本の幼稚園、小学校、中学校、高校、大学などでも、続けて自然に流しておくべき音域ではないか、と考えている。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;日本語は、何しろ1500ヘルツという、かなり低い音域で終わってしまう言語であることを真剣に考えたら、幼少時からのこうした試みはやってみる価値はあるのではないだろうか。但しこの耳全開作戦（音域の維持）の努力は、正しい音を正しく聴き取る可能性のみの維持で、言葉そのものを導入する努力をしなければ、多言語習得には何の役にも立たない。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;しかし、いざ何処かの国の言葉を入れようと思い立った時、その国の言葉を常にネイティブの発音で聴き取れる耳が維持できていたら、どんなに楽しいことだろう。正しい発音で外国語が聴ける耳を持つことは、大いに言葉を積極的に学ぼうと言う意欲に繋がる。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;テツママは「発音にコンプレックスを持たない、キレイな外国語を、自信を持って話せる子供が、日本にウヨウヨ現れる日が早く来ればいいな！！」と夢見ている。世界の壁を取り払う為に、、、、。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-8457168651169575932?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/8457168651169575932/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=8457168651169575932' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8457168651169575932'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/8457168651169575932'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/to.html' title='聴覚研究をされている先生の紹介'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5726651055861143708</id><published>2008-10-10T10:12:00.007+09:00</published><updated>2008-10-15T17:37:07.269+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>多言語教育を目指す方に</title><content type='html'>さて、ここで少し固いお話を一発。テツママは、バカ話ばかりではないところをちょいとご披露。皆さんは、すでにご存知かも知れないが、子供に言葉の訓練をしよう、と決意している人なら、必ず注目しなければならない、大切なことだから、もう一度おさらいね。今回はちょっと長いけど我慢して読んで！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;耳から入る音に刺激されている人間の子供の脳は、言葉のチャンネル作りをする、と言われている。そして色々な学者の報告では、早い子は３歳までに、遅い子でも５歳ぐらいまでにはこの脳の言葉のチャンネル作りを終えてしまうという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後も大体9歳から10歳ぐらいまでは、かなりの音の周波数に対応できる耳を持っているが、１１歳から１２歳ぐらいを過ぎると、それまでに聴いていた言葉の音域に、耳が固定されてしまうそうだ。日本のかつての英語教育は、中学一年生、つまり１２歳以後、すでに日本語に耳が固定されてしまってから始まっていた。だから、どんなに頑張っても、正しく聞き取れず、苦労したのはこの耳のせい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、生まれたばかりの赤ん坊が、聴き取れる可能性のある音の周波数は、低音約20ヘルツから高音約20000ヘルツまである、といわれている。世界中、どんな国の赤ん坊でも、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、耳が音の周波数に固定されるというのは、実際にどういうことを意味しているのだろうか。ここで皆さんは、色々な国の言葉が発する音の周波数（耳のパスバンド）に注目していただきたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１．日本語：　低音16（20という説もある）ヘルツから高音1500ヘルツ&lt;br /&gt;２．英語：　低音2000ヘルツから高音15000ヘルツ&lt;br /&gt;３．フランス語：　低音1000ヘルツから高音2000ヘルツ&lt;br /&gt;４．イタリア語：　低音2000ヘルツから高音4000ヘルツ&lt;br /&gt;５．ドイツ語：　低音125ヘルツから3000ヘルツ&lt;br /&gt;６．ロシア語：　低音125ヘルツから10000ヘルツ&lt;br /&gt;７．スペイン語：　低音125ヘルツから500ヘルツ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は超専門家ではないから、多少の誤差はご容赦あれ。しかし、上記の数字をじっくり眺めていただきたい。面白いことに気づかれるとおもう。つまり、この中で最も低い音の周波数から始まっている国の言葉は？？そう、「日本語」。そして最も高い周波数まで使っている言葉は？？そう、「英語」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから、耳が固定されるまでに（10歳前ぐらいまでに）、完全にこの二つの言葉を常用するように習慣づけていたら、どこの国の子供の耳でも、少なくとも理論的には、ここに書かれた他の外国語の音域は、正しく聴き取れるということ。つまり、発音などはかなり正確に聴き取れる耳であるということを意味する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又反対に、もし10歳ぐらいまで、日本語のみで育てた子供は、1500ヘルツ以上の音の周波数を聞き取りにくい耳となり、多言語習得には、かなり困難な耳となる。日本人が外国語習得が不得手な人が多い理由は、この耳のせいに他ならない。（勿論中には例外が居るが、そういう人は幼児期に、何らかの音の刺激が加えられている、と私は思う）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言葉の発音が正確である、と自分に自信が持てることは、言葉を積極的に使って行く上で、非常に大切な心理的要素であり、私が地球人を手元に引き取り、日本語を完全に、私の発音で地球人の耳に残したい、と願ったのはそれが原因。そして幼稚園からの教育を英語で、と決めたのも、将来の多言語習得の際、ほぼ、ネイティブと変わらない発音で、他国の言葉を習得させる為。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;又、地球人の将来の、多言語習得に要する速度を速める為、脳の言語中枢を赤ん坊の時から刺激し、なるべく、多くの言葉の常用を同時進行させたのも、3歳から5歳でチャンネル作りを終えてしまう、といわれている脳を刺激し続け、多くのチャンネルを開いておく為であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前にも述べたとおり、地球人の多言語養成計画について、私は出来ることは、無駄でもいいから何でもやってみよう、と決心していた。地球人は1日1日確実に成長して行き、あとで「あの時こうしておけばよかった！！」という後悔だけは、残したくなかったからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;従って、このブログを読んでいる方で、もし、子供に多言語を習得させたい、と願っている方が居たら、出来れば赤ん坊の時から、遅くとも10歳前に、なるべく多くの外国語を同時進行で聴かせ、話させる訓練をしてみるように、心がけたらいかがなものだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に英語。読み書きする力は、後からでも補える。今の日本は昔と違い、多くの外国人留学生や（苦学生も含む）、ワーキングビザで滞在している、一般の外国人家族も多い。家族ぐるみで付き合ったり、その方々の子供さんを預かったりなど、ちょっと頭と、知恵と、実行力を出してネットで探したら、昔とは比べ物にならない程、貴重な情報がとれる時代。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;確かに日本も、子供の多言語教育機関は、以前とくらべ、格段に増えている。子供向けの教材も多い。しかし、言葉を耳と脳に固定させるためには、導入後、必ず個別に（外国人教師に大勢でならうよりも、できれば個別に）使用する機会を多く設け、習慣化しなければならない。この点、ただCDやDVDなどで聴いたり、見たりだけ、している子供は、実際に外国人と単独で話す時、気後れや、はにかみ、などの心理的抵抗感がブレーキをかけ、実力を出し切れない場合が多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな時の子供の心理は、かなりプライドが傷つき（子供のプライドを侮るなかれ！！）、その言葉に対して、恐れやコンプレックスを感じ、悪影響として残る場合がある。これをなくさせるためには、一度や二度失敗して子供がひるんでも、何度も、何度も、繰り返し意識的に環境をつくり、体験させ、自然に慣れさせて、自信を持たせる以外に方法はない。そして自信が生まれ始めた時、その勇気を大いに称えて、更に励まし、喜んで使える言葉として、固定して行くのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その心理面の抵抗感に対する克服策を考えなければ、なかなか、本当に使いこなせる言葉として定着させることは、難しいだろう。だから、必ず個別に実践できる回数を増やし、使う環境を、どう作り出してあげられるか、というのが、これからの多言語教育を目指すご両親の、腕の見せ所ではないか、と思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;近国のグアムなど、英語圏での少年キャンプ（日本人と一緒ではダメ。なるべく外国人ばかりの）、毎年の夏休みの短期留学など、方法は、いくらでもあるのではないだろうか。勿論、倹約して、ちょっとお金も貯めて。塾に行かせる気持ちがあるなら、それ程手が届かないプランでもないと思うが。ちょっと突飛な案なら、台湾の英語教育幼稚園とか小学校に入学。学費は日本の３分の一で、高校まで行った人の、アメリカ超一琉大学への合格率が、抜群なのをご存知かな？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あ～～あ、ゴメンね｣。又、教授のお節介が、私にも乗り移ってしまった。「余計なお節介だと思う方は、全て忘れてください！！」ただ、肝っ玉母さん譲りのノーテンキなテツママは、すべて、まず、出来るという発想に立ち、「ではどうするか？」という飛び降り型。だから失敗も多かったけど、この地球人の、多言語教育計画だけは、どうやら、かなり成功しているように見えるんですよ。今は、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余談だが、今、私の住んでいるケベックの田舎町で、地球人2号、3号を目指している姪の子供二人（11歳と8歳）も、私の理論を生れた時から実践し、今は3ヶ国語（英語、フランス語、日本語）を同時進行している。フランス語圏であるケベックの児童教育は、フランス語で行われるところが多いが（勿論英語で教育する学校もある）、こちらのテレビでは英語のチャンネルも沢山あり、又、英国系の人々も周りに多いので、実践チャンスも豊富。すでに、これらの3ヶ国語は、どれもべらべら。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;7年前に此方に移民して来て、学校でフランス語教育を一年受け、その後すぐに、仕事に就いた両親より、余程上手い。姪の話によると、地球人2号候補は、来年から入学する中学に、第二外国語としてスペイン語教育があることを喜び、自分から選択して、追加すると張り切っているそうだ。彼たちの目標は、元祖地球人。私も身近で見守っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、皆さん！！語学教育以外に、耳から入る低周波から高周波までの音の刺激は、スポーツ、音楽、ダンス、芸術、知力、気力、すべてに大きく役立つことを、すでにご存知ですよね？？これは本当の話。モーツアルトは偉大な耳を持つ音楽家であり、多言語を駆使したことでも知られている。もし、今、多言語習得を子供に体験させているご両親は、同時にご自身の子供さんに、知らず知らずに、これらの能力開発もしているんですよ！！ブラボー！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから、その後の地球人は、かなり音楽にものめり込み、現在、そこそこのドラマーでもあることをご存知かな？？（いやいや失礼！！教授に習って謙虚に謙虚に！！）本当はまだ下積みの、とあるマイナーなバンドのドラマーで、趣味程度だけど、、、。多くの スポーツも、絵も、まあまあ、そこそこに楽しめる様子。スポーツ能力は、絶対に私の遺伝子ではない。私はまったく運動オンチだったんだから、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ともあれ、まだこの頃の地球人は、取りあえず、幼稚園で英語教育を始める前の、多言語対応型の脳のチャンネル作りに、励んでいる真っ最中。私の地球人養成計画も、まだまだ初期の段階で、これからが地球人の冒険の、始まり始まり！！！どんな続きとなるのやら、、、、。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5726651055861143708?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5726651055861143708/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5726651055861143708' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5726651055861143708'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5726651055861143708'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/09/blog-post_283.html' title='多言語教育を目指す方に'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-2183482651552597348</id><published>2008-10-08T09:07:00.002+09:00</published><updated>2008-10-11T16:20:16.593+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人の耳全開作戦</title><content type='html'>さて、9月から大学の教壇にたった私は、約半年で、本系である東方語文学系（日本語専門の学科）に呼び戻された。このことは当時、更に安定した仕事に就ける、ということを意味していた。そして、同時に、某国立大学附属の教育機関（以後、センターと呼ぶ）にも招聘された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時、英語、日本語、フランス語、スペイン語、ドイツ語などの留学試験や、検定試験など、色々な国家試験が委託されていた、この台北市内のセンターでは、社会人も含む全ての人々（18歳未満を除く）向けに、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、日本語のクラスが開かれていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やはり一番学生が多かったのは英語のクラス。次に人気があったのは日本語のクラスであった。私はここで教科書などの執筆チームにも加わったり、試験問題の作成、試験の監督などの経験も積み、益々教授法にも、興味を持ち始めていた。そして、我が家の経済的基盤も、益々強くなっていった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、大学の教壇にたって1年半程が過ぎたある日、大学のクラスで、面白い光景を目にした。クラスの中で、一人一人、交代に前に立たされた学生が、見物の学生に、何か要求され、汗だくになって、喋っていたのだ。見物の学生は、皆ゲラゲラ大笑いをしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に前に立った学生は、中国語だが、明らかに別の言葉を喋っていた。私はうかつにも、夫が当時、北京語、台湾語、客家語、広東語などを流暢に話していたので、台湾の人ならだれでもこの4つの言葉は話せるものだ、と頭から思い込んでいた。しかし、実情は違った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;当時標準語として、学校教育で使われていたのは、北京語だから、すべての大学生が北京語を話せるのは、当然だった。しかし、台湾という特殊な歴史を持つ小さな島国は、外省人（共産党との戦いに敗れた後、戦後、中国大陸から台湾に渡ってきた人々と、その子孫をこう呼ぶ）、台湾人、客家人、原地人、外国人などが入り混じって構成されていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;台湾人は客家人の話す客家語を話せず、客家人は台湾人の話す台湾語を話せず、外省人、原地人は台湾語も、客家語も、うまく話せず、外国人は（私のような）北京語も、台湾語も、客家語も話せない人が多くいた。中国大陸の方言は物凄く多く、勿論、これ以外の言葉を話す人々も、数は少ないが台湾に在住していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この時、私が偶然目にした学生達の遊びは、それぞれの学生の苦手な言葉（中国語のみ）を、前で無理に話させては、たどたどしい話し振りや、発音の違いに、腹を抱えて大笑いするという遊びだったのだ。（別に、それぞれ皆交代でやるので、いじめという雰囲気は、まったくなかった。もし、いじめという意識があれば、私の入っていった時点で、中止していただろう。皆面白そうにジョークを言いつつ、本当に遊んでいただけだった）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なるほど、中国語のテレビ放送や、ドラマの画面の下に、いつも字幕（中国語）がでるわけだ。書けば同じ文字でも、話すと本当に外国語と同じぐらい発音が違い、中国人同士でも、北京語を除く他の方言では、コミュニケーションがとれない人々が、おおぜいいたのである。&lt;div&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、台湾で最も日常多くの人々に使われている方言は、台湾語であり（シナ語として独立した言語という説もあり、大体人口の74%前後の人々に使われている）、北京語ではない。しかし、日本にも標準語があるように、中国語の標準語として学校教育で使われているのは、今は北京語だけだが、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は早速、それぞれの言葉の声域（音声）の違いに興味を持ち、調べてみた。驚いたことに、北京語は４声しかなく、客家語は６声（実際には二つダブっている変化音があるので４声ともいわれているが）、台湾語は更に多く、８声（ひとつ変化音がダブっているので７声とも言われているが）あるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり台湾語が、もっとも低音から高音までの広い音域を使用しており、これはかなり低周波数から、高周波数までを網羅している言葉であることを、意味している。大学の学生が、偶然私に聞かせた全く発音が違う、完全に外国語のような３つの言葉の違い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中で、もっとも声域を広く使う言葉は台湾語だ、ということを突き止めた私は、直ちにこの台湾語を、地球人の耳に取り入れる決意をした。つまり英語教育を始める前の地球人の耳に、広い声域（音域）を確保して置く為に、、、、、。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その頃、地球人はすでに姑と新竹の家に戻っており、週末のみ、私と夫が新竹に通う日日が続いていた。私はこの地球人が１歳半になる頃には、中学一年生から外国に出す決意をしていた。それは台湾と中国大陸との政情不安から、将来の地球人の安全を確保するためと、国際人としての地球人養成計画によるものだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その為には、普通の子より早く、精神的な独立訓練も済ませなければならない。それには、なるべく手元に置いて、厳しく育てなければ、甘やかされすぎて苦労するのは、地球人自身で、可哀相だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その上、私が地球人にとっては、「必要不可欠な言葉」と位置づけていた日本語は、手元において訓練しなければ、中途半端になってしまう、と心配していた。北京語は後に、幼稚園や、小学校でも習えるが、今の環境の中で、日本語を正しい発音で、教え続けられるのは、私だけだと思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それに、何よりも何よりも強い気持ちは、前から思っていた様に、子供の成長は早く、１分１秒でも時間は止まってくれない。その時、その時が貴重な母としての体験であり、思い出となるのだ。「こんな大切な時間を、離れ離れで過ごしていては勿体無い！！」と心から思った。「私はグズグズしては居られない。大切な息子との貴重な時間は、やり直しが効かないんだから、どんなに苦しくても、独立訓練が完了するまでは、手元で育てよう！！」と決意を新にしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地球人が1歳半を過ぎるころから、私は家の近所に、適当な保母さんを探し始めた。 ほどなく、若くて地球人とほぼ同じ歳の娘さんを持つ、元看護婦さん、という理想的な台湾人女性が見つかった。私は彼女に、昼間だけ、息子の世話をしてくれるよう頼んだ。そして意図的に、「必ず家では地球人に、台湾語だけ使わせるよう、訓練してください！！」とお願いした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;勿論、娘一人で手が空いていた彼女は、喜んで引き受けてくれた。そして彼女は週に２回、我が家の掃除も手伝ってくれる、といってくれた。この頃には、弟達とは別居し、すでにローンで、大学の側に小さなマンションを買っていた私にとっては、願ったり叶ったりのオファーだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我々の手元に引き取った後の、毎日の充実した日本語と、北京語の強化訓練。昼間保母さんの家で使い続ける台湾語、週末に使う夫の家族との客家語と、地球人の耳全開作戦は、2歳頃から、着々と進んでいった。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-2183482651552597348?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/2183482651552597348/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=2183482651552597348' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2183482651552597348'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2183482651552597348'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_08.html' title='地球人の耳全開作戦'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-1511414754094647445</id><published>2008-10-07T06:35:00.004+09:00</published><updated>2008-12-03T13:44:13.293+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>地球人養成計画開始</title><content type='html'>夫は予定どおり、6月中旬に、懐かしの地球人とともに両親、兄弟、そして私の待つ新竹（台北から南に車で約1時間の所）に戻ってきた。胸の前に小型のハンモックのようなものを掛け、その中に地球人を大事そうに寝かせて、ニコニコしながら歩み寄ってきた夫は、もう、台湾に戻ったことを心から喜んでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫の歴史を変えてしまった私も、この嬉しそうな様子に、心からホッとした。初めての内孫に対面した夫の両親の喜びようは、想像以上だった。苦しい日日が報われて、私もとっても嬉しかった。早速姑の腕に抱かれた地球人は、直ちに「オブタのテツゴロウ」とあだ名を付けられるほど、丸々と太って、健康そのものだった。（彼のブログのスライド写真に当時のオブタ振りがのっている。誤解なく、今はかなりスマート！！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫の家の美味しい料理と、温かい看護で、もう、すっかり健康を取り戻し、気力も体の隅々にまで行き渡っていた私は、地球人の台湾上陸に、益々ファイトが湧いてきた。今後の地球人養成には、莫大な費用もかかってくる。夫を助けて、私も何とかせねばと心から思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;7月の中旬を迎えたある日のこと。義姉が素晴らしいニュースを持ってきた。義姉は敬虔なカトリック信者で、毎週日曜日には、欠かさず新竹の教会に礼拝に行き、シスターの友人も数多くいた。そのシスター達に、私の話をし、就職の応援を要請してくれていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その中の一人が、「今、夏休みを新竹の教会で過ごす予定で、台北の大学から日本人のシスターが来ている。その人に、貴女の義妹（私）のことを話したら、早速大学に連絡をとってくれ、なんだか可能性があるようだから、すぐ履歴書を書いて持ってくるよう伝えて！」という話だった。私は早速履歴書を準備し、お礼を述べて義姉の友人のシスターに託した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1973年、日本は台湾との国交を断絶し、中国大陸との正式国交を樹立した。したがって、地球人が台湾に戻った1974年は、政府の命で、公の場所での日本語使用は大いに制限され、日本語氷河期とも言える世情だった。（テレビなどは、日本語が聞こえてくると、すぐ音声をカットされ、日本の歌なども大声で歌えるような世情ではなかった。）しかし、経済的には、日本との交易は益々活発となり、企業は日本語を話せる社員を重用した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな世情の中で、この台北のカトリック大学は、政府から唯一の外国語文学院設立を許された大学として、台湾島内では有名だった。その外国語文学院は、英語文学系、仏語文学系、独語文学系、スペイン語文学系、そして東方語文学系という、5つの系から成り立っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その東方語文学系というのが、実質的には日本語文学系であり、日本語と日本文学を教える系だった。当時は政府からのお達しで日本語文学系という名称は付けられず、公に政府の許可がおりて、名称が変えられたのは、遙か後のことであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本人のシスターの手を経て、送られた私の履歴書を見て、その東方語文学系の系主任から連絡があったのは、7月下旬のことであった。この系主任は若き日、日本の京都の国立大学で学んだ大の親日家で、面接といっても大したものではなく、もっぱら日本の話題に終始し、仕事の件は、取りあえず慣れるまで、他の系（英文系、企業管理系、家政学系など、、、）の日本語会話を担当してくれるよう通達があっただけだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最初から、週に10時間以上の授業時間を確約してくださり、すでに私の地球人養成計画のスタート資金としては、十分だった。ちなみに、9月からの始動（台湾の大学は9月から新学期開始）を待たず、給料は8月から支払われたのだから、その幸運に驚く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夫も香港での経験を活かし、台北の某旅行社に就職が決まった。我々はすでに台北で働いていた夫の兄弟二人（当時は独身）と同居し、新しい生活をスタートさせる為、姑と地球人とともに台北のマンションに向かった。8月初旬の暑い日のことだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、経済基盤が整えば、後は予定通り地球人養成計画の実行あるのみ。私は早速、兼ねてより計画していた計画の実行に取り掛かった。そしてそれぞれの担当に私の考えを話し協力を要請した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その計画とは。。夫は地球人に、北京語のみで話しかけること。。私は地球人に、日本語のみで話しかけること。。夫の家族は地球人に、出来る限り客家語のみで話かけること。。（夫の家族は客家人。客家語は中国語の方言とも、シナ語として独立した言語とも、言われているが、定かではない）。。というもので、実現可能な計画であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし私は、香港での出産を決意した時から、この混血児を広く世界に放つ為には、「母国語として高い教育を受けさせる原点の言葉は英語」と決めていた。その為のイギリス国籍取得であり、香港での命がけの出産であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本でも台湾でも、当時英語教育の正式な幼稚園に入れるには、外国籍所有者という条件があり、ここで、イギリスパスポートは大きくものを言うことになる。それまでに、なるべく多くの異なった言葉を、地球人の耳に慣れさせ、耳を一つの言葉に固定させず、全開にしておく必要があると思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の最初の地球人養成計画は、上記の３つの言葉の同時進行だったが、まもなく、台湾の大学で、正式に、日本語を外国語として学生に指導することが決まっていた私は、準備のために、多くの書物（脳や語学教育に関するもの）を読み始めた。そして、書物からも、地球人養成の実行計画が、とても理に叶っており、正しい方向に向かっていることを、改めて確認した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、家族の協力を得つつ、初期の地球人養成計画は、順調にスタートを切った。私の未熟な語学力への反省と、分析と、改善点を含む、この地球人養成計画が、意図的に、具体的な実行に移されたのは、地球人がまだ6ヶ月の時の事だった。「長々お待たせしました。さあ皆さん！！いよいよこれから、地球人への細心の語学特訓の始まり始まり～～～～！！」デデンデンデンデン！！&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-1511414754094647445?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/1511414754094647445/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=1511414754094647445' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1511414754094647445'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/1511414754094647445'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_07.html' title='地球人養成計画開始'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-2784627072132912255</id><published>2008-10-06T00:41:00.007+09:00</published><updated>2008-10-11T16:37:55.375+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>パスポートの決意</title><content type='html'>&lt;div&gt;地球人を妊娠中、香港の極端な治安の悪さを理由に、私は夫から一人での外出は全面的に禁止されていた。言わば、軟禁状態だったのである。勿論、私の安全を願ってのこと。夫に悪気はない。そして、妊娠中の極端な偏食による体調の悪化。難産と言えるであろう3日間の出産。出産後の退院の延期。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;これでもか、これでもか、というように、難題、健康不安材料、懸念材料が押し寄せて来て、地球人養成計画は最初から、大きな困難にぶつかっていた。退院した私を待っていたのは、先回述べたトンでもない環境。そしてまた、体力回復になによりも大切な食事と言えば、その専業主夫と夫の心づくしの漢方薬。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;早く回復を、と願う気持ちは有りがたい。感謝せねば、と心から思う。しかし、このメニュー、、、、、できたら今すぐ皆さんに、ぜひ試食していただきたいものだ。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;何だか分からぬ、ごぼうの干したようなもの、朝鮮人参、クコ、その他、名前も知らぬ漢方薬どっさりを、鶏肉丸ごと一羽分と僅かな水を加え、コトコトコトコト長いこと煮たもの。勿論、塩も、醤油も、砂糖も入れない。（と思う。まったく味なしだったから）　&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;鶏肉とお湯プラス漢方薬のスープを、「奥さん、これは産後の補血には最高のスープだから、必ずたくさん飲まなきゃダメですよ！！」と持ってきてくれる。スープを持って、部屋のドアを開けたとたん、その異様なにおいがベッドまでプ～～ン！！「エエ～～ッ！勘弁してよ～～！お願い！！」と懇願したくなるような、嫌な予感。。。。。やっぱり的中！！。。。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;口元に持ってくる前にそのにおいにクラッ！！「絶対に飲まなきゃダメ！！」と、夫と専業主夫が勧める。「さあ、さあ、さあ！！」と急かせて、じっと側で睨んでいる。とてもゴミ箱に捨てることなど、できない。「絶対絶命！！あ～～～あ！！」&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;決心して鼻をつまみ、思い切って一口「ガブッ！！」勿論直ちにオエッ！！すべて吐き出した。でも、でも、そんなことで許すほど、この専業主夫も、夫も、ヤワじゃあない。正に強姦、、オット違った拷問だ！！&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;オーバーでなく、ポロポロ泣きながら、この有り難迷惑なご好意を、受け取った。「それは、あんたが悪い！！」と、このブログをよんで、軽々しく批判している面々には、後日ぜひこのスープを進呈してみたい。そして、一度でも「オエッ！！」と言わずに飲むことができたら、表彰状を差し上げたい。（いらないってか、テツママの表彰状なんか、、、、）。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;丁度訪れていた母が、見るに見かねて、「ねえ、これだけじゃなくって、肉や野菜を買ってきて頂戴！！私が何か作って食べさせるから！！」と、頼みこんだ。サラダなどの冷たい野菜や、果物は、産後の体を冷やすと、当時反対していた専業主夫も、ムッとしながら、材料を買ってきてくれた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;母のこの助け舟がなく、何も食べずにシュ～～ッ！！ドッカ～～ン！グラグラグラ、グワオ～～ッ！とオギャ～！に悩ませられ続けていたら、多分今の地球人も私も存在しないと思う。それ程私の体調はひどい状態だった。自分の体は自分が一番よく分かる。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;それに私が広東語になれるまで、香港に滞在し、独立して活躍できるようになるまでには、まだまだかなりの時間を要する。ともあれ、今は1日も早く、私の健康を取り戻すことが先決問題だ、と心の底から思った。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;私は静かにパスポートをとり出し、真剣に夫に訴えた。「一時、台湾か日本に撤退したい！！そして健康を取り戻し、一からやり直す。できれば私は嫁いだ身。台湾に行くのが一番いいと思う。幸い皆、私の体を案じて、産後は台湾で養生しなさい、と言ってくれているし、、、」と夫に迫った。「それに、今の治安の悪さと、言葉の難しさの中では、地球人を育てる自信が持てない！！」と訴えた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「香港で成功し、故郷に錦を飾るまでは、台湾に帰りたくない！！」という夫の気持ちを、痛い程知っていた私にとっては、本当に辛い、ぎりぎりの選択だった。しかし、昨今の香港の治安の悪化で、自分ですら、変な人がエレベーターに乗り込んでくると、慌てて降りる程注意していた夫は、可愛い息子と、私のパスポートを眼の前にして、静かに決心した。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;話し合いの末、我々は香港を引き払い、台湾で又、ゼロからスタートを切ることにした。地球人誕生からわずか一ヶ月足らずの決心だった。歴史の蔭に女あり。クレオパトラか楊貴妃か！とまあそこまではいわないが、当時はそこそこいい女。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;（私の事だよ。いい女とは。誰だ！！厚かましい～～～～！！と反論を唱えているやからは、、、当時だよ当時！！まだ若かったんだから、、、、）。夫の香港での歴史は見事に変わり、幕を閉じることとなった。（恐るべし女の力、、、、というより地球人の魅力！！）私は夫のこの決断に、心から感謝した。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;決まれば即行動。着々と引き上げ準備が進む中、地球人の誕生から満一ヶ月のお祝いのパーティーが、香港のミラマーホテルで開催された。大勢の人々が地球人を見にやって来た。「地球人の最初の公式デビューは何時？」と聞かれたら、この時であろう。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;夫はタキシード、私はロングドレスに身を包み、地球人を抱いて、皆にパーティの主役を披露していた。彼は姑から贈られた、綺麗なレースのオクルミに包まれ、ザワザワする騒音を物ともせず、私の腕の中でスヤスヤスヤスヤ眠っていた。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;中国では誕生後、満一ヶ月のパーティはとても大切な行事だ。この日、多くの香港の人々に、初めて披露された地球人は、これから自分の運命が、どう変わってゆくのかも知らず、夢の中に居た。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;私だけ4月の下旬に一足早く、台湾に戻った。初めての夫の里での生活。そこに、病み上がりのまま地球人を連れて帰れば、又気づかれし、私がダウンするにちがいない、という夫の温かい思いやりだった。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;夫はまず地球人のパスポートを申請した後、会社の閉鎖、従業員の後始末、その他諸々の雑務を済ませて、6月中旬ぐらいまでには、地球人と一緒に台湾に戻ることになっていた。私より頼もしい専業主夫が、「奥さん、チビのことは心配しないで！！」と胸を叩いた。夫も本当に器用で子煩悩な人だ。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;地球人の安全は問題ない、大丈夫だと確認し、二人の好意に甘える決心をした私に、もう迷いはなかった。台北の空港には、夫の母、兄弟が、皆ニコニコして私の到着を待っていてくれた。家でまっていた夫の父も、元は日本人と一緒に仕事をしていた人。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;「おお、よく来た！！お産ご苦労さん！！ユックリ休みなさい！！」と本当に温かく迎えてくれた。私は台湾での最初の夜、グワオ～～ッ！！オギャ～～！！の聞こえない、静かな部屋で、温かい家族に囲まれ、安心しきって眠った。「思い切って、夫の家族に飛び込んで来てよかった～～！！」と心から思った。&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-2784627072132912255?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/2784627072132912255/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=2784627072132912255' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2784627072132912255'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/2784627072132912255'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_06.html' title='パスポートの決意'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_3BZ9tIv5ULA/SKOjVqG9PII/AAAAAAAAAAU/H-MxlmVNKTo/s1600-R/scan0009.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-2214791217067556645.post-5856216190156092343</id><published>2008-10-05T10:40:00.002+09:00</published><updated>2008-10-05T18:35:12.054+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='２。地球人誕生から小学校卒業（含、秘話）'/><title type='text'>一難去って又一難</title><content type='html'>&lt;div&gt;さて又一人、病院の、チンプンカンプンの広東語の中に取り残された私。「引きこもり」といっても、今度はしたくも無い、病室への引きこもり。さっそく次の日訪れた夫に、「ねえ、チビ、大丈夫！！」と訊いて見た。運よくというか、悪くというか、当時我が家には、職なし、宿なし、身寄りなし、という三重苦のバツ一さんが一部屋占拠して、居候していた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;彼は、（というか中国大陸の男性はほとんど皆、、）結婚中は、仕事以外に、掃除、洗濯、料理、子育て、すべてをひきうけていた、専業主夫。つまり、家事と子育ての、プロ中のプロ。降って湧いたような我が家のピンチに、日頃居候している恩返し、とばかりに、大張り切り。「心配いらないよ、全部俺がやるから、、、」と、ミルク、おしめ、お風呂など、何から何まで、手馴れたもの。190センチ近い大男で、コレマタ、お節介な夫の旧友。手などグローブみたいに大きくて、チビの両耳を片手でふさぎ、上手にお風呂など入れてくれたそうな。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「やれやれ、どうやらチビは大丈夫！！」とわかり、ホッ！！しかし、私は退院しても、約一ヶ月ぐらいは、無理できない。かなり地球人に、痛めつけられた体だったらしい。私は又、本当に真剣に、退院後どうするか考えた。幸い当座は、肝っ玉母さんと兄が、応援に駆けつけてくれるが、日本の我が家の商売もある。それは一週間程度の、いわば臨時。出産前から換算すると、かれこれ1年香港に居るが、いまだに広東語は、全くわからない。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;しかし、最大の問題は、言葉ではなかった。それは治安。当時の香港の治安の悪さは、ケネディ暗殺後のアメリカの比ではなかった。我が家のお隣や近所で、ドロボウ、強盗、引ったくりなど、物騒なニュースはしょっちゅう。特に日本人は狙われた。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「皆さん！！覚えておいでかな？？」　当時1974年ごろの日本は、1973年のオイルショックの真っ只中。しかし、又、「香港買い物ツアー」の真っ盛りでもあった。無税でヨーロッパの高級ブランド品が買える、と知った有閑マダムや、独身貴族は、こぞって香港へ香港へ、、、。時計、バッグ、宝石に高級毛皮、、、、。ジャパンマネーは、香港へ香港へと、運ばれていった。そこで、香港マフィアの「超ビッグカモも、日本人が最高！！」　当時旅行社を持っていた夫は、この治安の悪さを知り尽くし、震え上がって、私の一人での外出を全面禁止にした。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;食料品調達は、その専業主夫のお仕事。料理も、洗濯も、掃除も、すべて彼。地球人から遅れること1週間で、ようやく退院を許されはしたが、くれぐれも、体を休めるように、とドクターに言われて戻った私は、「こんな心強い助っ人がいるんだから、なんとかなるさ！！」と最初は思った。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「奥さん、昼間はチビの世話は、全部俺がやるから安心して、体を休めなさいよ！！」と、彼はあくまでも優しかった。ミルクを飲ませ、おしめを取替え、（勿論、全部このミスターイソーロウがよ！）ゲップもさせて、、と至れり尽くせりのケアの後、私の寝ている枕元に、可愛い地球人を置いて行く。泣けばすぐ飛んできて、又対応！！申し分なし！！だから私は、ユックリ寝て、体を休めようと思った。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;ところが又、又、ドッコイ！！まだまだ、イヂワル神様が、ウロツイテいた。退院して数日後、いきなり、シュ～～ッ！！ドッカ～～ン！！グラグラグラ。。。。物凄い横揺れ。「スワッ！！地震か～～～！！」とガバッと起きて、「早く地球人を～～～」と焦る。何せ我が家は22階。すると、何とマタマタ、シュ～～～ッ！！ドッカ～～ン！！グラグラグラと横揺れが繰り返す。&lt;/div&gt;&lt;div&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「ナンじゃこりゃ？？」と驚いて訊いて見ると、何と我が家の隣の空き地に、高層ビルをオッ建てる、杭打ちの始まりなのじゃ。巨大な太さのコンクリートの杭を、物凄い機械で打ち込む音が、シュ～～ッ！！ドッカ～～ン！！。そして、その杭打ちの振動が、まるで震度5ぐらいのグラグラグラ。そりゃそうだ！！22階だもん。我が家のビルの名前は、「好望閣」。英語で言うと、「Good Hope Building」。「何がGood Hope だ！！ふざけるな！！」とムカムカした。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;しかし、この振動と騒音の中、地球人はびくともせず、スヤスヤ、、ムムム、、と熟睡。このせん病質な母親とは、比べ物にならない大物！！私はとてもじゃないが、寝ていられない。このケタタマシイ音と、物凄い揺れの中、昼間はついに、一睡も出来ずじまいだった。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;さすがに工事は、夕方5時半ごろには終わったが、その時は、この強力な助っ人の仕事も終わり。トホホ、、、。会社員と同じ、5時半ごろから翌朝8時ごろまでは、彼もお休みなのだ。私はフラフラになりながら、地球人のミルク、ゲップ、ブドウ糖水、おしめを繰り返す、、、、。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;なれない私は、ミルクに手間取り、ゲップにフラフラ、ブドウ糖水に又手間取り、おしめをかえおわった頃には、又ミルクの時間到来。バッカみたいに、時間通りにやらなくちゃと、新米ママは超緊張。今思えば新幹線じゃあるまいし、ちょっとは遅れたって、どうってことないのに、、、、。と思うけど、何せ、このふにゃふにゃした生き物を扱うのは初めて。余りに良く寝ていると、「息してんだろうね？？」と心配になり、よくティッシューを鼻に当てて調べたもんだ。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;夫は実にチビのことを可愛がり、私より余程器用で、サッサッサとおしめも換え、ミルクも手馴れたもの。しかし、夫には一つだけ、トンでもない困った問題があった。あとで姑から聞いた実話だが、昔彼が久しぶりに姑の家に戻ると、次の日お隣の人に、「大きい息子さん！！昨夜お帰りのようでしたね！！」といわれたとか。壁を通して、彼の物凄い鼾が、隣まで響き渡るからだ。挨拶は勿論嫌味。そんな鼾を、となりで遣られてごらん！！何せ時々、自分の鼾にビックリして、飛び起きるぐらいなんだから、、、、。（オーバーじゃないよ。ホントのこと）&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;それに彼の特技は、「じゃ、寝るね、おやすみ！！」と言ってから、10秒以内に眠れること。私はどんなに早くても、眠りつくまでには、一時間そこそこはかかる。そこで私は、昼はシュ～～ッ！ドッカ～～ン！グラグラグラのパンチをくらい、夜は地響きがするようなグワオ～～～ッ！に悩まされ、時々起きる地球人のオンギャ～～！！も加わり、正にノイローゼ寸前。&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;「地球人養成の前に、こっちの命が終わっちゃう！！」と真剣に思った。（これは陣中見舞いに来た母も兄も、心配そうにそういっていたから、ホントの話。彼らも響き渡る、グワオ～～ッ！！は、香港でも東京でもよく知っているし、被害者の一人。）　そんな状態が続いたある日、ついに体力も、気力も、限界に達し、私の堪忍袋の緒は「プチン！！」と切れ、又もやぎりぎりに追い詰められた私は、今度は非常手段に訴えることを決意した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/2214791217067556645-5856216190156092343?l=tetsumama.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://tetsumama.blogspot.com/feeds/5856216190156092343/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=2214791217067556645&amp;postID=5856216190156092343' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5856216190156092343'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/2214791217067556645/posts/default/5856216190156092343'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://tetsumama.blogspot.com/2008/10/blog-post_05.html' title='一難去って又一難'/><author><name>テツママ</name><uri>http://www.blogger.com/profile/16745344654485398092</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='24' height='32' 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/&gt;「さて、これからどうしよう？！」と思ったが、まずこの現状では、取りあえずジタバタせずに、この地球人を無事出産する事のみに、専念しようと思った。当時は胎教の為に、よく色々な音楽を聴いて、心のバランスをとっていた。イギリス領香港のテレビ番組は、当時英語のプログラムもかなり充実していた。音楽や英語の映画は、間違いなく胎教にいいと思って、積極的に取り入れていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、地球人が生まれる前に、まずできるだけ客観的な眼で、今私が置かれている立場、香港の現状、そして、これからの地球人養成の最適な環境づく
